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骨喰い女

小学生の時、私にはりっちゃんとはなちゃんという仲良しの女の子がいて、よくそれぞれの家でお泊まり会をした。
りっちゃんの家は代々続くお寺さんだった。
本堂には立派なお釈迦様の像があって、そこはいつも凛とした空気が張り詰めていたが、お釈迦様に手を合わせてご挨拶をすると、真っ直ぐ立っていたローソクの火が揺らめき、お釈迦様の口元が微笑んで見える不思議な空間だった。
 そして、本堂の奥にはりっちゃんやその家族が暮らす家があって、遊ぶ時にはりっちゃんの部屋に集まった。

けれど、泊まる時にはりっちゃんの部屋ではなく、いつも南側の客間で布団を三枚並べて寝ていた。障子戸の向こうは裏庭になっていて、夏には涼しい風が部屋に吹き、冬は陽射しで暖かかった。

あれは夏休みが終わる数日前のことだった。
私とはなちゃんは、夏休みの宿題をするためにりっちゃんの家に泊まることになった。
しかし、その日は南側の客間は先約があり使えなかった。
代わりに外廊下の先にある北側の客間を使うことになったのだが、そこはとてもじめっとしていて障子戸を全開にして扇風機をかけていても汗が滲み出るほどだった。
そして、障子戸の向こうには墓地が広がっていて、大小さまざまな墓石が遠くまで続いていた。
その中で、お墓参りに来た人の姿がちらほら見えた。
北側の客間では、耳障りな蝉の声がしなかった。
代わりに軒先に吊るされた風鈴が、風が吹くたびに綺麗な音色を鳴らしていた。
 
宿題が終わった頃、空はすっかりオレンジ色に染まっていた。
控えてなヒグラシの声が、私達の耳に届いた。
夕食はりっちゃんのお母さんが作ってくれた素麺だった。
三人で仲良く食べながら、それぞれの夏休みの思い出話に花を咲かせているうちに夜が来て、私たちがお風呂に入って部屋に戻ってくると、すでに布団が三枚川の字に敷かれていた。

部屋はすっかり涼しくなり、りっちゃんが障子戸を少しだけ閉めようと近づいた。
その向こうには明るくて大きな月と月明かりでわずかに見える墓地が広がっていた。
私が少し怖かっていると、りっちゃんは両手をぶらりと前に垂らしておばけのポーズをしながら笑った。
りっちゃんは幽霊を信じておらず、心配しなくてもそんなの出ないよ。と言った。
なのにりっちゃんは、おばあちゃんから聞いた話だと言って怪談話を語り始めた。
けれど、私よりも怖がりだったはなちゃんが泣き出してしまいすぐにお開きとなった。
「もう寝ようか」
りっちゃんの一言で、私たちはそれぞれの布団に潜り込んだ。
電気が消えた暗い部屋の中で、二人の寝息と共に庭から虫やカエルの鳴き声を聞きながら、私も眠りに落ちた。


しばらくして、ズザッズザッという砂の上をすり足で歩く音が聞こえて目が覚めた。
時刻は丑三つ時。
足音は部屋の外から聞こえるようだった。
部屋の外、つまりそれは真っ暗な墓地から聞こえてくるということ。
気になりつつも、私は布団に包まっていた。
どうやら外を歩き回っているようで、足音は近づいたり遠ざかったりしていた。
ふと、以前りっちゃんが言っていたことを思い出していた。
時々、山で暮らしている鹿やたぬきやら猿が山から下りてくると。
動物なら怖くない。
そう思った私はこっそりと布団から出て、障子戸の影に隠れながらこっそりと外を眺めた。
そこにはいくつもの墓石が月の明かりで浮かび上がっていて、どれも昼間よりも大きく見えた。
足音は微かに聞こえるも、その姿は見えなかった。

ズザッ ズザッ

小さくなった足音が一旦止まり、そしてまた大きくなってきた。
一瞬、月明かりに照らされた墓石に影が映り、私は様子を伺っていた。
猿かな。それとも猪かな。
なんて思っていた。

