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サキ「第三者」を→短歌に翻訳して→短歌だけ読んで小説に逆翻訳したらこうなる◎小説→短歌→小説をつくるバックトランスレーション 「ハヤブサ」

ハヤブサの遊び方

① ものずきがふたりあつまる
② 好きな小説をえらび小説→短歌にトランスレーション
③「元の小説がなにか」を知らせずに交換する
④ お互いの短歌だけをよんで短歌→小説にバックトランスレーション
⑤ ④の完成小説と②でえらんだ小説タイトル(トランスレーション元ネタ)を発表し合う。
⑥ 相違点をたのしむ

さっそくハヤブサで遊んでみる

① あつまったものずき: みやり と 立夏

サキ「第三者」→短歌にトランスレーション(小説選・短歌作:立夏)※「第三者」未読の方は先に目を通していただいてから続きを読んでいただくことをお勧めします。(青空文庫:サキ「第三者」)読んでなくても、大丈夫です

サキ「第三者」を立夏が短歌にしたもの

憎しみもそしらぬ顔で咲いた罠かかりて今際手を取り合うも
にくしみもそしらぬかおでさいたわなかかりていまわてをとりあうも

③「元の小説がなにか」を知らせずに交換する

④ お互いの短歌だけをよんで短歌→小説にバックトランスレーション
(作:みやり

実際にハヤブサでバックトランスレーションされたサキ「第三者」


 木の意匠が施された玄関扉。こんこん、と軽いノックを行う。
 数瞬の後、ギ、ギギ、と重たい音を携え扉が開き、老婆が姿を現す。
「落とし屋にご用事とのことで」
 やり過ぎなぐらいのかすれ声に、ゆっくりとおれは頷いた。
「よろしい。では」
 半身ほど躰をずらす老婆。玄関扉をぬける。
「そのまま進み、突き当り左手の部屋へ」
 愛想のない老婆に促されるまま先へと進む。
 角を曲がると六畳ほどの部屋、中央にはがっしりとした木製机。それを挟んで同質の椅子が二脚。
 横手をすり抜け急くように手前の椅子へと座す老婆。せっかちな。しかし、仕事は早いほうがいい。
おれも空いた一脚へするりと座り込み、早速写真を一枚取り出した。
「親父を落としてほしい。できるか」
「それはもう。落とせるものなら錆から黴まで、女も影も肩も命まで」
「助かるよ。近々金が入用でね」
「よかった。変わりなくて」
「それはどういう」
「わたしのこと、覚えていませんか?」
「……さぁ」
 突如として強烈な浮遊感、罠にかかった動物のように必死に両手足を伸ばす。
既のところで縁へと引っかかる左手、そこを支点として残す肢を突っ張らせ身体を固定する。床が、抜けた。落ちずにすんだ。意味がわからない。どうして、おれが、穴に落とされているのだ。
「ガアン」と遠く穴底から、先程まで自分が腰掛けていた椅子の破壊音。左手一本、穴の縁。どうにか、へばりついている。
フッと荒く呼吸を吐く。周囲を睨めつけるも老婆の姿は見えず、代わりにざぶざぶと洗顔の音が聞こえてくる。なんだこれ、ふざけてる!
思わず力が入り、身体の位置がずれる。一瞬、浮遊感。落ち着け。まだだ。まだ目はある。落ち着くんだ。遠くの水音が止む。
 こちらへの気配。視界には老婆、ではなく一眼レフを携えた若い女が現れた。
「すごい身体性だね、お父さん」
「……化けてたんか、おまえ、おれの、娘か」
「当たり前でしょ。お父さんって言ってんだから」
「あれだ、えーと、昔の、あの」
「ゆきこ」
「そう!ユキコだ!はぐれたんだよな、父さんとな」
 捨てたんでしょ。と低い声。間髪入れずにストロボ光とシャッター音。
「てめぇ!ふざけてんのか!」
「なによ」
「うるせぇ、今ならまだ許してやるから、手ェ貸せ」
 薄暗い裸電球の六畳間、間、間、間。止まるような時間。深い穴。
 女は、ゆっくりと手を伸ばす。男は、穴の縁にひっかけていた左手を離すとそのまま思いきりの力を込めて女の手首へと掴みかかる。
 十数年前の別れの日「おねがい」という言葉とともに、まだ少女であった女が男にそうしたように思いっきり。
 その男の手にぬるりという感触。振り払われるよう滑る左手、そのまま体勢を崩し、男は穴へ落ちる。
 女の「ごめん、乳液ぬったばっかりだった」の台詞がもう遠い。落ちていく感覚。
 「はい、親父を落としました。依頼完了」遠ざかっていく女の声。離れていく感覚。身体から避妊されていく感覚。
 残された六畳間にはシャッターを夢中で切る女。女の手首についた男の小さな爪痕は、痕になりそうだった。

