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タクシードライバーの話

私は長年タクシードライバーとして多くのお客様を乗せてきました。

その中で不思議な出来事もいくつかありまして、これはそのひとつのお話です。

ある日の深夜、いつも待機している駅で乗せたお客様を目的地に届け、その後再び駅に向かって車を走らせていました。

その途中、飲み屋街から少し外れた静かな通りを走っていると、交差点の手前あたりで二人の男女が立っている姿が見えました。

すると、男性の方が身を乗り出しながら手を挙げたので、私はお客様の前に車を停めました。
後部座席のドアを開けると、女性が真っ先に後部座席に乗り込み座りました。
一方、男性の方はかなり酔っているようで足元はフラフラ。
けれど、先に乗った女性は男性を助ける様子もなくただ座っているだけでした。
男性は倒れ込むように、ようやく後部座席に座りました。

 「どちらまで?」

私がそう尋ねても、女性は無言のままただ前を向いたままでした。
隣の男性は虚ろな目をしてボソボソと何やら口にしましたが、なんと言っているのか聞き取ることができず、もう一度聞きなおしましたが、男性はそのまま寝てしまいました。

「参りましたね……」

そう呟き困っていると、それまで無言だった女性が徐に行先の住所を口にしました。
それは今まで行ったことのない場所でした。
私はナビに住所を入力して、指示された住所に向かったのです。

途中、私は世間話をしようと話しかけましたが、男性の方は眠ったまま、女性の方は起きてはいましたが無反応でした。
車内にはカーナビの無機質な声だけが響いていました。

それはよくある事ですが、何となく私の心は落ち着かなかったのです。
何故なら、ルームミラーを映る女性の顔が、まるで能面のように無表情だったからです。
それがとても気味が悪かったのです。
自然とアクセルを踏む力も強まりました。

しばらくして、指定された住所に到着しました。
ナビを見ると、目的地のアイコンは車の後方に建つ古い二階建てのアパートを指していました。

「お客さん、着きましたよ」

女性の方は相変わらず無表情で無反応。
しかたなく、私は寝ている男性の膝を軽く叩きながら、目的地に到着したことを伝えました。

すると、男性はようやく目を覚ました。

「ああ、ありがとう」

男性はそう言いながら財布を取り出し、代金を肘掛けの上にあるトレイに置きました。

私は後部座席のドアを開けておつりを数えていると、外を見回していた男性が突然顔色を変えて怒りだしました。

「どうしてここに連れてきた!! ここは俺が帰る家じゃない!!」

突然の事で、私は驚いてしまいました。

男性は何やらとても焦った様子で、よく見ると手は震えていて目は泳いでいました。

「お連れのお客様が、こちらの住所を指定されたのですよ」

私がそう説明すると、今度は男性の顔が青ざめていきました。

「何を言ってるんだ。俺はずっと一人だよ」

「いえ、お二人ですよ。ずっと」

「ちなみに……それって女……ですか」

「ええ」

私がそう返事をした途端、男性は慌てふためきながら車の外に飛び出していきました。

「あ、お客さん!」

私もおつりを手に追いかけようとしましたが、男性の姿はあっという間に夜道の暗がりに消えてしまいました。
私の足ではとても追いつけないと思いました。

そこで、私は後部座席に座るもう一人の女性のお客様におつりをお渡しすることにしました。

しかし、後部座席を見ると女性のお客様の姿もなく誰もいませんでした。
いつの間に降りたのだろう……。
私はまるで気が付きませんでした。

 車の外に出て周囲を見回しましたが、女性の姿はありませんでした。

そして、何となく目的地であるアパートに行ってみると、敷地の入り口には立入禁止のロープが張られていて入ることは出来ませんでした。

目的地であるアパートは、すでに閉鎖され解体予定の建物だったのです。

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