すると、また墓石の向こうに黒い影が見えた。

何かを探すようにお墓の間を縫うように歩き回っているようだった。
その影を見た時、私は猿だと思っていた。

ズザッズザッ

足音がだんだんと近づいて来る。

ズザッズザッ
ズザッズザッ
 

墓石の向こうに大きな影が見え、暗闇から現れたそれは猿なんかではなかった。
月明かりの下に現れたのは、目玉の大きな白髪頭の老婆で、手足はやせ細り異常なまでに長かった。
それに白いローブを羽織った背骨は大きく湾曲していた。
それはすり足で歩き回りながら、何やら墓石を調べているようだった。
そして、あるお墓の前に立ち止まると、座り込んで何か探り始めた。
聞こえて来たのは、バキバキと骨を砕くような音。
か細い手で何かを掴み、それを夢中になって口へ運んでいた。

何か食べている。

そう直感し、その「何か」が人の骨だと思った瞬間気分が悪くなってしまった。

その時、私の気配に気づいたのかソレが素早く私の方を向いた。
私は咄嗟に障子の影に隠れた。
すると、またバキバキと音がした後、どこかへ去っていった。

翌日、私はあれが座り込んでいた墓の前に行ってみた。
だが、そこには普通のお墓が立っているだけで荒らされた形跡もなかった。
りっちゃんにその話をしたら、夢だと笑われてしまった。


それから三ヶ月ほどが経った頃、りっちゃんからある話を聞いた。
ある檀家の旦那さんが病気で亡くなり、納骨のために墓を開けた。
そこにはすでにご先祖の遺骨が入った骨壺が三つほどあったそうなのだが、その中の一つが酷く汚れていたそうだ。
遺族は綺麗にしたいからと出してもらったそうだが、それは収める骨壷と比べて随分と軽かった。
不信に思った遺族がそれを開けると、骨壷の中には黒くなった骨だけを残して消えてしまっていたそうだ。
それを見た遺族の人達は、驚くというよりもひどく落ち込んでいたようだ。

その話をおばあちゃんにしたところ、ある事を聞かされたそうだ。
寺の裏山には昔から骨喰い女と呼ばれる妖怪が住んでいて、山を下りては墓の中の骨壺を開けて中の骨を食らうという。
墓地の周囲には魔除けの木や花を植えていたが、梅雨の時期に大雨の影響で腐ってしまっていた。
骨喰いに骨を食べられてしまうと、成仏出来ないと言われていたそうだ。

それを聞いた時、私が見たのはきっとその妖怪なのだと思った。

その後、私はりっちゃんのおばあちゃんに呼び出された。
唯一、本堂にある部屋で暮らしているりっちゃんのおばあちゃん。
これまで対面したことはなく、後姿を見かけたことしかなかった。
そんなりっちゃんのおばあちゃんに呼び出され、私は緊張していた。

りっちゃんと二人でおばあちゃんの部屋の前に立ち、中に向かって声を掛けた。
すると中から、「入っておいで」という声が聞こえて障子を開けると、サングラスをした可愛らしいおばあさんが座っていた。
部屋の中には、たくさんの小物が飾られていた。
壁には魔除けのお守りや札のようなものが飾られていた。
部屋に入ると、りっちゃんのおばあちゃんが立ち上がって私に迫って来た。

「骨喰い女を見たんかね」

私は「たぶん」と言いながら頷いた。
すると、りっちゃんのおばあちゃんは私の顔をまじまじと見つめながら言った。

「どうやら、あやつと目は合わせておらんようだ」

と少し安心した様子でそう言った。

「咄嗟に隠れました」

私はそう答えた。

「いいかい。もしまたあやつを見ても、目は合わせちゃいけないよ。目が合ったら、その目は潰されるからね」

そう言って、りっちゃんのおばあちゃんがサングラスを外すと、その左目には黒目がなった。
りっちゃんのおばあちゃんも若い頃に骨喰い女を目にした。
その時に一瞬、ほんの一瞬だけそれと目が合ってしまった。

すると翌朝、左目に激痛が走り目を覚ますと、黒目が白くなっていてそのまま失明してしまったという。

骨喰い女は真夜中にしか現れない。
だから、油断していたという。

ある人は骨喰い女と目を合わせた後、眼球が溶けたという。

私が目を合わせなくてよかったと、りっちゃんのおばあちゃんは安堵していた。
そして、怖い目に合わせてしまって悪かったと謝られた。
骨喰い女はすべての人に見えるものではないそうだ。
だから、霊をまるで信じていないりっちゃんは見たことがなかった。
けれど、この話を聞いたりっちゃんの顔は少し引き攣っていた。

それから、何度となくりっちゃんのお寺には泊まったが、私たちが北側の客間に泊まる事はなかった。

ズザッズザッ

あの音が聞こえても、南側の客間からは墓地は見えないから安心だった。

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