ハヤブサ感想戦(⑥ 相違点をたのしむ)**

まずは

  立夏さんより今回の企画をご連絡いただき、短歌を一つ、小説を一つ書かせていただきました。立夏さんありがとうございました。バンドマンのMCみたいですね、この出だし。みんな、今日は楽しんで帰ってください。
 さて、感想戦ということで、こちらでは本企画での立夏さんによる小説について述べたいと思います。
 こちらの小説を拝読させていただいた時、さらっとした一文ながらも心に残った文がありました。それは「これは笑った。」というものです。
 平易な文章ですが、位置が素晴らしいと感じました。前後を確認してみます。

しかし私の右手はすんでのところで修正液を握ってくれない。手が思い通りに動かないのだ。無論私は身体不虞ではない。これは笑った。不虞は私の脳味噌だ。本心を書くことにまんまとしびれ、消すな、もっと書け、正しいことを、私の心にとって正しいことを、と命令している。

 どうでしょうか。これは笑った。この一文。わたしでしたらそのまま、私は身体不慮ではない。不慮は私の脳味噌だ。と続けてしまいそうです。でもこの一文、それこそ曲のブレイクのような、絶妙な間。読み手側の景色がこの男の部屋に引き込まれ、その笑う姿を構築させる効果があるように感じます。
 そしてそのまま、景色は男の部屋から雪降る外界へと移ろいでいきます。
 その光景は、白痴のラストシーンにある、寒い寒い朝につながるようなエッセンスを感じました。はい。わたしの感想はここまでで、次は感想戦です。どうぞ。

みやりと立夏でハヤブサを終わってみての感想を語り合いました。
短歌と小説それぞれの書き手を逆にした「白痴」の記事はこちら

みやり立夏の感想戦

ハヤブサをやってみてどうだったか

みやり 「この企画の面白いところは、たぶん(ハヤブサをやるには)「みっつの能力」が必要なところですよね。ひとつめが短歌を作るときの文章の正確性。次が短歌をもらった時の読み手としての練度。短歌作成者の意図は正確性であるとは限らないわけですが、上の句か下の句のどちらかにはその(元の小説の)文章の情報がありますよね。最後が構造を考える力ですね。クイズで漢字の一部分だけ表示して全体を当てるじゃないですけど、受け取った情報から離れすぎずにどこまで(短歌から受けた小説を)広げられるか。」

立夏「なるほど」

みやり「国語トライアスロン。」

『第三者』選定と短歌を作るにあたってどんなことを考えたか

みやり「立夏さんはどのようなことを意識して『第三者』の短歌をつくられましたか。」

立夏「とりあえず『みやりちゃんが読んだことなさそうなやつにしよう』と思いました。読んだことなくても教科書に乗っているような作品だと簡単に類推されてしまうかも……でそうならないような作品を選びました。」

みやり「確かに知らない作品でした。わたしは太宰で来るだろうと予想してました。」

立夏「かつ『第三者』は起承転結はっきりしているから短歌にしやすいかもと思って。だから短歌にするときも『時間の経過』『起承転結』だけははっきり分かるように気をつけました。また『第三者』はやっぱりクライマックスのどんでん返しが見どころ。でも短歌でオチまで書くのはネタバレが過ぎるかな……でも、あれこそが『第三者』の魅力……書かなければ書かないでもっとも重要な要素を削ぐことになってしまうから『最後になにかあるんだぞ』ってことはどうしても伝えたい。とぐるぐる考えて最後、手を取りあう『も』にしました。」

みやり「これは見事に渡ってたのですね。」

立夏「そう。この『も』でかならずなにかあるぞと、あなたなら気づいてくれるだろうと、……もう、祈りですね。みやりさんに向けた。」

バックトランスレーション小説『第三者』を作るにあたって
どんなことを考えたか

みやり「自分の書いた(バックトランスレーション『第三者』の)小説のことなんですが、いただいた短歌以上の情報を書くかどうか悩みました。これは、『白痴』の短歌設計時にもその余地を残すかどうかで悩んだところでもあるのですが。あと、今回は『も』で終わってる。終わり方は小説で決めなければいけないのか? それともそれがオチなのか? と悩みましたがいくらなんでも『も』落ちは無いだろうと。『も、何?!』みたいな。」

立夏「祈りだからね……!」

みやり「で、あとはポジティブなオチかネガティブなオチかの分析ですが、これも文体的に憎しみ、そしらぬ、罠、と来てるのでその手は離れるのだろうという(ネガティブオチの)読みをしましたね。」

