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コツコツ…

私が通っていた高校は二年に上がるとコース制になり、いくつかのコースを選択することになる。
スポーツが好きだった私が選んだのは体育コース。
新設されたばかりのコースで先輩もおらず、同級生も20人ほどだった。

その年の夏休み、体育コースは課外授業としてキャンプに行くことになった。
引率は男性教員二名と女性教員三名。
場所は関東の某キャンプ場だった。

出発の日、二泊三日の荷物を背負って朝早くに集合場所のバス停に向かった。
そこにはすでにバスが止まっていて、先に到着していた友人らはバスに乗り込んでいた。
私もバスに乗り込み、仲の良い友人の隣に座った。
そして、バスは定刻通りに出発した。
賑やかな車内。
窓から見えていた景色も、いつしか町並みから田畑や木々等に変わっていく。
気づけばバスは山道を上へ上へと上って行き、私達が泊まるキャンプ場にたどり着いた。
そこは山の上。
空がとても広く、見渡すと下の方に森が見えた。
駐車場の先には管理棟や研修施設があり、その奥には運動場もあった。
そして、おしゃれなコテージが建ち並び、炊事場や公衆トイレか見えた。

到着した私達は管理棟に移動した後、キャンプ場の責任者から施設の説明やら注意事項を聞かされた。
窓の外には、研修施設から渡り廊下を歩いている学生らしき男女が見えた。
学生たちが向かった先には、おしゃれなコテージがある。

私達もおしゃれなコテージに泊まれる。
そう思い、胸が高鳴っていた。

しかし、施設を出て先を歩く教員達に付いて行くと、それはコテージとは別の道だった。
足を挫きそうなほどの凸凹な階段を上ると、そこには木の土台の上に張られた大きめのテントがぽつぽつと建っていた。
テントの奥は薄暗い森が続いていて、野鳥の鳴き声が聞こえていた。
電灯が気休め程度に立っていた。

それから8人ほどのグループに分かれ、教員の指示通りにそれぞれのテントに向かった。
テントの中は当然何もなく、心もとない電球だけが上から垂れ下がっていた。
その日は少し休憩をした後、運動場でソフトボールをした。
それが終わると、炊事場で夕食のカレーライスを作ることになった。
慣れない焚き火と自炊に手古摺りながらもどうにかカレーは完成し、味もわりと美味しかった。
食事を終えた後、管理棟にある大浴場で汗を流した。

テントに戻ると、いつの間にか人数分の寝袋が置かれていて、私達は頭を向かい合わせに敷くと、寝袋の中に入った。
初めて使う寝袋は、思っていたよりは快適だった。
その後少し談笑した後、そのまま眠りについた。

翌日。
起床時間に合わせて目覚ましが鳴り、私も目を覚ました。
この日の予定は登山。
予定表を見た時から気が重かった。

朝食後にテントで運動着に着替えると、森の入り口の前に集合した。
そして、男性教員を先頭に生徒は二列に並び、途中に女性教員一名、後方に二名が並び出発した。
周囲は高い木々が立ち並ぶ森。
道と言っても整備などされていない獣道のような不安定な道。
階段は自然に出来た土の段差。
手を付かなければ上がれない時もあった。
足元には木の根が張り巡り、石もあちらこちらに転がっていて歩きにくい。キャンプ場は山の上であったのに、そこからさらに登った。
しかし、まだまだ私達は話をしながら上る元気があった。
森に私達の話し声が響く中、何処から野鳥の声が聞こえてさらに賑やかになった。

 出発して20分ほどで山の頂上にたどり着いた。
そこでの休憩は短く、次に待っていたのは下り坂だった。
生い茂る森の中で日差しは遮られて涼しかった。
野鳥の声に混ざり、遠くから川の流れるような音まで聞こえて来た。
下りは長く、私も周りの友達も疲れからか口数が減っていった。

しばらくして、少し開けた場所に着いた。
そこでは湧き水が流れ出ていて、そこで休憩を取ることになった。
私は水筒の水を飲みながら、辺りを見まわした。
そこは崖のような急な斜面が続いていて、何故か他の場所よりも薄暗く感じた。
そして、そこに立つ木々はやけに枯れているように見えた。
ふと木々の間に、私はあるものを見つけた。
それは大木に寄り添うように置かれた、古い小さな祠のようだった。

 「見て。祠がある」

 声を掛けると、周りの友人達が集まってきた。

「あんな崖の下じゃ、管理する人も大変だね。私なら足を挫きそう」

古い祠の周りはやけに暗く、あまり見ていてはいけないような気がした。
すると、男性教員の一声で休憩が終わり、私達は再び歩き出した。

 それから山道は下っては登り、登っては下りを繰り返した。
並んでいた隊列は、いつしか体力のある者とない者の間に隔たりが生まれはじめていた。
私は体力がなく、後ろの方を歩いていた。

