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貴族だった日

苺を箱で頂いてしまった。

よって、その日、私は貴族になった。

まず、紅茶を淹れた。
Harney & SonsのHot Cinnamon Sunsetだ。
飲んでからしばらくシナモンが胃の中に滞留し、食道からシナモン臭がする程度には香りが強い為、他の食べ物と組み合わせることは難しい。
そして、砂糖を入れてないのに、糖尿病を予感させる程甘い。

林檎を少し切って、紅茶と共に食す。

音楽はサー・アンドラーシュ・シフのモーツァルトである。最近はa crowd of rebellionと日食なつこばかり聴いていた為、クラシックは新鮮だ。
シフ、凄い、めっちゃいい。という感覚までが私の芸術の全てで、何がいいとかわからない。でも貴族だから、さもわかっているような感じで、猫に餌を与えた。

彼女は私が貴族だという事に気づいていないようだったので、いつもの餌に鰹節をトッピングしてあげた。

それから本を読んだ。

若きウェルテルの悩みである。
ウェルテルが死んだ年齢を越してしまったことに気付き、読むのをやめた。

こんなことでめげてはいけない。

誇り高く生きるためにタルトを焼くのだ

タルト生地はパートシュクレ。
クリームはクレームフランジパーヌ。
苺のコンフィチュールも用意した。

クリームの上に苺を並べ、ナパージュでツヤツヤさせる。

Kicking Horseの珈琲を添える。

完璧である。

私はこのタルトを食すために生まれてきた。

1ピースの半分で胃もたれを感じた。

満腹まで食してしまうのは貴族の流儀に反する。半分を冷蔵庫へ、残りを友人達に分け与えるべく、外に出る。日光を浴びる事でセロトニンが分泌される。私たちは植物の成り損ないかもしれないなと思いながら友人宅へつく。

友人はにこにこ、私もにこにこ。

帰宅して愛するPCを起動する。

ふと、一通のメールが目に入る。

"稟議書、確認しました。
下記に記載した通り、再考をお願いします。"

それは、私が貴族の状態で、欲しい分析機器を全部羅列した夢の文書だった。

私はその時、貴族のままでは少しの願いも叶えられない事を知った。

私はスマートラボというX線回折装置が絶対に欲しかった。

現実に戻らなくてはいけない。

ネットフリックスでアグレッシブ烈子を流しながら丁重に予算との兼ね合いを見て稟議書を直す。

稟議書を直し終え、インスタントコーヒーを淹れた。

いつもの何の風味もない少し苦いお湯がゆっくりと身体に染み渡り、わたしは間違いなく庶民だった。

いつか必ずまた貴族になってやる。

誓いを胸に、メールを送信した。

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