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小学生の時、えらくやんちゃな男の子が同級生にいて、彼はある授業の時に、暴れて窓を壊したの。国語の先生は男性だったから、男の子を止めて、でもクラスはもうぐっちゃぐちゃ。けどね、大人になって今思うの。私、彼をあの時、羨ましいと思ったわ。物をぶち壊して、大人を困らせても愛される自信。

そう話す光さんが、僕はなんだか、すごくカッコ良く見えた。でもなぜか、彼女は大学のキャンパスで、一人だった。しかし今日、理由がわかった。
高校在学中、彼女は小説を応募し、聞けば「ああなんとなくわかるな」と素人でもそうなるような賞を受賞した。しかし、それからしばらく世間に姿を見せなくなった。
実は僕はそのことを、彼女と話した日から、ほぼちょうど半年後くらいに知ったのだ。
「どうして教えてくれなかったんですか?」と僕が訊くと、「だって、教える必要がなかったんですもの」と返してきた。「普通、文学部に居て、そんなすごい賞を取ってたなら、真っ先に自己紹介で言いますよ?」「どうして?」「どうしてって……メリットしかないとわかってるでしょう?」「だから、どうしてよ?メリットなんて、わからないわ。だって、何のために人が私に近づいてくるか最初からわかってて、どうして人と付き合うのが楽しいと言えるの?」
そうか、そう思う人もいるのか…なんて、簡単には受け入れられなかった。「僕なら言いますね、絶対」「どうして?人気者になりたいから?」「……まぁ、そうですね」彼女は口元に手を当てて、笑った。「当たり前でしょう、人間なんですから。そういう欲は持ってておかしくない。だから笑わないでくださいよ」「違う、違うのよ」そして光さんは、冒頭の話をし始めた。

「だからね、あたし、嫌いなのよ。あなたみたいな人間が、正直。最初に言った、窓壊した男の子。似てるのよ、あなた」
彼女はあなた、と言いながら、水の入ったグラスを持ち上げる。
「だったら僕から離れればよかったのに」
「……そうね」
水を飲む。光さんの喉が揺れる。
「別に僕のことを避けても、僕には友達がいませんから批判する人だっていない。どうしてあなたは僕を避けようとしなかったんですか?それどころか、お昼ご飯はいつも、この席で待っていた。嫌いなら……」
「あなた、単純ね。非常に単純。人が嫌いという感情だけで、人を避けると思ってる?」
もう食堂には、僕ら以外、人は居ない。
「単純とか、僕にはわかりませんよ。僕はあなたみたいに、繊細な感性で文をしたためることなんてできない人種ですから」
その言葉は、僕の嫌味、と突発的な攻撃であることは明らかだった。
光さんは少し顔を歪ませた。
「あなた、鈍感だって言われない?」
「無自覚だとは、よく言われます」
「ふぅん」
「なぜ、そう聞くんですか?」
「別に」
「なに?別にってなんですか?」
「そう、思っただけよ」
光さんが席を立った。
僕は彼女を引き止める。柔らかいセーターの生地を、極力強く掴まないように、腕を掴んだ。
「そうやっていつも逃げてきたんじゃありませんか?」
光さんの振り向いた目を、僕は直視した。
「好きと憧れを混同した、あたしが愚かだったわ」
彼女は去った。食堂に一人になって、僕は幾分か経って、あれが彼女の言うところの「あなたが好きだ」なのだとわかった。

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