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映画のはなし:音楽は美しくも残酷『TAR/ター』

週末お遍路さんをはじめたので、帰ってくるたびに「忘れる前に書かなくては!」とお遍路さんレポートばっかり書いており、すっかり映画感想がおざなりになってしまっている最近。

という訳でお遍路さんが冬休みの間に、「やっぱブランシェット姉さんハンパないっすね!」と驚愕した、『TAR/ター』について書いておこうかと。

監督は、3作目となる本作『TAR/ター』を含め、全作がアカデミー賞にノミネートされているという、トッド・フィールド。すごいよね。個人的に、ブラッドリー・クーパーもトッド・フィールドに続いてほしいと思ってる(初監督作『アリー/ スター誕生』は歌曲賞受賞したし、『マエストロ:その音楽と愛と』も今年ノミネートされているし)。

『TAR/ター』は、クラシック音楽×サスペンス・スリラーみたいな感じで宣伝されていた印象だったけど、ぱっと思い浮かぶサスペンスやスリラーとはちょっと違う。でも、確かにスリラー映画であることは間違いなくて、とにかく終始ヒリヒリするし、息苦しい。

世界最高峰のオーケストラ、ベルリン・フィルで初の女性首席指揮者の座につくリディア・ター。師はバーンスタイン、5大オーケストラの首席指揮者を務めあげており、今は自伝を執筆しながら、マーラーの交響曲5番の収録にも挑もうとしている。
しかしクラシック界の王座に君臨する彼女は、反りの合わない副指揮者を無慈悲に失脚させたり、気に入らない生徒がいれば徹底的に攻撃し、授業を退出させるまで追い込む。そして自分が気に入れば新人であってもソリストに抜擢しようとする、絶対的な自信と高慢さを持っていた。
多忙な毎日を極めるターのもとに、ある日、弟子であったクリスタが自殺したというニュースが飛び込んでくる。その背景には、ターによるさまざまなハラスメントが関わっていると彼女の両親から告発され、大炎上。
クラシック界で絶対的な王国を築き上げていたターだが、その足元はガラガラと崩れはじめる。

ブランシェット姉さんのために当て書きされた本作、とにもかくにも「やっぱこの人、抜群に上手だわ……」と思わざるを得ない2時間半。いやもう、ホントすごかった。「また姉さん女優賞ノミネートですか」と思ってたけど、こりゃノミネートされますわ。
そのくらい、唯我独尊の指揮者を体現してた。

私はオーケストラに所属したことはないけど、やっぱりプロとして音楽で食べていく人は、多かれ少なかれエゴイストであるべきだと思ってる。それは、自分の技術や自分が生み出す音にに絶対的な自信を持つべきだし、「この世で自分がいちばんこの曲を表現できますから!」と10000%信じて、そのうえで無心で演奏するのが、いちばん素晴らしい音楽になると思うから。
だから、ターが恐ろしいほど自己中心的に動くことにはなんの違和感も感じなかった。

ターの行動は、本当に純粋に「自分が美しいと思える完璧な音楽を作り上げる」ため。すごく極端にいうと、絶対的なトップは音楽であり、人間はその音楽を作り上げるための一部分にすぎない。
そして、その人間たちのトップに君臨するのが、ター。
だからターの行動は、「自分」ではなく、作り上げる「完璧な音」のため。

芸術家って驚くほど純粋な部分を持っている必要があって、それゆえ常人には理解できないような行動をとることもあると思う(偏見?)。

でも、だからこそ、人の心を強く動かす作品を作り上げることができるんだろうけど、正直、心酔してないとそういう人にはついていけないし、なんなら恋人や友人としては関わりたくはないな、と思っちゃう。
そして、そう感じる私は芸術家にはなれないタイプなんだな、とも思う。

ターも音楽に対しては本当に純粋で、完璧な音楽をまとめあげることが絶対の正であると信じて疑わなかったんだろうな、という気がした。
彼女のなかに「音楽」に叶うものなんてない。

そんな狂気的なまでの純粋さを持つターを、何の違和感も感じさせずに演じるブランシェット姉さん、マジで圧巻でした。指揮とピアノだけじゃなくて、ドイツ語までマスターしたんだよね。相変わらずバケモノだな!

指揮者がフォーカスされる映画やドラマはいくつかあるけど、「この人の指揮で楽器弾けるかな」と考えると、「いやぁ、ちょっと厳しいかもぁ……」と感じることも多いんだけど(もちろんプロじゃないから当然だし、これは演技の上手/下手、いい/悪いではない)、ターの指揮は「弾けそう」と感じさせる上手さがありました。
もちろん、ブランシェット姉さんの演技だけではなくて、脚本や編集、カメラワークの妙が存分に加わってのことだろうから、トッド・フィールドの上手さもあると思う。

そして本作のラスト、いろんな考察があるとのことですが、私は、ターがもう一度音楽と向き合えるようになった、と解釈してます。というか、観終わった時にはその気持ちしかなかった。
いろいろなサイトで感想や考察を読んで、「あ、言われてみれば確かにそう取ることもできるか!」と気づいたくらい。

音楽を発端に全てを失ったターだけど、ターを絶望から救ったのも音楽。

そう感じる私も、レベルは違えどターと同じように音楽を妄信しているのかもしれないと思った。


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