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【編集後記】庭のある病院

日本には、Nacadia® ほどの広大な庭園(約1.4ヘクタール)をもつ病院は多くありません。
敷地内の庭で本格的に自然療法を実装できるのは、北欧と日本における文化の違いなのか。あるいは土地面積や予算に制約があるためでしょうか。

こちらの編集後記では、海外の病院づくりを考察しながら庭園の可能性を考えていきたいと思います。


日本の病院には庭がない…? いいえ、そんなことはありません。

日赤和歌山病院や関西ろうさい病院を始め、各地に庭園をもつ病院があります。
入院患者や見舞に来た家族、検診・診察で来院する人々がリラックスできるようにと、意図的に設けられています。
しかし、日本の病院とNacadia®の事例を比較した時、規模の違いは明らかです。つまり、庭園の環境整備にいかに本格的か。ましてや、Nacadia®は庭園のデザインと自然に基づくセラピープログラムが密接に関連しているといってよいでしょう。

今回の文献の出典元、イントロダクション部分にはこのように書かれています。

“医療における庭園の利用には長い歴史があり、今日では健康施設としてのセラピーガーデンへの関心、普及、利用が高まっています。セラピーガーデンで自然を利用したセラピー(NBT)に参加すると、健康面で良い結果が得られることが、様々な分野での研究で明らかになってきています。スカンジナビアでは、このことが、自然地域をヘルスケアや治療施設として利用することの利点に対する政治的な認識を高めています。デンマークでは、いくつかの自治体が現在セラピーガーデンを運営しているか、計画中です。これまでデンマークのセラピー・ガーデンは、ほとんどが民間主導で行われてきましたが、現在、デンマークの自治体の保健当局では、NBTを含む一般的な治療において、効率的でエビデンスに基づく治療が求められています。(~略~)いくつかの自治体は、セラピーガーデンプロジェクトのために政府レベルで提出された議論に対して、EBHDL(Evidence-based Health Design in Landscape Architecture)のサポートを求めています。(~略~)ある調査では、抽象的なデザイン要素を特徴とする庭園を見下ろすケアユニットの患者の22%が、庭園に対して全体的に否定的な反応を示したと報告しています。”(出典:Internal Journal of Environmental Research and public health “A Diagnostic Post-Occupancy Evaluation of the Nacadia® Therapy Garden”, Introduction)


行政を巻き込もうと働きかけていることが伺えますね。
EBHDL(景観設計におけるエビデンス・ベースド・ヘルスデザインのモデル)は、(主に精神科の)臨床医が研究(EBM; Evidence based Medicine)や実践(EBCP; Evidence based Clinical Practice)から得られる最良のエビデンスに基づいて、個々の患者の治療、ケア、実践に関する意思決定を行う。そのため、庭園も同様に、根拠に基づいて計算された設計になっていなければなりません。庭園がその役割を果たすのは、設計が完成した後もポジティブな健康上の成果を確保、維持、向上させることができてから。そのために体系的で効率的な評価ができてからなのです。


Nacadia®の事例について、私が気になったこと。
それは、そもそもWell-being(幸福感)が高いとはどのような状態なのか ?ということです。

本リサーチでは認定心理カウンセラーや精神科医が立ち合い、患者の落ち着き、冷静さ、自由さなどから幸福を定義づけて計測していました。

CHD Journalの文中には、考察がこのように書かれています。

“ナカディア・セラピーガーデンの活動は、アクティビティのタイプ、各参加者に提供する精神的身体的課題の範囲において、多岐にわたりました。これらの活動への参加は自由意志に基づくため、結果、患者にとって前向きな経験となりました。日誌の記述を見れば、様々なアクティビティに参加することで、患者は冷静になり、自身を振り返りマイナス思考を認識し、日々のタスクを達成する中で、代わりとなる、より積極的なアプローチを見つけることができるようになりました。”(出典:CHD Journal「Nacadia®セラピーガーデンの使用後の診断的評価」)

人間が自由に考え、感じ、自分を表現できること、そして自発的でいられること。
(少し哲学的ですが…)、それこそが幸福な状態であり、心身の健康につながると思うのです。


そういえば、米国で開催されたHCDConferenceでも庭園に関する興味深いリサーチ報告がありました。
タイトルは “The Positive Impact of Hospital Gardrn on Patients, Families, and Nurses”。
患者だけでなく、医療スタッフの健康アウトカムを測ったLegacy Health®の事例です。

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臨床医、家族、そして入院経験のある患者がプロジェクトに参加しました。
セラピー効果はICUの患者家族と看護師、そして出産後の女性とそのパートナーに対して、ストレスがいかに軽減されたかリサーチしていました。

先行研究では下記のような点が立証されていましたが、ほとんどが小スペースの庭に留まっていたそうです。

・自然を見ること自体にストレスからすぐ開放する効果があり、怒りも鎮めること。
・自然を取り入れることで痛みが軽減すること

この反省を受け、Legacy Health®では下記のルールを設けて庭園をデザイン。

・自然に溢れた庭園はできるだけ大きく、自然に近い状態にすること
・庭園には季節の花を取り入れること
・庭園へは昼も夜も自由にアクセスできるようにすること
・庭の中の様々な場所に色んな形のイスを置くこと
・子供が遊べるような遊具も配置すること
・病院で飼っている犬とも触れ合えるようにすること
・深夜~朝は夜勤の医療スタッフが集まってご飯を食べたり、ヨガやマッサージ、音楽イベントなどのイベントを実施すること

さらに、看護師のBurnout(心身疲労のよる燃え尽き)について実験を行いました。ストレスのかかる看護業務に予め「心の疲労」「非人格化」のスコアを設けました。15分間休憩を庭で過ごすチームと休憩室で過ごすチーム。看護師をランダムに2グループに分け、スコアの差異を調べることにしたのです。


結果、どのような効果が表れたでしょう。

看護師のBurnoutについては、6か月後、庭園のチームは「感情的な疲れ」のスコアが約1/4倍、「非人格化」のスコアが1/2になっていました。
庭園は医療スタッフのストレス緩和に効果的だったのです。
(ちなみに74回開催したアウトドアイベントは、総勢2800名が参加したそうです。)

果たしてストレスの軽減幅が庭園の床面積に比例していたのか、比較実験はないため分かりません。
ただ、一人になることで安全を感じられる空間でなければならないこと、庭での過ごし方を選択できるようにすることが大事と考察していました。
やはり自由意志に基づいた行動を促す仕掛けが大事なのですね。

話をNacadia®に戻すと、景色、草木や花の匂い、水の音など、自然界のあらゆるものが人間の五感に働きかけることで、感覚的経験がとなり、楽しい記憶を呼び覚まされるそうです。
このメカニズムも含め、引き続き海外の医療環境デザイン事例を紹介しながら、日本の病院に生かせるヒントを探って行きたいと思います。

CHD Journalをぜひチェックしてみてください!