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クリスマスイブ

当時、私は小さなアパートで娘と二人慎ましくも幸せな日々を暮らしていました。

そこに至るまでは大変でした。酒癖の悪い旦那と長い調停の末にようやく離婚することができて、新天地で娘とやっと穏やかな日々を過ごせると思ったところに問題が起こり、友人に借金をしてまで引っ越しをせざるを得なくなったのでした。

そんな大変な日々の中で、私は彼と出会いました。
彼は仕事熱心で、真面目な好青年でした。
年下でしたが、私よりもずっとしっかりしていました。
子持ちの私を快く受け入れてくれ、娘のこともとても可愛がってくれていました。
休日には三人で遊園地や買い物に出かけたり、食事をしたり、娘もそんな彼にとても懐いていました。
 
彼と付き合うようになって、初めてのクリスマスがやってきました。
ごたごたが続いていた時はクリスマスもしてあげられず、娘には可哀相なことをしました。
生活もようやく落ち着いたことで、私は娘のために大きなケーキやチキンを予約してクリスマスパーティをすることを決めました。

そして、娘の願いもあって彼もクリスマスパーティに誘ったのですが、イブの夜は大事な商談が入ってしまって参加できないと、電話で申し訳なさそうに言っていました。
仕事だと聞いて娘は納得していましたが、内心とても残念そうでした。

しかし、しばらく経ってから彼からメールがありました。
そこには、パーティには行けないけれど、娘のためにプレゼントは必ず届けると、そう書かれていました。
私は嬉しくて仕方がありませんでした。

 質素な部屋に小さなクリスマスツリーとささやかな電飾を飾り、クリスマスイブはやって来ました。
私は仕事帰りに予約していたケーキとチキンを受け取り、余裕がなかった頃は気にも留めなかった街中のイルミネーションに胸をときめかせ、両手いっぱいにパーティ用の材料を買い込んで家路に着きました。

すでに学校から帰って来ていた娘は、大きなクリスマスケーキを見て大はしゃぎ。
料理作りも張り切って手伝ってくれました。
二人だけのクリスマスパーティは、美味しく楽しく過ごしました。
来年は彼がこの場にいることを願って。

そして夜が更け、娘は寝室で眠りにつきました。
枕元には靴下がしっかりと置いてありました。
彼からのメールは、昼間に来たプレゼントは買ったよという報告だけでした。
私が娘のために用意したプレゼントは鍵の掛かった机の奥。
0時を過ぎたら枕元にそっと置くつもりでした。
私は残った家事を済ませてお風呂に入り、イルミネーションが輝く一人の部屋でホッと一息していると、あっという間に0時になりました。

そろそろプレゼントを準備しようと立ち上がった時でした。
突然、玄関のドアがコンコンとノックする音が聞こえたのです。
それを聞いた時、私は瞬時に彼だと思いました。
しかし、いつもなら来る前に必ず電話やメールを入れてくれる人なのに、スマホを確認してもそれがありません。
それでも、「きっと急いで来てくれた」のだと思った私は、娘が起きてしまわぬようにそっと玄関に向かいました。
ドアの向こうでプレゼントを抱えた彼が立っていると思うと、胸が高鳴りました。

そしてドアの鍵を解錠しようとした時、何とも言えない胸騒ぎがしたのです。
私はそっと手を離し、覗き穴から外を見ました。

すると、ドアの前には白い大きな袋を肩に担ぎ、白いリッパな髭を蓄えた赤と白の帽子と服を着た細身のサンタクロースが立っていたのです。
その姿に私は驚きました。
髭と帽子で鼻と目だけしか見えませんでしたが、それは彼のようでした。
なので、私は彼がサプライズでサンタクロースの恰好をして来たのだと思い、思わずクスリと笑いが出ました。

そして、「今開けるね」と言って私は鍵を開けようとしました。

するとその時、私のスマホが振動しました。

「ちょっと待って」

ドアの向こうの彼にそう伝えてスマホを確認すると、そこには一通のメールが届いていました。

『今、駅に着いたからこれから向かうよ。ぬいぐるみが大きすぎて、電車に乗るのも大変だった笑』という彼からのメールでした。
駅からアパートまでは歩いて10分ほどかかります。
なので、ドアの向こうにいるサンタクロースが、彼ではないかもしれないという疑惑が生まれたのです。
しかし、目や鼻も体形も彼にそっくりでした。
もしかしたらメールが遅延しているかもしれない。

