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試験会場のバナナ男

日本で定期的に受けていたTOEIC(英語の試験)が、当時住んでいたドイツでも受験できると知った。しかも会場は住んでいる市内だ。だから気軽に申し込んだ。

試験当日、会場の某大学へ。受験者は30人弱くらい。広い教室に机がロの字型に並べられていた。少人数だからリラックスして受けられる、いいスコアが期待できるかも。と密かに喜んでいた。

というのも日本なら机は黒板に向かって列に並べられ、前後左右との間隔が狭く人数も多い。それだけでストレスだ。以前、隣席の男性の止まらない貧乏ゆすりが視界に入ってきた時は最悪だった。

いざ、試験開始。
なんというか緊張感もなく始まった。日本では、机の上に置いていいのは鉛筆と消しゴムと時計だけとか細かい指示がいくつもあって、音声チェックなんかもあるんだけど。

だからリスニングパートの段階で早くも私は戸惑いを感じていた。隣の教室の楽しそうな声が丸聞こえ! 週末だったから大学の講義ではなく、市民向けの講座か何かだったのか? 時折、拍手や歓声が聞こえてくるほどの賑やかさ。

周囲の受験者は気にする様子を見せず集中しているようだったので、あれ? 私だけ!? と余計に焦り、ことごとく大事な箇所を聞き逃しているうちに無惨にもリスニングパートが終了。

気を取り直して次のリーディングパートへ。最初はよかった。必死に挽回しようとある程度まで一気に解いた。そして息継ぎするようにふっと顔を上げた。

その時だ。私は本当に目を疑った。
えっ!? 
ロの字型に配置されているため、距離はあるとはいえ正面の人の顔が見える。真正面の男性がバナナをもぐもぐしながら問題を解いていたのだ。
えっ!? えっ!?

ものすごく動揺してしまい、いいの? いいの? これ、まずいんじゃないの?! とキョロキョロしてしまったが、誰も気づいていない。試験官も自分の作業に夢中だ。当のバナナ男は全然悪びれず、私が呆気に取られていることにも気づかず問題に集中している。バナナを片手に。すごい、大物だ!

アスリートが走りながら栄養補給しているようなそんな光景にも見える。私の集中力は完全に切れた。その後も問題は一応解きながらもバナナ男が気になって仕方ない。チラチラ目をやっては他の受験者と見比べたり、試験中の飲食禁止って日本だけなのか? と考えたり。私は余計なことに囚われるとそっちに集中力を発揮してしまう。

当然だが、全問解き終わる前にタイムアップを迎えてしまった。結局、誰にも咎められるわけでもなくバナナ男は何ごともなかったように颯爽と会場から去っていった。あの度胸! 見習わないけど清々しい!そして私は勝手に巻き込まれたよ…。

後日送られてきた私のTOEICスコアは散々だったのに、表彰状のような豪華なスコア証明書が無駄に立派でさらに虚しくなった。バナナ男はあの時、ハイスコア取れたのだろうか。私が心配することではないけど。


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