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ACT(包括型地域生活支援プログラム)| #8

▼前回の話はこちらから

#6の投稿では、精神医療をよりよくしていくことが、子どもがケアすることを強制されないために必要なことの一つだと書いた。

それでは、精神医療はどうなるとよいだろうか。勉強するなかでこれは導入されていくとよいと思った3つの試みを前回に続き紹介していく。


2つ目は、ACT(アクト/Assertive Community Treatment:包括型地域生活支援プログラム)という、精神科医、看護師、作業療法士、精神保健福祉士などがチームを組み、地域社会のなかへ訪問していき、精神障害をもつ人々の治療やケアにあたる方法だ(伊藤順一郎の『精神科病院を出て、町へ ACTがつくる地域精神医療』を参考にしている)。

母が退院して思うことがあるのだが、入院していたときよりも母の調子がよい。退院した母と関わっていると、閉鎖的な治療環境のなかで人が回復していくことには限界があることを痛感させられる。

また回復とは別に、長期の入院によって人とのつながりや体力も奪ってしまっているし、なぜもっと早く精神医療のおかしさに気づけなかったのかと本当に悔やんでいる。

ただ、いまでこそおかしい、と思っているもののかつてはそうではなかった。


中学1年生のときに母が精神科病院に入院し、面会に行くとそこは閉鎖病棟だった。そこの扉は病院のスタッフしか開けることができないのだが、当時は病院という場に行くこと自体が限られており、ほかの病院の様子を知らなかったため、強い違和感をもつことはなかった。

面会の数を重ねるうちに、閉鎖病棟という治療環境は仕方のないもので当たり前なのだと思うようになっていった。

しかし、それが当たり前ではないということに気づかされたのは、イタリアでは精神科病院がないという事実を知ってからだ。

#3で紹介したべてるの家もそうなのだが、精神疾患があっても治療やケアを受けながら地域で暮らしているという事実には、とても驚いた。そんな訳がない、と思うほどに驚いた。

それくらい、私にとっては母が地域で暮らすということに困難を感じていたからだと思う。

注意したいのは、母が病気と診断されているから困難を感じていたのではない。母を受け入れられる土壌が地域にあると思えなかったからだ。子どもの頃に母が周囲に「迷惑」をかける様子をみてきたが、これが迷惑なのかどうなのかは、周囲の受け止め方によるものではないだろうか。

「迷惑」な言動の背景にある困難や苦悩に焦点があたれば、事態は変わったのかもしれない、とよく思う。

閉鎖的な治療環境ではなく、母が地域で治療やケアを受けながらともに生活ができたのであれば、前述したような人とのつながりや体力を奪うこともなかっただろうし、私はケアすることを強制されなかったと思う。



母が退院した直後の話なのだが、2人の時間があったときに私は退院まで時間をとても要してしまったことを謝った。私が謝ることだったのかはわからないが、母が退院できないことに私は罪悪感や責任感をずっと覚えていた。

母は「かまってやれなくてごめんね」と言い、私は涙が止まらなかった。

母は、私が12歳から大人になっていく過程で子育てできなかったことに申し訳なさを感じていた。私は子をもつ母親になったことがないからわからないが、娘の成長をそばで見たかった思いが母にあるかもしれない、と思う。

私は私で、両親がともに病気でさみしかったりつらかったり、母の治療環境に苦しさを覚えたりして、なぜこのようなことになってしまったのだろうな、と複雑な感情が入りまじって涙が止まらなかった。


濱島淑恵の『子ども介護者 ヤングケアラーの現実と社会の壁』にとても共感する文章がある。

ヤングケアラーたちが生きづらいのはケアを要する家族がいるからではない。そのような者たちを排除する社会の壁があるからである(p.226)。

私は精神医療のおかしさに長らく気づけなかったが、気づいたからにはできることを少しずつしていきたいと思っている。

微力かもしれないが、「社会の壁」がなくなっていけばと思って、経験に基づいて気づいたことなどをこうやって文章にしてきた。この文章から社会の理解が少しでも広がればと思っている。

自分と同じような経験がもう繰り返されてほしくないのだ。


「社会の壁」がある限り子どもはケアすることを強制され続けるが、ACTは「社会の壁」を取り払っていくような存在の一つのように思う。

ACTは、精神疾患のある本人だけではなく家族も支えながら(前掲書pp.45-47)、地域での治療やケアを実践していく。

子どもがケアすることを強制されないための支援が期待できることはもちろん、これまで病院に閉じていた治療やケアが地域に開かれていくということは、社会に精神疾患への理解が促され「社会の壁」がなくなっていくことにもつながると思うのだ。


次は、イギリスで生まれたメリデン版訪問家族支援という精神疾患のある人を含めた家族に対して支援者が訪問して提供する支援を紹介したい。

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