立夏「あー。ちゃんと伝わってる! うれしい。」

みやり「『も』全振りな感じですかね。『も』の一文字にこんな燃料パンパンなの初めてみましたね。」

立夏「燃料パンパン。」

みやり「あとは(短歌の)単語の色味が寒色だったのでネガティブに寄せたのもあります。あと、今回はそれほど意識してなかったけどおもしろいなと思ったのは、小説変換時に物語を屋外にするか野外にするか、という点ですね。罠なので屋外が適している気もしたのですが、なんか手を取り合うってところに親密さというか関係性の深さがあるのかなと感じて、なら室内だろ! と。それは結果としてそのまま親と子の肉親に繋がりましたね。あとはもう炒めて料理しただけです。」

ハヤブサの勝ち負け、楽しさ。

立夏「正解や勝ち負けはハヤブサのルール上存在しないからこそ、個々人が『こんなふうに取り組めたら自分との戦いとして勝ち』みたいなのは設定したよね。」

みやり「たしかに。正解というのは適して無いですね。翻訳元に近かった、ぐらいかも。」

立夏「だからたとえばみやりさんが『第三者』と一言一句たがわない小説を書いたら、それはもしかしたら『勝ち』なのかもしれない。それは確率上は可能だけど理論上は不可能でしょ。それはもう猫が適当にタイプライタの上で走り回ったら偶然傑作小説になりましたくらいの確率なわけで。」

みやり「はい。」

立夏「ただ『どうせ無理なら取り組まず好きに書いていい』っていうモチベーションになっちゃうとこのハヤブサはぜんぜん楽しくないと思っていて。それはお題から連想して小説を書くのとなんにも変わらない。あくまで『原作小説のバックトランスレーション』であれと。そして『バックトランスレーショんとはどういう作業なのか』に向き合って遊ぶ。そこが楽しそうだなって。で、みやりさんは、そういうものづくりを楽しんでくれそうと思って、声をかけました。」

みやり「たのしかったですね。本質的に、ハヤブサの短歌は三十一文字を作るというより、余白に文字を入れる作業なのかもしれません。余白を埋めまくったら三十一文字ぐらいになる = 読み手が選んだ小説のサビとしての二、三千文字が炙られる。」

立夏「分かる。なんか『かっこいい短歌をかいてやろう』みたいな気は結構すぐなくなった。」

みやり「はい。」

立夏「それどころじゃない。」

バックトランスレーションとはどういう作業なんだろう?

みやり「お題をいただいて書いている訳でも、自分の中で考えた設定でも無く。翻訳された文章を元に戻すという作業でしたね。」

立夏「そうそう。『元に戻す』なのです。」

みやり「ただ、そのままでは当然三十一文字なので小説に戻しきれないというか、乾燥わかめは用意されてるんどけど水は無いから口の中で自分で戻してねというか、」

立夏「これは小説を日本語→英語→日本語と翻訳するような本家バックトランスレーションでも起こることなんだけど、最初の日→英の翻訳の時点で『日本語にはあるけど英語にはない言葉や価値観』は翻訳時に落ちやすい。で、いざ英→日バックトランスレーションしたときにその単語が戻ってこなくなったりする。日本語で有名どころだと『木漏れ日』。英語では木漏れ日を直接表す言葉は今のところなくて『太陽の明かりが木々の葉っぱの隙間を通って地面に照射する光の模様』と書くしかない。それが英→日翻訳者が『これは元々木漏れ日と書いてあったのだろう』と気が付いて『木漏れ日』に戻せるかどうか。」

みやり「確かに自分の中の辞書みたいのを引いていた感じありましたね。」

立夏「ハヤブサは全部日本語だけど間に短歌が挟まることで文字数の縛りで一度情報が強制的に落とされてしまう。『小説→短歌』の翻訳者がどんな意図でこの情報だけを残したのかというのを類推する必要があったね。」

みやり「やってみたらおもしろいかなと思ったのは原作小説の部分を法律とかにしてもおもしろいかも知れませんね。硬いものが柔らかくなっていくという。完全に亜種ですが。」

立夏「えっ、それいい。」

みやり「消費者保護法で短歌作るという苦境。あとは映画とかでもおもしろいかも知れません」

立夏「というか、なんでもできるんだよね、これは。法律でも映画でも写真でも。次やるときは小説以外にしてみましょう!」

ありがとうございました。

「原作小説選/短歌作」と「バックトランスレーション小説作」の役割を入れ替えたバージョンが立夏さんのnoteに掲載されています。そちらもよろしければ併せてご覧ください。


 



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