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まずは1年、そしてこれからも。

こんにちは、まうです。
今日でこの記事を出してから1年。

というわけで、note1周年を迎えました。

正直ここまで続けることになるとは思いもしませんでしたし、しかもこんなにあたたかい人たちに囲まれることになろうとは。ここはいつの間にか、私にとってなくてはならない居場所になっていました。今でも夢みたいな気持ちです。

ここまで「書くこと」に熱中したのは中学生以来だったかもしれません。久しぶりに書くことの楽しさを思い出し、それに真剣に向き合った濃い1年でした。


私が書く理由。それは「私はここにいるよ」と伝えるため、だと思っています。

物心ついた頃から、ずっと紙と鉛筆とともにある人生でした。幼い頃から私を知っている人たちはみんな、私のことを「書く(描く)人」として認識してくれています。「今も書いてるの?」と聞かれる頻度は減ったものの、今でも私を書く人として覚えていてくれる人がいます。それくらい、私といえば「書くこと」だったんです。

1年前、何か一歩を踏み出さなければと漠然と思い立ったとき、改めて私にできるのは書くことしかないと思いました。それならこの先も、書くことで誰かの記憶に残る存在になりたい。そう思ったのがnoteを始めたきっかけでした。

いずれ自分はこの世からいなくなる。それでも、いやだからこそ、自分がここに生きていたという証をどこかに残しておきたい。そうすればいつまでも誰かの記憶の中で生きることができる。永遠の命を手に入れることはできないから、私は永遠の記憶に縋ろうとしているのかもしれません。(そして多くの書き手の皆さんもきっと同じだと思っています)


しかし書くことに関して飛び抜けた才能がないということには、始めた当初から気がついていました。小中高と作文でいくつかの賞をとった程度の実績は、ここに来てしまえばあっという間に霞んでしまう。それならあとはもう、私にしかないものを出していくしかないと思いました。

人の温度が感じられない文章は書きたくない。文章を通して、皐月まうを感じてもらえるものが書きたい。だからどんなに拙くても、借り物の言葉ばかりを並べた文章だけは作らないようにしてきました。

つまり私は、読み手と最も近しい書き手でありたいのだと思います。結果的に個人的な話題がかなり多くなってしまって特定が心配ですが笑。けれど皆さんと親しくなれたのもそのおかげだと思うので、まあ結果オーライですね。


その一方で、想像以上に自分の文章が広がることが増えてきたことで自分の書き方がわからなくなることもありました。時には憧れの文章を真似してみたり、綺麗に書こうとしてみたり。しかしそれは長くは続きませんでしたし、何より私自身が楽しめていませんでした。

そして先日、この記事をきっかけに原点回帰することにしました。

もういちいち反応は気にしない。私は私の書きたいことを書きたいように書く。自分勝手かもしれないと思いましたが、あたたかいコメントの数々にとても勇気づけられました。

あの記事のコメント欄は、私の宝物です。本当にありがとうございます。皆さんに出会えたことが、この1年での最も大きな収穫でした。

これからも私は私の書き方で、誰かの記憶の片隅に残るものを書き続けていきます。
そういえば元々は小説を書くためにnoteを始めたので、物語ももう少し増やしていきたいですね。末永くよろしくお願いいたします。


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