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105号室


就職したての頃に見つけたアパートは格安物件だった。

事故物件の記載などはなく、安くてラッキーだと思って借りたのだが、引っ越してから一週間ぐらいが経った頃から異変が起こり始めた。

 

深夜二時過ぎ、ベッドで寝ていると金縛りに襲われた。

突然全身が硬直し、腕も足も動かせず体を起こすことも出来ない。

息は吸えるが声を出すことも出来ない。

初めて経験した時は、かなりパニックになった。

目を開けると、そこには薄暗い部屋の天井が広がっている。

耳元で聞こえるのは、カチカチという目覚まし時計の針の音。

ただそれだけ。

特に怪奇現象などは起こらず、怖い話でよく聞くラップ音も聞こえなかった。

そのうち眠りに落ちて、何事もなく朝を迎えた。

 

「ああ……、疲れていたんだな」

金縛りの原因は疲れだと思った。

就職したばかりで覚えることも多く、体力的にも精神的にも疲れが溜まっているのだと。

 

けれど、その一週間後にもまた金縛りが起こった。

怪奇現象はなかったが、二週続けて金縛りが起こるなんてどこか悪いのだろうか。

そう思った私は健康面が不安になり病院へ行ってみたが、検査の結果は特に問題はなかった。

それなのに毎週水曜日の深夜になると、私は金縛りに襲われるのだった。

 

 

それから二ヶ月ぐらいが経った。

その日、日中はよく晴れていたというのに、夕方に近づくにつれて雲が広がり、仕事が終わる頃には雨が降り出し、時間が経つにつれて風と雨がひどくなった。

傘を差しても、濡れてしまうほどだった。

 

家に着き、濡れたスーツを脱ぎながら徐にカレンダーを見た。

「今日は水曜日だったか」

金縛りが起こる日だと思い出し、私はため息をついた。

着替えと入浴を済ませた私は、睡眠薬を飲んでベッドに横になると薬の効果もあってすぐに眠りに落ちた。

 

だが深夜二時を過ぎる頃、やはり眠りから覚めてしまい私はそっと目を開けた

ぼんやりとした意識の中、薄暗い天井が目に映った。

外はまだ雨が降っているようで、雨が滴る音がした。

 

そして、私は金縛りに襲われた。

また来た。

だいぶ慣れてしまっていた私は、金縛りが解けるのを待つ余裕があった。

 

だが、その日はいつもと違っていた。

突然、ベッドの下から突き上げるような衝撃を受けた後、ガサガサと物音がした。

ベッドの下に何かいる。

そう思っても金縛りで体は動かず、確認することも出来ずにいた。

 

すると、今度は「ズズズズ……」と、何か引き摺るような音が耳元で聞こえて来た。

誰かいる!?

いつもと違う人の気配を感じた。

 

ズズズズ……。

何かを引き摺りながら、部屋中を動き回っているようだった。

 

 

引き摺る音が一瞬止まった時、頭だけが動かせるようになった。

私は恐る恐る音のする方に顔を向けた。

すると、薄暗い部屋の床にヘドロのような黒い何かを引き摺った跡があった。

まるで大蛇のような跡は、自分のベッドの下から伸びていた。

そして、その先に視線を向けるとそこには床に這いつくばっている女の後姿が見えた。

女の体から黒い液体が染み出していた。

 

女は玄関に向かって床を這っていたが、ドアまであと少しのところでピタリと止まり、うつ伏せのまま動かなくなった。

だが、次の瞬間女の首だけが異様な音を立てながら私の方を向いた。

骨が軋み砕ける音。

首は180度回転していた。

私はその女と目が合う寸前、恐怖で気を失った。

 

気が付いた時、すでに朝になっていた。

あれほど降っていた雨も止んでいた。

部屋に女の姿はなく、床の引き摺った跡もなくなっていた。

夢かと思いベッドの下を調べると、そこには長い髪の毛の束が散乱していた。

 

 

半年後、私はそのアパートから引っ越した。

 

 

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