宇宙機のシステムズエンジニアとは。
こんにちは、イギリスで宇宙開発をしているこおるかもと申します。
ぼくは日本時代も含めてかれこれ10年近く宇宙開発に従事してきましたが、一貫して、宇宙機のシステムズエンジニアというポジションで仕事をしています。実はこのシステムズエンジニアというポジションは、NASAのアポロ計画やスペースシャトル開発によって培われてきた、宇宙開発においては非常に由緒ある、誇り高きポジションなのです。
今日はそんな話をしていきます。
宇宙開発を始めてまず驚くのは、必要となる膨大な範囲の工学分野の基礎知識。
宇宙開発と聞くと、宇宙工学を専門にしていればいいと思うかもしれませんが、全くそんなことはありません。
むしろ、ぼくなりの言葉で言えば、「宇宙工学」なんていう工学分野は存在しません。なぜなら、物理法則は地上であろうが宇宙であろうが変わらないからです。
宇宙工学という言葉が端的に表しているのは、「各工学分野の宇宙開発における応用」を意味します。いわば、工学分野の総合格闘技です。
どんな分野が扱われるかをリストアップしてみましょう。
一般的な表現として、元となる工学分野ごとに並べる場合と、宇宙機のサブシステムごとに分類する場合がありますが、今回は宇宙機システムの仕組みにより焦点を当てたいので、後者で書き下していきます。
宇宙機サブシステムの一例
軌道制御系サブシステム
姿勢制御系サブシステム
推進系サブシステム
電源系サブシステム
電気系サブシステム
通信系サブシステム
コマンド・データ処理系サブシステム
熱制御系サブシステム
構造系サブシステム
機構系サブシステム
ミッション系サブシステム(e.g. センサ系)
一般に、宇宙機を開発する際には、これらの各分野を担当するエンジニアがおり、全体のシステム要求をサブシステム仕様に落とし込んで、設計・解析・試験・検証、などを行っていきます。
その時、よく起こりがちなことは、各サブシステムの担当者が、局所的な最適化を目指してしまい、システム全体として最適な設計にならない、という事態です。
これを風刺した、わかりやすいイラストがこちら。
あるサブシステムのエンジニアが、自分中心のマッチョな設計に突き進んだ結果。「〇〇エンジニアの俺が考える最強の衛星」みたいな感じです。
もちろん、ここまで派手なことは実際には起こりませんが、それでも、誰かがシステム全体を俯瞰してみていなければ、システム全体として最適な設計にたどり着くことはありません。
それこそが、宇宙機のシステムズエンジニアの役割となります。
ちなみに、ここでいうシステムズエンジニアとは、いわゆるみなさんがよく聞くであろうIT業界におけるシステムエンジニアとは全く異なる概念です。システムズエンジニアとは、元はNASAのアポロ計画において体系化された概念で、複数の工学分野を複雑にまたぐシステムを成功に導くエンジニアリングアプローチのことを指します。
システムズエンジニアリングの権威である国際機関「INCOSE」による定義はこちら。
ところで、どうしてシステムズエンジニアリングという概念がNASAの宇宙開発によって発展してきたのか、それを端的に表す画像があります。
これは、NASAがスペースシャトルを開発する際、最初に思い描いていた理想像と、実際にできあがったものが如何にかけ離れたものになったか、ということを端的に表しています。
スペースシャトルは、当時史上最も複雑な乗り物であり、宇宙空間と大気圏を行き来するための新規性の高い技術が満載され、かつ人が乗り込むための安全要求が無人機と違い、さらにメンテナンスによって何回もフライトすることが前提とされていたことなど、あらゆる点で技術的な複雑さを伴い、開発は困難を極めました。
その結果、プロジェクトのはじめには想定していなかったような仕様変更などが相次ぎ、完成したときには当初のイメージとまったく違った代物になってしまった、という具合です。
システムズエンジニアにとっては、プロジェクトの後流でおこるであろうリスクを予見し、プロジェクトの開始時点で如何に開発工程を見積もっておくかということが非常に重要になります。
かの天才、レオナルド・ダ・ヴィンチはこのような名言を残しています。
というわけで、システムズエンジニアの役割として、重要な点を二点説明しました。
あらゆる工学分野にまたがってシステムを俯瞰し、最適なシステムを検討すること
プロジェクトの終わりの姿を、初めの段階で予想し、先手を打って開発工程を検討すること
このように書くと、システムズエンジニアは、全工学分野に深く精通し、プロジェクトの上流から後流までの全部の経験を有するような、天才的なベテランエンジニアが務めるような印象を受けるかもしれません。
しかし、現実には全くそんなことはなく、僕のような若手のペーペーがやっていたりします。
というのも、結局のところそんな完璧なエンジニアはそうそう存在しないし、みんな得意不得意があって支え合いながらやるのが宇宙開発なので、システムズエンジニアも、基本的にはプロジェクトの中で足りていない部分を自発的に補っていくことが主な役割になります。
僕の場合も、現在社内で、同じコンセプトだけれど設計要件が微妙に違う3つのプロジェクトを、横通しで見るポジションとしてシステムズエンジニアをやっています。
3つのプロジェクトそれぞれで、エンジニアの人数、スキルや経験が不足している箇所が全然異なっているので、自分は臨機応変に動いて対応しています。
たとえばあるプロジェクトでは、お客さん(納品先)からの要求が正しく各エンジニアに伝わっていなかったで、要求とその検証方法を社内での標準的な用語に落とし込んでマトリクスにして管理しやすいようにしてあげたり、
別のプロジェクトでは、製品の宇宙での機械的な動作を模擬することが地上では難しいということがわかり、シミュレーションが必要になったのですが、その力学モデルを作れるエンジニアがいないということになって、ぼくが数ヶ月かけて定式化とコーディングをしてあげたり、
といった具合です。僕自身にも得意不得意がありますが(例えば未だにCADが扱えない)全般的には、何でもやれと言われれば器用にこなせるという点が強みかなと思っているので、システムズエンジニアというポジションが結構好きです。
というわけで、今回は宇宙開発の由緒ある役職である、システムズエンジニアという職を紹介しました。
みなさまが少しでも宇宙開発への興味を持つきっかけになれば幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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