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『転生しても憑いてきます』#57

 どこか懐かしい呪文が聞こてきたかと思えば、怨霊達の悲鳴が響き渡った。
「何を怯えている?! さっさと殺せ!」
 神様の怒鳴り声が聞こえ、おかっぱの奇怪な笑い声がした。
「ピカーラ! ピカーラ!」
 が、謎の声が呪文を唱える度に、「グギャッ!」「ブジュッ!」という断末魔が聞こえた。
「えぇい、離せ! ワシが相手してやる!」
 神様がそう叫ぶと、雷鳴みたいな音が轟いたが、「ピラピカーラ!」という声の後、「グヌウオオオ!」と苦しむ声が聞こえた。
 ガタガタと天井が揺れた。
 光が差し、目をつむる。
「無事か!」
 また懐かしい声がした。
 小さい頃に聞いたような声だ。
 薄めを開けると――そんな馬鹿な。
「……ビーラ……さん?」
 ありえない。
 目の前に、いるはずのないダークエルフがいる。
 彼女はとっくの昔に死んでいるはずなのに。
 まさか彼女も亡霊なのか?
 それとも罠?
「上がれるか?」
 彼女が僕に手を差し伸べてきた。
 恐る恐る腕を上げた。
 彼女がギュッと僕の腕を掴むと、勢い良く引き上げた。
 僕に触れるという事は、生きているのか?
 半信半疑の中、彼女の支えのおかげで、どうにか起き上がれた。
 周囲を見渡してみる。
 予想通り、僕は棺桶に入れられていたらしい。
 場所は外で、校舎から少し離れているから、グラウンドだろうか。
 怨霊達の姿はどこにもいない。
 皆、散り散りに逃げてしまったのか。
「カース」
 ダークエルフは僕の名前を呼んでいた。
「大丈夫か?」
 首を傾げる彼女に、僕は何て返したらいいから分からなかった。
 彼女は僕の心情を読み取ったように、神妙な顔をしていた。
「戸惑うのは分かる。
 だが、仕方なかったんだ。
 カニバードの襲撃から守るために爆破魔法で奴らを蹴散らした後、エルーラに転移して身を潜めていたんだ」
「エルーラに身を潜めていた……?」
 という事は、ビーラはずっとエルーラにいたってこと?
 そんな……嘘でしょ?
「どうして、もっと早く生きている事を言ってくれなかったんですか?!
 そしたら、母さんもカローナもキャーラもクーナもコナも死ぬ事はなかったのに!
 今更になって戻ってくるなんてあんまりだ……あんまりだよ……」
 これほど怒りを露わにしたのは、いつぶりだろうか。
 僕の言葉にビーラは複雑な表情を浮かべていた。
 悲しいと戸惑いが入り混じったような顔だった。
「……どうやらアタシがいなくなってから、色々あったみたいだな。
 辛い思いをしてしまったな。すまない」
 ビーラはそう言って僕の頭を撫でた。
 僕は何とも言えないような気持ちになっていた。
 そういえば、ケーナはどうしているのだろうか。
 きっとあの村で僕の事を待っているはずだ。
 会いたい。
 ケーナに会いたい。
「家に帰りたいです」
 僕がうわ言のようにそう言うと、ケーナは「帰るって、どこに?」と訝しむように聞いてきた。
「パルタート村です。そこに僕の姉さんがいます」
「姉さん……もしかして、前にお前が話していたケーナの事か?」
「ケーナの身に何かあったんですか?!」
 僕は反射的に質問してしまった。
 ビーラは僕の気迫に少し驚いていたが、「いや、違うが……パルタート村って言ったな」
「はい」
「あの村、もうないぞ」
「……え?」
 もしかして、魔物とかに襲撃されたのか?
 だとしたら助けに行かないと。
「姉さんを助けないと! 早く転移魔法で……」
「カース」
 ビーラは冷静な口調で僕を止めた。
「その村は襲撃されて無くなったんじゃない。《《とっくの昔に無くなっているんだ》》」
 理解が追いつかなかった。
 あの村は元々ない?
 じゃあ、僕が過ごした日常は?
 ニャイとニュイは?
 ニューエ婦人の手料理は?
 あれは全部幻だったっていうのか?
 婦人も双子の姉妹も村の人達も怨霊だったっていうこと?
 だとするなら、どうしてケーナはあんな村に引っ越そうって言ったんだ?
 もしかして、ケーナも……いや、そんな訳がない。
 ありえない。絶対にありえない。
 ケーナが、け、け、ケーナが、お、お、おん、怨霊なんて……いや、怨霊なんかじゃない。
 僕を守ってくれた。
 僕に愛情を注いでくれた。
 そんなのが怨霊な訳がない。
「嘘だ」
 僕はダークエルフを睨んだ。
 こいつは嘘をついている。
 こいつこそが、怨霊なんだ。
 僕を騙して、神様の元へ連れて行って、殺すつもりなんだ。
「カース! 正気になるんだ!」
 ビーラがそう言って近づくが、僕は一歩下がった。
「あっちへ行け! お前も神様とグルなんだろ?!」
「カース……」
「ビーラはあの時死んだんだ! お前は怨霊になって僕を嵌めようとしているんだ!」
「違う! 私は真実を言っているだけだ!」
 そんな事を言って、僕が信じるとでも思ったか?
 早く逃げないと。
 もしかしたら時間稼ぎをしているかもしれない。
 こうやって適当な嘘を言っている間に神様が村を襲撃しているんだ。
 助けにいかないと。
 僕は彼女に背を向けて走った。
「カース、待て!」
 奴に戻ってくるように言われたが、誰がお前の言うことなんか聞くか。
 ここから村までどれくらいかかるか、分からないけど、何がなんでも辿り着いてやる。
 そう思った矢先、目の前に何かが立ちはだかった。
 炎をまとった巨大なトカゲだった。
「ギャオオオオオ!!!」
 そいつは大口を開けて飛んで来た。
「うわぁ!」
 僕は逃げようとしたが、なす術無く暗闇に包まれた。
 どうやらトカゲに食べられたらしい。
「開けろ!」
 僕は口の裏側の部分を拳で叩こうとしたが、火傷しそうなくらい異常に熱くて、できなかった。
『カース、聞こえる?』
 恐らく口の向こう側に立っているであろうビーラが喋りかけていた。
『取り乱すのは当然だ。自分の信じている事が揺らぐのは……だったら、こうしよう。
 カースの言ったその村に行こう。
 実際に見れば納得するだろうからな』
 そう言った後、地面が揺れ始めた。
 どうやら動き出したらしい。
 僕はケーナの安全が心配だった。
 ケーナ姉さん、無事でいてほしい。
 お願いだから生きていてくれ……。 

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