この記憶があるから、生きてゆける。
家族には恵まれなかったけれど、人には恵まれている、と最近思い返してみてようやく気づいた。
家族に与えてもらえるはずの安心感や自信。自分が自分で居ていいということ。赦してもらえること。
ふつうは両親からソレを与えてもらえるはずなのだが、私はひとつも赦されたことは無かった。話すらまともに聴いてもらえたことは無く、自分の本心も言いたいことも、笑い方も解らなくなった。
19歳で実家を出て寮で暮らした。4畳半に2人部屋の貧乏学生。キノコが生える部屋や御札が貼ってある部屋があった。
キッチンも風呂トイレも共同。風呂は時間によっては行列になり、途中でお湯が出なくなるため0時頃には湯船に20cm程しか湯が無くなる。「泡流れまーす」「お湯流れまーす」は必ず声がけする決まりだった(笑)
風呂で一緒になり、「呑み行くか!」となる。実習やテストが終わると皆で打ち上げる。新歓とか花見とか総会(爽快)とか…何かにかこつけて浴びるほど酒を呑んだ。
勿論勉強も実習も過酷だった。でも、もし1度だけ過去に戻れるのなら、私はあの場所に戻りたい。
あれが、私の初めての仲間・家族だったのかもしれない。
その後、初めて務めた病院の仲間も、上京して長く務めた訪看でも、本当に大切に思える・思ってもらえる人達に出逢えた。
あの時一緒に過ごした時間。
言葉。
共有したこと。教わったこと。
…それよりも、迷惑をかけたこと。それでも赦してもらえたことが、私にはとても大きい出来事だった。
みんなのおかげで、今生きていられる。
そして、遡り思い返す父のこと。
父はよく怒鳴る人で、口が悪く心を傷付けられはしたのだが、よく遊んでくれた。
この記憶があるから、私は愛されていたんだ、と思える。
怒鳴り散らしてはいたが、関わり続けようという努力はしてくれていたのだと思う。(親に甘い私…)
そんな色んなことをゆっくり思い出していた年末年始だった。
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