私が開錠に迷っている間、ドアの向こうのサンタクロースはずっとドアをノックしていました。

試しに私は尋ねてみました。

「どなたですか」

と。

すると、ドアをノックする音がピタリと止まり、静寂の中から聞こえてきたのは、

「メリークリスマス」

その声を聞いた私は、一気に血の気が引きました。
それは彼の声ではなく、最悪な男の声でした。

離婚をした後、このアパートに引っ越すまでの間、私はある男にストーカーされていました。
その男は職場の先輩でしたが、物静かな人で私との関りはほぼありませんでした。
なのに、私が離婚をしたと知ってからは妙に近寄って来たり、食事に誘われたりしました。
最初は先輩ということでお誘いを受けていたのですが、そのうちしつこくメールや電話をしてきたり、退社後に家まで着いてきたり、何故か男性社員と話していると突然悪態をついてくるようになり、私は避けるようになりました。
その後、男は横領が発覚して会社をクビになりましたが、その後も私たちの部屋の前で待っていたり、何度電話番号を変えても執拗に連絡してきたりとストーカー行為が酷くなっていったのです。
挙句の果てに、私たちが留守の間に部屋に勝手に入り込み、盗聴器を仕掛けたのです。
誰もいない夜道で襲われた事もありました。
警察から接近禁止令まで出たというのにそれでも辞めず、娘を拐おうとした事で逮捕されました。
一度目の引っ越しは離婚の時、そして二度目はストーカーから逃れるためだったのです。

何度も何度も耳にした男の声。
顔も体型も違うけれど、確かに声はその男でした。

「メリークリスマス。幸せを届けに来たよ」

覗き穴の向こうで、あの男は満面の笑みを浮かべているようでした。
蘇る記憶に私は震えていました。

「どうして来るんだ」 

ドアの向こうで、戸惑う男の声と近づいてくる足音が聞こえました。
そこに現れたのは彼でした。
不審に思った彼は、サンタクロースの男に詰め寄っていました。
すると、男は袋の中から片手鉈を取り出すと、彼に襲いかかりました。
それを見た私は、急いで警察に通報しました。
彼は大きなくまのぬいぐるみを盾にして、振り下ろされる鉈から防御していました。

彼がぬいぐるみを男に押し付けると、男は体勢を崩しました。
その隙に私はドアを開けて、彼の腕を掴んで部屋の中に引き入れました、
彼がドアの鍵を素早く掛けると、ドアの向こうで男は怒鳴り散らしていました。

「今夜は来ないはずだろうがよ! せっかくこの日を待っていたのに」

しばらくドアの向こうで男は怒鳴っていましたが、パトカーのサイレンが聞こえると逃げて行きました。

騒ぎに目を覚ました娘は彼の顔を見て喜んでいましたが、プレゼントのぬいぐるみの腹は男の鉈でボロボロになっていました。
ぬいぐるみが私たちを助けてくれた。
そう伝えると、娘はぬいぐるみを抱きしめてヒーローと称えました。

その数週間後、サンタクロースのあの男は再び逮捕されました。
驚くことに、男は出所後も私のすぐそばにいたそうです。
しかし、私にはすでに彼がいて、男は何を思ったのかそんな彼と入れ替わることを企んでいたようで、整形をして彼にそっくりな顔と体型になっていました。
部屋にはまた盗聴器が仕掛けられていて、娘との会話も、彼との電話も聞かれていたそうです。

きっと男は彼との電話での会話で、イブに彼が来ないことを知ったのでしょう。
しかし、彼がプレゼントを持って行くというメールは知ることが出来なかった。
 男は逮捕されて今度はもっと長い収監になるようですが、私達はまた引っ越すことにしました。
金銭的にはとても大変でしたが、今度は彼と娘と三人で暮らすことになって、それを機に籍も入れることになったのです。
 
今のところ、私の前にあの男は現れていません。

このまま幸せが続くようにと願うばかりです。


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