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【小説】階段デート

 僕は十階だろうと二十階だろうと必ず階段でのぼるようにしていて、よく周りから「健康のため?」と訊かれるけれど違う。二十歳までは、僕も階段を使っていた。こうなったのには理由があるんだ。

 みんなも憶えているだろう。僕はあのとき十六歳だった。朝起きると、『世界中の階段が一段少なくなった』というニュースで大騒ぎとなっていた。事実、僕の家の階段も一段少なくなっていた。通学路の途中にぴったり百段の階段があったけれど九十九段になっていたし、学校も各階そうなっていて、そのぶん天井が低くなっていた。

 そしてこの日、僕が学校から帰ると、部屋に見知らぬ美少女がいた。

「あたし、階段の一段目です」

 美少女はそう云うと、僕に抱き着いた。

「あなたはあたしを踏まないから、大好きです。みんな、あたしを踏むけれど、あなただけは絶対にいつも踏まないから。やっと云えました。嬉しい……」

 それは僕の妙なくせだった。階段をのぼるとき、必ず一段目をまたぐようにしていたんだ。そんな僕を好きになった階段の一段目は、美少女の姿となって、僕に気持ちを伝えにきた。だから世界中の階段が一段少なくなったわけだ。

 僕はそれまで女の子にモテたりしたことがなかったから、とても嬉しかった。彼女が「付き合ってください」と云うので、僕は首を縦に振った。

 僕らは色んなところにデートに行った。本当に幸せな日々だった。

 そして半年ほど過ぎたころ、またしても世界中の階段が一段少なくなる。僕と階段の一段目が二人で映画を観て部屋に帰ると、見知らぬ美少女が待っている。

「あたし、階段の二段目です。この半年ほどは、一段目でしたけど」

 そう、階段の一段目が消えた結果、それまで二段目だったのが一段目になって、僕は相変わらず一段目をまたいでいたから、また惚れられてしまったんだ。

 僕は少し抵抗があったけれど、階段からするとカノジョはひとりでないといけないみたいな価値観はないらしくて、二人と付き合えばいいと云われたので、そうした。

 階段の一段目とデートしたり、二段目とデートしたり、二人いっぺんにデートしたりした。これも本当に楽しい日々だった。

 そして半年ほど過ぎたころ、またしても世界中の階段が一段少なくなる。僕と階段の一段目と二段目が温泉旅行から帰ると、見知らぬ美少女が待っている。

「あたし、階段の三段目です。この半年ほどは一段目で、その前の半年ほどは二段目でしたけど」

 お察しのとおり、この繰り返しだ。

 半年単位で僕のカノジョは増えて、世界中の階段がその段数を減らしていった。僕が二十歳になったときには、もう八段も少なくなっていた。背の高い人はずっと屈んでいないといけなくなったし、以前は縦に置けた家具を横にして置かないといけなくなった。階段八段ぶんの高さがない部屋なんかは押しつぶされてしまい、そのせいで怪我人や死者が出た。

 そのころの僕は美少女たちと爛れた日々を送っていたのだけれど、とうとう罪悪感に耐えられなくなった。だからいつもどおりにエッチした後、疲れて眠っているみんなを足で踏みまくった。

「きゃあ!」「痛い!」「どうして!」「どうして踏むの!」「あなただけは、あたしたちを踏まなかったのに!」「あんなに優しかったのに!」「やめて!」「やめてえええっ!」

 愛する彼女達の絶叫を聞きながら、僕は胸が張り裂けそうな思いで、踏んで踏んで踏みまくった。やがて僕は気絶するように眠り、目が覚めると、美少女たちはいなかった。世界中の階段が八段ぶん、元に戻っていた。

 以来、僕は徹底的に階段を使うようにしているんだ。

 一段目をまたぐのはやめた。一段一段、踏みしめるようにしながらのぼっている。世界中を混乱の渦に叩き落したあの大事件を、再び起こさないようにするため。

 そして僕は三十四歳になった。未婚。カノジョもいない。今日も残業でヘトヘトだけれどアパートの階段を七階ぶんのぼって、自分の部屋に帰ってくる。

 部屋には見知らぬ女の人がいた。服を着ていない。お相撲さんみたく太っていて、部屋のあちこちで糞をして、両手でピザを八枚持ってムシャムシャと食べている。僕を見るとゲロみたいなにおいのゲップを顔にかけて、ニチャア……と笑った。

「あたし、エレベーターよお」

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