 そして、ようやく休憩地点にたどり着いた。
そこで昼食ということになったが、私は食べる元気もなかった。
何故なら、登山はそこで終わりではないから。
キャンプ場に戻るには、下りた山をまた登らなくてはならない。
しかもこれまでとは違い、森を抜けた先にある車道だった。
車はほとんど通っていなかったが、すでに体力のある教員や友人たちは目視できないほど先に進み、私は体力と精神の限界を迎えようとしていた。
歩いては休みを繰り返しながら進んだが、坂道では腰を下ろしてまるで休まる感じがしなかった。

それでも、どうにかキャンプ場に戻ることが出来た。
もうヘトヘトで、夕食に何を食べたのかも忘れるほどだった。
テントに戻り、寝袋に入るとすぐに眠りについてしまった。

だが、しばらくして不意に目が冷めた。
テントの上から、ポトッポトッという何か落ちる音が聞こえて来たからだ。私は気になり、起き上がって天井を見上げた。

「雨かな?」

 声がして横を見ると、隣で寝ていた友人も起きていた。
疲れているはずなのに、あの古い祠を見てから気になって仕方がないと、彼女はずっと起きていたようだった。
天井から聞こえるその音は、雨音というよりも樹の実のようなものがテントの上に落ちているような音だった。
しかし、私達がいるテントの周りにはそれらしき木はなかった。

 「わからない」

私はそう答えた。

上から聞こえてくる音に耳を傾けていると、今度はテントの外から葉を踏みしめるような音が聞こえてきた。

何かの足音。そう感じた。

しかも足音は複数聞こえた。

誰かトイレにでも行ったか。 

可能性もなくはなかったが、深夜一時を過ぎていたことと、その足音はこのテントエリアを歩き廻っているようで気味が悪かった。

隣の彼女も不安げだった。

そして、いくつか聞こえる足音に耳を澄ませていると、その一つが私達の寝ているテントのすぐそばまでやってきた。

 ガサッ

私の真後ろのテントの向こうで音が止まった。

そして次の瞬間、テントの布を隔てた向こう側から、“カツカツ”というまるでヒールを履いているような足音が聞こえて来た。
それは、確かにテントが張ってある土台の上を歩いている音だった。

私の心拍数が一気に高鳴った。

カツカツ……。

足音は、ゆっくりと移動していく。

時折、テントの布が手で押されたように内側に歪んだ。

こんな夜中にいたずらにしては悪趣味すぎる。
初めは動物かと思ったが、その足音は確実に人であった。
隣の彼女は恐怖で震えていた。

カツカツ

足音からして、それはゆっくりとテントの周りを歩いている。

カツカツ

カツカツ

カツカツ……カッ

足音が、ある場所でピタリと止まった。

それはテントの入口の前。

私と彼女は目を合わせて息を呑んだ。

「今、入口の前にいるよね……?」

「……たぶん」

私達は小声でそう話した。

気づけば、あれほど聞こえていた天井の音も、他の足音も聞こえなくなっていた。
そして、入口の前で止まった足音も再び動き出すことはなかった。

 けれど、私達にテントの外を確かめる勇気はなく、寝袋に包まったまま時間が経つのを待った。
そのうち、私も彼女も眠りに落ちていた。 

翌朝、目覚ましの音とともに目を覚ますと、いつも寝坊助な友人まで起きていた。
どうやら悪夢を見たらしく、顔色が悪かった。
そして、同じテントに寝ていた友達も、天井から聞こえていた音や足音に気づいていたという。
しかし、それは動物らしき足音で、ヒールの足音はしなかったという。

そんな話をし終えた後、私は外に出ようとテントの入口を捲った。
そこには誰もおらず、ただ隣のテントから出てくる友人の姿だけが見えた。

靴を履いて外に出ると、トイレから戻ってきた女性教員と同級生らの話し声が聞こえてきた。

それは、昨夜テントの周りに猿が現れたということだった。

『あの足音は猿だったんだ』

そう思いながら土台から飛び降りた時、私は土台の下にあるものを見つけた。 

そこには泥だらけの赤いハイヒールが片方転がっていたのだった。
私は息を呑み、それに気づいた友人らは口々に気味が悪いと呟いた。

誰もそれに触れようとはしなかった。

 それから私達が管理棟の食堂で朝食を済ませてテントに戻ってくると、その赤いハイヒールはなくなっていた。
きっと管理者の誰かが持っていったのだと思い、私達は荷物を纏めてテントを出た。
そして、駐車場で待機していたバスに乗り込むと、私達はキャンプ場を後にしたのだった。

 


関係があるかはわからないが、どうやらキャンプ場があるあの山中では、昔、女性の死体遺棄事件があったそうだ。

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