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有料小説「鍵穴チョコレイト」

ヨシくんとは別々のクラスだったけれど、家が近かったのでよく遊んだ。ヨシくんは背が低く色黒で、にかりと笑うとすきっ歯の白い歯が、墓石みたいに並んでいた。短く刈り込んだ頭は絶壁で、その平らな後頭部を手のひらでするりするりと撫でると校庭の人工芝みたいで気持ちよく、わたしはことあるごとにヨシくんの後頭部を撫でていた。そのたびにヨシくんは「よせやい」とわたしの手をくすぐったそうに振りほどいた。

雪深いふるさとの町は酪農以外に産業が無く、ご多分にれずわたしの家もヨシくんの家も酪農家だった。ヨシくんはいつも青い色の長靴を、わたしは黄色の長靴を履いていて、牛のうんちなのか泥濘ぬかるんだ土なのか分からない薄汚れたつま先を眺めながら、背丈をとうに越す雪に囲まれた通学路の道を、ふたり並んで歩いて帰った。

盆地特有の凍てつくような寒さの中でも、わたしとヨシくんは学校から帰るとつなぎに着替え雪遊びにいそしんだ。毛糸の帽子にマフラー、耳当て、中綿のたっぷりとつまった分厚いミトンの手袋をして、もこもこの状態で外に飛び出し、路肩に寄せた雪山に飛び込んだり、かまくらや雪だるまを作ったり、雪合戦やそりすべりをした。そりすべりのソリは潰したランドセルか米袋だったし、喉が渇くとつららを舐めた。ヨシくんはとびきり透明なつららを見つけるのがうまく、わたしはとびきり長くつららを折るのがうまかった。

頬と鼻を真っ赤にして寒さも忘れ遊んでいると、気付けばあたりはすっかり冬の夜の闇に包まれて、心細くなった頃ちょうどよく母が重い玄関扉から顔を出し「そろそろお入んなさい」と声を掛けてくれるのだった。わたしとヨシくんは母の居る玄関先へ、腰まである深い雪の中を漕ぐようにして走った。暖かい家に入ると、すっかりぺたんこになったミトンの手袋と乾いた汗のにおいのするつなぎを、灯油ストーブの前に干す。どこかしらに挟まっていた雪の塊が床に落ちて溶け、ストーブの前の木目の板間には、そうして出来た白くて薄いシミが水玉模様にいくつも出来ていた。着替えが終わるといつも母がマグカップに入れたココアを出してくれた。かじかんだ指にマグカップの熱がじんわりと痛く、湯気が冷えた頬に温かい。そうして飲んだココアは、何ものにも変えがたい美味しさがあった。

ココアと牛乳の薄い皮膜が、長靴の汚れのようにマグカップに浮かぶ。
ヨシくんを見ると、口を鼻の下まで茶色く汚し、熱いのか必死でふーふーしながら飲んでいるものだから、わたしは可笑しくなって「ヨシくんおくち汚なぁい」と笑うと、ヨシくんはおどけて目を寄せて、舌を鼻先にとどかんばかりに伸ばす。その顔があまりにふざけており、わたしは堪らず「たはは」と笑うとヨシくんも同じように「たはは」と笑った。ヨシくんの墓石みたいな白い歯が、茶色く汚れて口から覗く。おやつのココアを一杯飲み終える頃、ヨシくんのお母さんが迎えに来て、ヨシくんは再び濡れたつなぎを着て「また明日ね」と手を振り自宅に帰っていくのだった。

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