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それは父から前に聞いた話。

昔から父はお酒好きで、仕事帰りはもちろんのこと休みの日でもぶらりと飲み屋街に出かける人だった。
酔っ払った父は普段以上に陽気にはなるが、誰かを傷つけたりすることは無く、母はそんな父の行動を許していた。

父がよく足を運んでいたのは、近所にある飲み屋街。
入り組んだ裏道のあちらこちらに、明かりの点った赤提灯を吊るした小さな居酒屋があった。
その他にもスナックや麻雀屋なんかもあって、子供には無縁な場所だった。しかし、私は忙しい母に頼まれてよく父を探しに行っていた。
一本道を間違えると、途端に迷子になりそうなそんな場所だった。

 そして、その裏道には幽霊が出るという噂の裏道があって、そこだけは通らないようにしていた。

噂のせいかどうかは定かではないが、その通りで営業していた居酒屋は角の一軒を除いて全て閉店してしまい、シャッター通りと化していた。
看板も赤提灯も放置されたままで明かりが灯ることも無く、その通りだけは人気もなく薄暗くて静かだった。

父はそこで幽霊を見たという。

その日、休みだった父は私たちと買い物に出かけた帰り道、偶然出会した友人とそのまま飲み屋街に出掛けていった。
父と友人は盛り上がり、次の店にハシゴしたそうだ。
その店で一杯目の酒がなくなりかけた頃、友人の携帯電話が鳴った。
電話に出た友人は、仕事で何かトラブルがあったようで、電話を切った直後に水をがぶ飲みし、”急用ができた”と言って店を飛び出したそうだ。

一人残された父も、猪口に残った酒を飲み干すと店を出たそうだ。
空はすっかりオレンジ色。
そろそろ家に帰ろうと、父は飲み屋街を出ようとした。
けれど、二軒目は馴染みの店ではなく、友人と話しながら適当に見つけて入った店。
店を出た瞬間、すでに酔っていたこともあり帰る方向がわからなくなった。

そのうち知っている道に出るだろう。

そう思いながら、父は適当に歩いていた。

すると、裏道の十字路を前にして、父は足を止めた。
前方に伸びる道も、左に曲がった先も、赤提灯や看板の照明で明るく、客の笑い声や歌声で賑やかだった。

けれど、夕暮れに染まった右に進む道だけは、別世界のように静かだった。赤提灯も看板も置かれているが、どれも古くて明かりは灯っておらず、店はどこもシャッターが閉まっていた。

だが、よく見ると一軒のシャッターが閉まった店の前で、白いスーツを着た男が立っていた。
手前の店の提灯と看板で顔は見えない。
父は少し様子を見ていたが、その男はずっと立ち尽くしたまま微動だにせず、気になった父はその男に近づいた。

すると、父はその男を見て唖然とした。

何故なら、その白いスーツの男に首がなかったからだ。
まるで斬首されたかのように、本来あるべきはずの頭部がなかったのだ。

マネキンか?

一瞬、父はそう思ったという。
だが、首のない白いスーツの男は徐に父の方へ体を傾けたという。
それに驚いた父は、慌ててその場から逃げ出したそうだ。

帰ってきた父の手足には、擦り傷がいくつも出来ていたのだった。

それがひとつ。

そして、話はもう一つある。

あれは、私が小学生の頃だった。
父がよく訪れる飲み屋街のそばに、ゲームセンターがあった。
私はゲームが大好きで、友達とよくそのゲームセンターに遊びに行っていた。
友達はビデオゲームが大好きで、私はクレーンゲームが好きで得意だった。

 ある時、景品に好きなアニメキャラクターのぬいぐるみがあって、お小遣いギリギリでなんとかゲットすることが出来て浮かれていた。

友達もゲームに飽きたというので、私たちはゲームセンターを出た。 
私はゲットしたぬいぐるみを腕に挟みながら、財布をバッグの中にしまおうとしたがなかなかうまくいかず、無理やりねじ込もうとした拍子にぬいぐるみが腕から転げ落ちてしまった。

転がっていくぬいぐるみの先には、部分的に蓋がなくなっている側溝がある。

 『落ちないで!』

そんな願いも虚しくぬいぐるみは側溝に落ち、そこに流れる水に攫われた。苦労して取ったぬいぐるみ。
私は両手をついて側溝の川下の方向を見た。
側溝の中は薄暗く、蓋のないところから光が漏れ、絶え間なく水が流れる音がした。
運よく、ぬいぐるみは手を伸ばせばどうにか届きそうなところで止まっていた。 

「もうよしなよ。恥ずかしいし、その水ばっちいよ」

そばで見ていた友達はそう言ったが、私は諦めきれずにぬいぐるみに手を伸ばした。

もう少し。

指先がぬいぐるみに触れた。

その時、顔すれすれに流れる水の色が変わった事に気づいた。

少し濁った水の色に、誰かが絵の具を垂らしたかのように薄いピンク色が混ざって、それがだんだんと血のように真っ赤に変わった。

私は驚き、ぬいぐるみに触れていた手を引いて、今度は川上の方を向いた。

すると、側溝の途中に何か引っかかっているのが見えた。
それが何かわからず目を凝らすと、薄暗い影の中で人の目が見開いた。

その瞬間、それが人の頭部だとわかり血の気が引いた。
髪型からしてそれは男性。
体は当然、そこにはない。
側溝の中で、生首だけが半分が水に沈んだ状態で転がっている。
その目は虚ろで、恨めしそうに私を見ていた。

私は思わず悲鳴をあげた。

「あ、あたっ、頭が落ちてる!!」

 パニックになりながら側溝から離れ、指を差しながら
『側溝の中に生首が落ちてる』と言った。

その言葉に、近くにいた友達の顔も引き攣った。

「本当だったら大人の人呼ばなきゃ」

 そう言って、友達は恐る恐る側溝の下を覗いた。

けれど、そこに生首なんてものはなかった。

側溝の水の色も元に戻っていた。

友達はやれやれと言いながら、私のぬいぐるみを取ってくれた。 

「絶対あったんだって!」

「はいはい」

友達は信じてはくれなかった。
けれど、私は確かに見たのだった。

 側溝から拾いあげたぬいぐるみはドブのような悪臭が染み込み、それは何度洗っても消えることはなく、結局捨ててしまった。

 
 

この話を家族の前でした時、その場にいた祖父からあることを聞いた。

昔、その付近で事件があったという。

ある日の深夜、飲み屋から出てきた酔っ払いの若い男が、通りかかった大柄な男とぶつかった。
若い男は文句を言いながら大柄な男に掴みかかった。
すると、大柄な男が持っていた日本刀で若い男の首を跳ねられたという。
駆けつけた警察官らが若い男の首を探したが、どうにも見つからなかったという。

何日かしてようやく見つかった場所が、側溝の中だったという話。

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