カフェの野望

ちょっとコジャレたカフェの店内。背中が大胆に開いたセクシーニットを着た若い女性が座っていた。少し離れた席に、彼女の無防備な背中にちらちらと目をやる中年男性が座っていた。

女性は、ゆるいウェーブのかかった茶色く長い髪を持ち上げ、白く、細いうなじを見せた。男はあからさまに彼女のうなじに見入り始めた。唾を飲み込む音が今にも聴こえてきそうなほどに。

その時、店のドアが開き、吊り下げられたウィンドチャイムの音がけたたましく店内に鳴り響いた。ドアの前には、オレンジ色のTシャツを纏った、ふくよかな中年女性が立ちはだかっていた。ドアの隙間から差し込む光を背に浴びる姿は、後光が差す仏様のようにも見える。仏様はゆっくりと店内を見回し、席を選び始めた。静かな緊張感が漂う。仏様はある席に向かってまっすぐに進み始めた。そこは、先程の男性と女性のちょうど真ん中にあたる席だった。仏様がどっしりと腰を下ろす。男性の煩悩の世界は、100パーセント閉ざされてしまった。

男性が己のふしだらな野望を打ち砕かれた状況に気づくのには、2秒とかからなかった。仏様が鎮座するのを確認するのとほぼ同時に、男性はすっと腰を上げ、そそくさと会計を済ませた。彼の速すぎる判断力と鮮やかな足どりに、私は感動を覚えてしまったほどだ。

男性は店を出る直前に、何かを確かめるかのように店内を見回したので、私と目が合った。

〈はい。一部始終、見てました。〉

私は心の中で彼にそう伝えた。

男性が店のドアを開けた。彼の動揺と気まずい空気を掻き消すように、ウィンドチャイムの音が、心地よく鳴り響いた。

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