迷子の子供
仕事帰り、駅を降りるとすでに飲食店は営業時間が終わってしまい閉まっていた。
腹を減らした俺は、仕方なく駅前のコンビニに寄って弁当と缶ビールを二本買って帰ることにした。
コンビニを出て、角を曲がるとそこは住宅街。
すでに夜も遅く、車も来なければ外を歩いている人もいない。
外は風が涼しくて気持ちがいい。
しかも、空には満月が輝くいい夜だった。
家に帰ったところで、どうせ誰も待ってはいない。
俺はコンビニで買った缶ビールを飲みながら、少し遠回りをして帰ることにした。
普段は通らない道。
ブロック塀に囲まれた家の窓はどこも暗く、街灯の明かりだけが続いている。
道沿いにほろ酔い気分で歩いていると、ある電柱の隣にカラフルな子供用の自転車が置いてあるのを見つけた。
忘れ物にしては不自然さを感じ、近づいてみると自転車のハンドルはひしゃげ、ペダルは片方無く、前輪はパンクしていた。
『なんだゴミか。子供の自転車を不法投棄するなんて、とんでもない親だ』
そう思いながら、俺はビールを一口飲んで通り過ぎた。
しばらく歩くと、前方の電柱にまた自転車のような影が見えた。
『こんなところにも放置自転車か。ん?ちょっと待てよ』
近づくにつれ、その自転車の形状が見えてくる。
それはさっき見た自転車に瓜二つ。
大きさも色合いもそっくりで、何よりへしゃげたハンドルも片方しかないペダルもパンクも同じだった。
『さっきの自転車じゃないのか。これ』
だがそんなはずはない。通り過ぎたのだから。景色だって違う。
振り返っても、さっきの自転車はここからでは見えない。
ちょっと飲みすぎたか。
そう思いながら、また歩き出した。
すると、また少し歩いたところで電柱の影に自転車の影が見えた。
同じ自転車だった。
『なんだ。この自転車は』
そう思い立ち止まっていると、突然誰かに右手を握られた。
それは小さくて冷たい手。
横を見ると、そこには6歳ぐらいの小さな男の子が俺の手を握って立っていた。
『こんな夜遅くに子供?』
男の子は自転車を指差しながら、
”ゆーちゃんの”と言った。
「どこの子だろうか。ママはどうした?」
俺はしゃがんで迷子の子供にそう問いかけたが、理解できないのか、それとも聞いていないのか、
壊れちゃったの。
ごめんなさいしないと。
帰りたいの。
そればかり繰り返した。
「お家はどこかな?」
俺は面倒ごとが嫌い。
出来れば関わりたくなかった。
俺みたいな奴が、こんな夜遅くにこんな小さな子供を連れて歩いていたら怪しまれるし、それが赤の他人だとわかったら面倒なことになる。
だが、さすがにこんな暗い道に幼い子供を残して帰れない。
何より、さっきから俺の手を離してくれない。
「帰りたい」
シクシクと泣き出した。
「おじさんが家まで連れて行ってあげるから心配するな」
「本当に? 約束だよ」
迷子の子供は俺を見上げ、満面の笑みを浮かべた。
だが、約束はしたものの初めて会う子の家など俺にわかるはずもなく、家の場所を尋ねても答えない。
わかるのは、ゆーちゃんという名前。それも正確な名前ではない。
そうだ。
俺はある事を思い出した。
交番だ。確か近くにあったはずだ。
警察官ならどうにかしてくれるだろう。
俺は迷子の男の子を交番に連れていくことにした。
薄暗く誰も歩いていない道を、知らない子供と手を繋いで歩いている。
変な感覚だった。
何かを話すわけでもなく、ただ交番に向かって夜道を歩いた。
時々、俺の手を離してキャッキャッと子供らしい笑い声をあげながら走り出す。
目を離せばすぐに夜の闇に消えてしまいそうでハラハラする。
けれど、声を殺しながら名前を呼ぶと、ちゃんと戻ってくるいい子だった。
そして、何度目かの角を曲がると、通りの向こうに交番とその明かりが見えた。
ガラス戸の向こうには、二人の警官の姿があった。
「すみません。迷子の子を見つけまして……」
交番の中に入ると、二人の警察官がこちらを見て、
「迷子、ですか?」
と怪訝そうな表情を浮かべた。
「俺じゃないですよ。この子です」
そう言うと、警察官は首を傾げた。
「誰もいませんが……」
その言葉にハッとして右手を見ると、握っていた小さな手はなく、男の子の姿もなかった。
「今まで一緒にいたのに!どこ行った!?」
俺は交番の外に出て周囲を探してみるも、男の子の姿はどこにもない。
交番のガラス戸を開ける前までは確かにあの冷えた小さな手の感覚はあったのに。
交番に戻ると、一人の警察官が言った。
「もしかして、迷子の子供とは6歳ぐらいの男の子ですか?」
「そうですけど、何故それを」
「最近多いんですよ。迷子の子供を保護したってここへやってくる人が。
でも、その肝心な子供の姿がいつもなくて。連れて来た人は、さっきまではしっかり手を握っていたと、あなたのように困惑する人ばかりで」
その迷子の子供は、自分のことをゆーちゃんと呼ぶという。
「きっと同じ子供だと思います」
「私達も日々パトロールはしていますが、もしまた見かけたら連れてきてください」
そう言うと、警察官は俺に頭を下げた。
そして俺も軽く頭を下げて交番を出ようとした時、
「……嘘ツキ……」
あの男の子の声がすぐそばで聞こえた。
しかし周囲を見回しても、男の子の姿はどこにもなかった。
俺は来た道を戻ってみた。
だが、やはりあの男の子の姿はどこにもなく、それどころか不思議なことに電柱のそばに置かれていたあの壊れた子供用自転車も無くなっていた。
迷子の男の子が無事に家に帰れることを、俺は祈るばかりだった。
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