見出し画像

創作怪談 『窓越しの彼女』

  和也は普通の会社員で、都心のワンルームマンションに住んでいた。
仕事に追われ、帰宅すると疲れ果ててベッドに倒れ込む日常だった。
そんな彼は、疲れ果てて何をする気も起きず、寝室にある窓の側に座ってアルコールの缶を片手に窓越しに外の景色を眺めていた。
見えるのは向かいのマンションやビルばかりだが、何も考えなくてもいい、自分だけの静かな時間を持つことができた。

  ある晩、その日も窓際に座り、ぼんやりと外を眺めていると、向かいのマンションの窓に人影が見えた。
よく見てみると、若い女性が一人、同じように窓の外を眺めている姿だった。
彼女もまた、少し疲れたような顔をして、ぼーっと窓の外を眺めているようだった。
和也の目は自然と彼女の動きを追っていた。
数分後に彼女は部屋の奥に入っていった。

  数日後、同じようにアルコールを片手に窓の外を見ていると、その女性がいた。
彼女は少しぼーっとしていた。先日見た時よりも暗い顔に見えた。
和也は、よほど疲れたんだなと思っていると、彼女と目が合った。正確には距離もあるし、分からないのだが、彼女は和也を見つめ微笑んで手を振った。
和也は驚いたが、手を振り返してみた。
そうすると彼女はまた、手を振り返してくれた。
少しドキッとして、むず痒いような、なんだかドラマみたいだな……なんて思いながら、和也は毎晩、仕事から帰ると、彼女が窓際にいるかどうかを確認するのが習慣になった。
  最初に手を振ってくれてから、彼女は毎晩窓辺にいた。
和也がぼーっとしていると、いつの間にか向かいのマンションの窓に彼女がいる日もあれば、和也が外を見ると既にいる日もあった。
そんなことが数週間続いた。

  ある日、和也は友人を自宅に招いた。
二人でビールを飲みながら話していると、和也は窓の向こうの女性のことを話題にした。
「毎晩、向かいの窓に若い女性が手を振ってくれるんだよ」
と言うと、友人は不思議そうな顔をした。
「和也、向かいのマンションって今は空き家のはずだけど、改装工事が始まるらしいから、数ヶ月前から誰も住んでないって」

  その言葉に和也は驚き、急いで窓の向こうを確認した。
そのマンションにはシートのようなものが被せられていて、窓なんて見えない。
和也は混乱し、自分の見たものが何だったのか理解できなかった。

  その夜、和也は寝付けなかった。
向かいのマンションのことばかり考えて、あの女性のことが気になった。
次の日、会社帰りに直接確認するため、向かいのマンションに足を運んだ。
建物は確かに空き家で、シートがかかっている。
中は暗くて何も見えなかった。

  数日後、和也は再び窓際に座り、外を眺めていた。ふと気づくと、またあの女性が窓に現れていた。
彼女は以前と同じように微笑み、手を振った。和也は恐怖心を抑えつつ、手を振り返した。
その瞬間、彼女の表情が変わった気がした。

「助けて…」と、彼女の口が動いた気がした。

  和也はその夜も、一睡もできずに過ごした。翌日、職場で同僚にその話をしてみると
「それはきっと霊だよ」と冗談めかして言われたが、和也は笑えなかった。
彼は仕事帰りに、再び向かいのマンションに向かったが、相変わらずだ。
数日後、そのマンションの管理人に話を聞くことが出来た。
あくまで噂だがという前置きで、数年前にマンションの一室で若い女性が亡くなったという話を聞かせてくれた。
自殺だったという。

  和也は震える手でドアノブを握り、自室に戻った。窓際に座ると、外の景色がいつもとは違って見えた。
夜が更けると、再びあの女性が窓に現れた。
今日は涙を流しているように見えた。
和也は思わず、カーテンを閉めた。

  それ以来、和也は窓際に座ることをやめた。
窓の外を見ることが怖くなり、夜になるとカーテンをしっかりと閉じるようになった。
しかし、窓のそばにいると、彼女の視線を感じる気がする。
その度に背筋が凍る思いがした。

  あの女性は結局何だったんだろうか……
今はマンションの改装は終わっている。
しかし、あの部屋には誰も住んでいないようだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?