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【355/1096】身体と対話する

355日目。台風一過で空はきれいな青色。晴れていると気分も晴れる。


昨日は、呼吸・整体の基礎科の再受講(基礎科は受講するのが3回めだが、毎回新しい学びがある。)をしていて、動的瞑想という誰でもできるシンプルな動きのワークを、森田先生のインストラクションで受けた。
いつも思うのだが、どれだけ自己実践していても、インストラクションを受けてやるときは、自己実践の時と変わる。
何が?をうまく言語化できないが、とにかく精度はあがる。
「人とやる」ということの醍醐味かもしれない。

「身体と対話する」というのは、身体が動きたい方向性をキャッチして邪魔しないということでもある。
身体は自然に動きたい方向がある。
言ってみれば、一番自然に動けて楽で力まないところが、身体は好きなのである。
その好きなように動かさないでいるのは、自分の思い込みや決めつけや、強い意志や癖や、そういうものだ。
自分の身体とどれだけ繊細に対話できるか?というのは、対人関係でどれだけ繊細に相手と対話できるか?というのと似ている。自分の身体への認識力と、相手を認識することはほぼ同じだから。

自分の身体を無視していればいるほど、相手のことも無視している。

いるけど、いない。
聞いてるけど、聞いてない。

タッチセラピーを再開しているのだが、これが相手の身体との対話そのものだなと思う。
(ちなみに、私のタッチセラピーは、タッチだけではないので、ボディトークだなと思った。)
触れるとわかる。
言葉で聴くよりも、雄弁に身体が語ってくれる。
相手の身体をとおして、私の身体が受け取る。
これが、めちゃめちゃ興味深い。
「聴く」の身体バージョンだなと思う。

身体が訴えてくることを、代わりに伝えてみたりすると、泣いたり笑ったりする人が多い。
だいたい最初はカチコチのバキバキなことが多いのだが、触っていくとだんだん緩んでほぐれて軽くなる。

触っているだけなのになんで?って感じだが、触ると言うのはそれだけすごいエンパワメント力があると思っている。

相手の身体と対話するときに、私の方にノイズが多いとうまく聞き取れないので、自分のノイズは極力減らしておくのが大事だ。

そのときにできる最大限のことしかできないが、最大限のことができるようにだけ準備していく。

この「触れる」というのはまだまだ磨きがいがあるところだと思っていて(つまり私の伸びしろがすごくあると踏んでいる)ここからますます磨いていこうと思っているところ。

自分の身体との対話を深めつつ、相手との対話力を高めていきたい。

では、またね。


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