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タフでなければ。。。

みなさんこんにちは、こおるかもです。イギリスでエンジニアやってます。

今日は英語の勉強も兼ねて、僕の好きな小説の一節をご紹介。

タフでなければ、生けていけない。
優しくなければ、生きている資格がない。

「プレイバック」レイモンド・チャンドラー著 清水俊二訳

この一節、アメリカの作家、レイモンド・チャンドラーのハードボイルドな推理小説シリーズの一冊「プレイバック」の一節。

難事件を解決した探偵フィリップ・マーロウが、解決後に依頼者の女性に、どうしてそんなにHardなのに、そんなにGentleになれるの?と問われたシーン。

せっかくなので原文をみてみましょう。

"How can such a hard man be so gentle?" She asked wonderingly.

"If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive.
If I wasn’t gentle, I wouldn’t deserve to be alive."

Playback by Raymond Chadler

原文で読んでも、お手本のような仮定法が使われているだけなので、比較的わかりやすいですよね。

実は僕はこの小説を、村上春樹訳で読みました。なので、上記の清水訳とは出会っていないのですが、やはり清水訳が非常に語感が良く、カッコいいと感じていました。

しかし、村上訳が出たあとしばらくして、村上春樹と彼の翻訳の師である柴田元幸さんが、翻訳について対談している雑誌が出たのですが、そのなかで、上記の清水訳は「かなりの意訳である」と語っています。

なぜかというと、依頼者である女性の問いは、HardGentleをネガティブとポジティブな意味合いで対比しています。どうしてそんなにHardな人が、こんなにもGentleでいられるの?と、本当は同時には成立し得ないような矛盾した状態を対比しているわけです。

しかし清水訳ではHardタフと訳してしまっています。タフとは、日本語の意味としては、「打たれ強い」とか「頑強な」というような、どちらかというとポジティブなイメージで使われます。タフであることと、Gentle(優しい、紳士的な)ということは、両立し得ますよね。だから、清水訳では依頼者の女性の問いが成立しなくなってしまう、と村上さんと柴田さんは指摘しています。

そのため、村上さんは、ここを「きびしい心」柴田さんは「無情」と訳すことを提案しています。

でもね(ここからが本題)


でもね、村上さん、柴田さん。

ぼくは思うのです。

タフであり、同時に優しくあることって、簡単じゃないんじゃないかな。

なんとなく、僕がイメージする、タフで優しい人といえば、ボクシングの井上尚弥選手とか、元阪神の金本知憲さんくらいです。そんな簡単に、だれもがタフで優しくなれるものではないと思うのです。

ぼくはイギリスに来て、ある程度覚悟はしていたのだけれど、いろいろなトラブルに巻き込まれました。

Amazonの宅配が届かずに終わる、不動産関連の問い合わせメールの返信が来ない、GPの予約がぜんぜん取れない、そのくらいは序の口。

他人の公共料金の請求が自分の名前宛で届いて、勝手に誰かにオンラインアカウントを作られて、「今月払わないとクレジットスコアが悪化します」と警告されているのに苦情を言っても半年間対応してもらえない。

2ヶ月後に家を追い出しますという大家さんからの通知がメール一本で届く。

娘の保育園が2年待ちで、そのWaiting Listに載せてもらうためだけに£100のデポジットを払う。町中の保育園に片っ端からアプライするため保育園の数x£100払う。

一時帰国のためにヒースロー空港へ向かうその日に電車がストライキになり、急いでネットでタクシーを予約して、追加料金を払ってベビーシート付きにしたのにベビーシートがついてないタクシーが来てドライバーは知らないの一点張り。

そういうトラブルに見舞われる度に、ぼくはタフにならなければならなかった。「こんなサービス、日本じゃありえねーぞ!」とブチギレたところで、何も解決しないことはわかっている。

所詮ぼくたちは外国人で、家族でこの国に住まわせてもらっているという立場をわきまえるよう心に言い聞かせ、「大変申し上げにくいのですが、追加料金を払ってチャイルドシートを予約しているのです」とジェントルに対応するしかない。

会社でもそうだ。自分は英語がぜんぜんできない。そういうハンディを負って、ベースとして迷惑をかけている。だからせめて、いつも笑顔で、チームの雰囲気を盛り上げるために、できることを全力でやっている。

ぼくはイギリスで、タフかつ優しくあるための試練にあっているのだと、そう考えるようになった。

いつまでイギリスにいるか分からないけれど、いつか、そばで寝ているこの小さな娘に、

「どうしてパパはそんなにタフで優しいの?」

と聞かれることがあったらなら、ぼくはきっとこう答えるだろう。

「タフでなければ、イギリスで生きてはいけない。
 優しくなければ、きみと生きていく資格がない。」


そんなハードボイルドな気持ちにさせてくれる、名探偵フィリップ・マーロウが活躍するレイモンド・チャンドラーの小説、ぜひみなさんも楽しんでみてください。

最後までお読みいただきありがとうございました。



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