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みんなが書いている、その温度を。

あ。
なんかこれ、ヤバい流れ。

今のぼくの心境。
書きたいことがうまく形にならなくて、絶望感に浸っている。
胃のあたりが、キリキリする。
仕事でも味わうことのない身体の奥の重さ。
それもどうかと思うけど。

言い訳なら、ある。
なさけないぼくは、今日、それに頼ることに決めた。

だって、noteにはすてきな記事が多すぎるんだもの。
読みたくて読みすぎて、書く時間が。あぁ。



そうは言ってもまだ20人あまりなのだけれど、最近フォローさせていただく方を倍くらいに増やした。
タグで旅して読ませていただいている記事も多いから、読む量としては、相当増えている。

どこにお邪魔してもほんとうにすてきな記事が多い。
ぼくは、時間をかけてちゃんと読みたい。
読んで、余韻に浸りたい。
ときに感想を、伝えたい。


みんなが書いている、その温度を。
間違えないようにしっかり感じとりたい。


これはほんとうに。
書いている人は、だいたいみんな気軽に読みにきてもらいたいと思っていると思う。
ぼくも、超がつくほどそう思っている。
けれど、その温度を間違えてしまうと、ときに火傷をしてしまうことだってあるんだ。

すり切れそうなこころの声を、爪痕をのこすように、叫ぶように、ここに記している人がいる。
過去や嫌いな自分と向き合って、何かを克服しようともがいている人がいる。
苦しみ抜いて生み出したわが子のような作品を、大切に並べている人がいる。

これはそんなだれかにとっての「よりよく生きる」ための手段だったりするから。

誤字があろうと粗かろうと、伝わるものは伝わる。
人の顔色を窺わず、さらけ出す勇気を。
そうしてまで視野を拡げようと、生まれ変わろうとする覚悟を。

そういう記事一つひとつの温度を、しっかり感じとりたいんだ。



ぼくが何かを大げさに汲みとりすぎているのかもしれないし、もっと気軽でいいのかもしれない。
それでもぼくは、だれかが日々の時間を割いて提供してくれたものに、ちゃんと言いたい。


今日も待ってました。ありがとう。


そんな感謝の声が、この街にあふれていますように。



<おわりに>
なんだかわざとらしい導入からはじめてしまいましたが、ほんとうに今日は降りてこなくて。
最近noteにたいして思っていることを書いてみました。

だれかをフォローするということはぼくにとってなかなか勇気がいることだと、以前書いたことがあります。
どう思われるかがこわいとか。
でも、最近すこし心境の変化がありました。

遠慮せずに、自分の気持ちを出そう。

そう思えることが増えたのです。
それは上にも書きましたが、勇気をもって自分の傷や過去をさらけ出すことや思いを伝えることにチャレンジしている方々に、ここで出会うことができたからだと思います。
それは、恥ずかしいことなんかじゃない。
むしろ、かがやいている。
とってもキラキラした、等身大の文章。

こんなふうに書きたいなぁ。
そのためには、触れ合っていないとダメなんだ。

要は「共有したい」のだろうと思うのです。
書くことで、読むことで。

そのためには、温度を合わせないといけないかな、ということ。

なかなかおわらない「おわりに」に付き合わせてしまってすみません。
書けないと言いながら1,300文字書いてしまった、そんな一日でした。

いつも読みにきていただいて、ほんとうにありがとうございます。
それでは、また。




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