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『転生しても憑いてきます』#31

 一体こいつは何を言っているんだ?
 カローナが死んだ直後に新しい領主になるといったマールは群衆の反応を伺っていた。
 領民達は予想通り、困惑していた。
「え? 誰?」
「ほら、あの王都の騎士の中で一番偉い人じゃなかったっけ?」
「うーん、カローナ様より有名か?」
「いや、知らん」
 領民達は彼の事を全く知らないようで、互いに顔を見合わせて、首を傾げていた。
 僕も同意見だった。
 顔を見てみると、青年よりは若干老いた感じで、瞳はエメラルドで鼻が尖っていた。
 マールはその長い鼻の先をしきりに触った後、「静かにぃ〜〜〜!!」と鶏が鳴いたのかと思うほど声を上げた。
「カローナきょうが生前にこう申していたのだ。
『もし私が死ぬ事になったら、お前が新たな領主になるんだ』と。
 私は彼女の遺志を無駄にしたくない!
 決して、下心ではない!」
 本当にこの男は何を言っているのだろう。
 口だけの遺言なんて、いくらでも偽装はできるし、法的な効果を持つ書類さえなければ、この地を治める権利を死者から譲渡じょうとなんてできるはずがない。
 それは領民達も思っていたのか、次から次へと「ふざけんな!」「帰れ!」とブーイングが起きた。
 マール団長はこの反応を予想していなかったのか、若干狼狽していた。
 が、すぐにシャンと背筋を伸ばした。
「では、誰がこの地を治めるのかね? あの狂った騎士か? それとも君達か?」
 この問いに領民達は急に黙ってしまった。
マールはしてやったりみたいな顔をした。
「私は国王や王族達を守る王都騎士団の団長だ。多くの部下達に指示したりしている。
 だから、指導者の仕事には慣れて……」
「それも大事ですけど、領民達への思いやりが最優先なんじゃないですか?」
 思わず、自分の思いを口から出してしまった。
 マールはチラッと僕の方を見た。
 睨みつけるような眼差しに僕は後悔していたが、ここまで来たら最後までやってやろうという気持ちに駆られた。
 マールは話の腰を折られて不機嫌なのか、掻きむしるように鼻先を触った。
「……確かに君の言う通りだ。領民達がどう快適に暮らせるかを考えるのも指導者のスキルに必要不可欠……だが、その心配はない」
 マールは咳払いすると、声を張り上げた。
「私はこのカーメラーをさらに発展させようと思う!
 王都は一人の反逆者によって半壊してしまった。無論、王城も例外ではない……。
 国王様はこの地に温泉や鉱山が眠っている事を知り、カーメラーを新たな王都にするとお考えになられている!
 この地に城、校舎、歓楽街を作り、今までの王都よりもさらに大規模な都市にする予定だ!」
 なんという事だ。
 自然を壊して新しい王都にするって?
「冗談じゃ――」
「心配する必要はない。君達を不遇な立場にはさせまい!
 もしここを王都にした暁には、君達を上流階級にすると国王様が申し上げられた!
 貴族になるんだよ! 君達が!」
 貴族――この二文字がまるで魔法のように領民達の心を変えた。
「貴族って、毎日うまいものを喰ったりできるのか?」
「綺麗で可愛いドレスを着て……」
「夢物語だと思っていたけど、なれるのか?」
「それだったら……」
 なんて愚かな。
 心の豊かさよりも懐の豊かさを領民どもは選んでしまった。
 この反応にマールはチラッと俺を見た。
 嘲るような笑みに僕は殴りたい気持ちでいっぱいだった。

 その数日後、カローナの葬式が執り行われた。
 大勢の王族や騎士達が参列し、彼女の死を嘆いていた。
 遺体は既に棺桶に入れられていた。
 見せてほしいと騎士の一人に頼んだが、損傷が激しいという理由で断られてしまった。
 たとえ恐ろしい顔になっていたとしても、人目だけでもいいから最後の挨拶をしたかった。
 が、叶わなかった。
 ちなみにコナも同時に埋葬された。
 反逆者ではあるが、マール曰く生前に『私が死に、コナも死んだら同じ墓に埋めてほしい』と言っていたらしい。
 大司教も来て、二人のお墓の前で祈っていた。
 クーナを処刑させた奴に祈祷きとうされるのは腹が立ったが、国王を前に罵詈雑言をぶつける訳にはいかず、グッと堪えた。
 生まれて初めて国王と王妃を見たが、不思議な格好をしていた。
 王も王妃も頭を布で覆うように被って、顔が全く見えなかった。
 一応顔にへのへのもへじみたいな絵は書かれていたが、なぜそのようにしているのか聞いてみたいが、気が引いて出来なかった。
 参列している時、キャーラと久しぶりに会った。
 彼女は涙目で僕とケーナを抱きしめた。
 学園の校舎もここに移転されるらしいので、一緒に住むとのこと。
 僕が生まれた時は五人姉妹だったのが、十年ぐらいで二人までになってしまうのは、本当に呪われているなと、ふと思った。
 余談だが、最後に生き残った騎士は毒薬を飲んで後を追ったらしい。
 やはり、耐えられなかったのだろう。

 こうして、半ば強制的にマールが新たな領主になってしまった。
 彼は多くの人手を使って、森を切り倒して、ランタンドン学園の校舎や裁判所を建てた。
 川の近くには酒場や飲食店を軒並み作らせた。
 王都からの移住者が大量に来たので、家もたくさんできた。
 城は数年かかるため、国王含めた王族は完成までの間、マールの屋敷(元カローナの屋敷)に居候する事になった。
 カーメラーはドンドン騒がしくなった。
 人も変わってしまった。
 元々住んでいた領民達は『上級都市民』という階級を与えられ、働かなくても生活できるようになった。
 逆に王都に住んでいた者が『中級都市民』となり、そこそこの労働をしないと生きられなくなった。
 犯罪者も貧民も増えた。
 そいつらは『下級都市民』として、ほぼ休みなく上級や下級のタダ働きをした。
 要は『貴族』『市民』『奴隷』みたいな関係性が出来上がってしまった。
 穏やかだった領民達は質素な格好から豪奢な服やアクセサリーを着飾り威張り散らすようになった。
 中級や下級の者達も見下すようになった。
 中級都市民達は元々貴族同然の暮らしから一般市民に成り下がったものだから、急に成り上がった上級都市達を忌み嫌っていた。
 両者の争いは毎日のように起きた。
 町はドンドン醜くなっていった。
 ゴミは溢れ、水は汚れ、風紀も乱れていった。
 この町はかつてカローナの愛していた町とは比べ物にならないほど変わり果てていた。
 僕は昔以上にこの町が好きではなくなっていた。

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