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【生後50日】32歳キャリアウーマンが不妊治療を経て産んでみて。

day50(1ヶ月19日)
あっという間に生後50日経った。

私は平成元年生まれで、この秋に33歳になる。
26歳で結婚したのだけど、当時はいつでも妊娠できるだろうと信じて疑わなかったから、

子作りは、結婚式の後→新婚旅行のあと→大事な仕事のプロジェクトが終わった後  なんて、どんどん理由をつけて真剣に考えたことはなかった。

ちょうど、仲のいい子の一人が、
結婚してだいぶ経つのに全然妊娠しないからって、婦人科に行ったら、旦那さんの精子が少ないことがわかって、体外受精に進んでいて、

「年齢に関わらず絶対検査しておいた方がいいよ!」って力説されたから、

「そういや性病検査も、子宮頸がん検診も何年もいってないなー」って軽い気持ちで、近くの婦人科に行った。


結果、何も問題はなかったんだけど
問診の時に「妊娠希望ですか?避妊希望ですか?」って聞かれて、ふと「そろそろ子供欲しいなぁ」っておもい、妊娠希望の旨伝えると、

排卵誘発剤のクロミッドを処方されたから、
「薬飲まずにやってみて、無理だったらもっとちゃんとした病院で処方された薬がいいな」って、何となく妊活を始めた。

が、そもそも排卵のタイミングなんてわからんし、
お互い超多忙サラリーマンだったので、疲れてできないこともしばしば。あっという間に半年経って、これはいかんと、排卵のタイミングを見てもらおうと病院のドアを叩いた。


それから紆余曲折あり
流産も経験して、不妊治療を4年続けた結果
私たち夫婦はとても幸運なことにあおくんを授かることができた。

だけど、あまりにも長く、苦しかった4年で
無事に生まれるまでは、浮かれる気持ちには全くなれなかった。

どちらかと言うと、最後の最後にどんでん返しで
何かいやなことが起きるんじゃないか、と言うことを
神経質に考えていた。

今振り返ると、私は「子供が産みたい」より
「子供を産めない自分」への劣等感の方が強かった。

女として何か大事なものが欠落しているような
普通に産んで育てている人より、
子供を望みながらできない私はどこか不幸のような気がしていて、赤ちゃんを産めば、それが解消されるような気がした。


今、目の前にあおくんがいて
私の抱っこで泣き止んで、すやすやと寝ていて
毎日変わる顔を見て、

「もっとシンプルに考えたらよかったなー」と思った。

「子供を可愛いと思う。
 子供がいると幸せだと思う、
 だから、不妊治療でしか授かれないのなら
 不妊治療をする。」ってね。

「産めない自分が嫌いだから、
 周りが普通にしていることができないことがいやだから」って、マイナスな方向に考えるんじゃなくてね。


.....

私は確かにキャリアウーマンだった。
休みの日も喜んで働いたし
同期に比べて、同世代の中では役職を持つのも早かった。

上に噛み付くこと、下を守ることに必死だったし
働きすぎて、適応障害になるくらい頑張っちゃった時期もある。

だけど、不妊治療を経て
「頑張っても成果が出ない」現実を受け入れて
諦めかけた時に、あおくんができて。

そんな私だから、育児については
初めから超肩の力が抜けている

育児書は読まないし、
他人とは比べない。

毎日可愛いね、と伝えて、
あおくんと一緒に起きて眠る。

同時期に産んだ子からは
毎日の生活リズムをつけた方がいいよとか
うちは毎朝7時に起きてカーテンを開けて、
2時間くらいしたらああしてこれして
とありがたいメールが来たが
全くしようと思わない(笑)

どうせ幼稚園だか小学校だか
どこかのタイミングで生活リズムがつくようになるんだから、今は好きな時に寝て好きな時に起きたらいいと思う。

飲みたいだけ飲んだらいいと思うから
おっぱいも欲しがる時にあげている

頻回すぎてほぼ出てないだろ〜と言う時も
関係なくあげていて、
足りなくて泣いてる時は欲しがるだけミルクをあげる。

抱っこ癖がつくよと言われようが
泣いたら駆けつけて、抱っこする。


こうしなければいけない、とか
こういう風に言われているから、とかは
なるべく、最低限にするようしていて。

だって、私は義務であおくんを産んだんじゃない
愛したくて、抱っこしたくて
一緒に人生を楽しく生きて行きたくて産んだから。


不妊治療をしてなければ、もっと肩肘張って
育児してただろうから、
あの辛い期間にも意味があったのかもしれない、と思う今日この頃。

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