102名の“拡張家族”が住む! 価値観やバックボーンの異なる人たちが“交差”する、新しい食卓
「一家団欒」という言葉がある。でも、この「一家」とはなんだろう?
ここで言う「一家」とは「家族」のことを指す。つまり血縁や法律で結ばれている人たちのことだ。いま、この概念が少しずつ変化してきている。
それを体現するのが、共同コミュニティ「Cift」に住む人たちだ。渋谷、京都に拠点があり、総勢102名のメンバーがいる。彼らには血のつながりも法的な結びつきもない。けれど彼らは、「拡張家族」として暮らしている。大切なのは価値観を共有すること。同じ眼差しを持つことで、彼らは家族としてつながっている。家族だからこそ本音をぶつけ、ときには涙することも。そこには、“他者”と接するときの“遠慮”が存在しない。
この102名にも及ぶ拡張家族が一体どんな暮らしを送っているのか、想像もつかない人がほとんどだろう。だからこそ、彼らの食卓を覗かせてもらいたい。
そんな想いでCiftを訪ねた取材陣の目に飛び込んできたのは、とても平凡で温かな食卓の風景だった——。
疲れていても、“誰か”が作ったご飯がある食卓
梅雨入りが発表され、小雨が降り注ぐ夕方。取材陣は渋谷駅から徒歩5分ほどの場所に位置する、複合施設「渋谷キャスト」を目指していた。ここの13Fはコミュニティスペースになっており、Ciftのメンバーが共同生活を営んでいる。
エレベーターの乗り込み、13Fへ。ゆっくりドアが開き、やや緊張している取材陣の目に飛び込んできたのは、清潔感に満ち、広々とした空間だった。長い廊下には等間隔で個室のドアが並んでいる。そこは住人一人ひとりのプライベートルーム。簡単に言うならば、大型シェアハウスのような作りだ。
すると、奥の方から歓声が聞こえてくる。木材を基調とした広いリビングを抜けると、大きなキッチンがある。そこでふたりの女性が夜ご飯を作っていた。今回お話をうかがう予定になっている石川凜さんと、鈴木理恵子さんだ。
石川さんは京都大学農学部食料・環境経済学科を卒業後、クックパッド株式会社などでの複業を経て、現在は株式会社ポケットマルシェで、BtoG(企業と政府や自治体との間で行われる取引)領域の事業開発をリードしている。週末には公開勉強会「食と農のもやもやゼミ」を主催しているそうだ。
鈴木さんの肩書は「料理愛好家」。企業向けの商品・レシピ開発や飲食店プロデュースなどに携わる他、レシピ本を12冊も出版している。
石川さんも鈴木さんも、ともに食のエキスパート。ふたりが夜ご飯を作るとなれば、きっと美味しいものが食べられるに違いない。匂いを嗅ぎつけたのか、あるいは賑わいを耳にしたのか。キッチンには自然と人が集まってくる。ときには大きな笑い声が上がり、みんな楽しそうな表情を浮かべている。
そうしてできあがった料理が、ダイニングテーブルに並べられた。この日はワンプレート形式。できたての料理からは湯気が立ち、あたり一面に美味しそうな匂いが漂う。
鈴木さん「今日は玄米と白米を半々で混ぜて炊いてみました。合わせたのは、鶏もも肉とズッキーニを炒めたもの。それとレンズ豆を使った、夏っぽい煮込みです。キャベツとベーコンのサラダも作りました。夏野菜のグリルは凜ちゃんの担当で」
石川さん「農家さんから産直の野菜をいただいたので、シンプルにグリルしたんです。ニンジン、トマト、ナス、ピーマン、甘長唐辛子。どれも焼くだけで美味しいと思って」
石川さんも鈴木さんも、「サッと作ったんですよ」と笑うが、お皿に盛られた料理はどれも素晴らしく美味しそうだ。とても手が込んでいるようにも見えるし、それなりに材料費がかかっているのではないか。
鈴木さん「Ciftには“どんぶりバンク”というシステムがあって、料理を食べた人が作ってくれた人への感謝の気持ちをお金に代えて入れてくれるようになっているんです。材料費はそこから賄っています」
石川さん「でも、もらわないこともありますよね。仕事柄、ひとりじゃ食べ切れないほどの食材をもらうことも多くて。だからお金はいらないから、Ciftのみんなに食べてもらえるだけでありがたい」
鈴木さん「そうそう。余っちゃうくらいならみんなで食べ切ってもらいたいので、お金のことはあんまり考えていないですね」
材料費をどうするのか、以外にも、Ciftにおけるご飯のルールはとても自由だ。
鈴木さん「自分が食べたいものを作って、たまたま人がいれば一緒に食べる。そんな感じなんです」
石川さん「多めに作って置いておくと、いつのまにかなくなっていたりしてね(笑)」
鈴木さん「それもあるし、Ciftのメンバーが入っているグループLINEに『今日はご飯があるよ』って投稿しておくこともあるよね」
石川さん「仕事でクタクタになって帰ってきたときに、キッチンになにか美味しそうなものが並んでいるってのはとても幸せ」
食に携わる仕事をしているから、石川さんや鈴木さんが料理をする機会は多いのだろう。けれど、その逆もある。疲れ切った夜に、“家族”の誰かがご飯を作ってくれる。石川さんの言う通り、それはとても幸福なことだ。
好き嫌いは関係なく、“ただ、そこにいる”関係
Ciftに住むのは、世代も出身地もキャリアも異なる、さまざまな人たちだ。けれど、彼らの間に壁はない。それぞれの意思を尊重しつつも、“家族”として距離が近い。既存の家族の概念を持ち出すと、彼らの関係がとても不思議に映るだろう。
石川さんと鈴木さんは、どうしてCiftに住もうと思ったのか。
石川さん「大学時代からシェアハウスで生活していたんです。卒業後、上京して、またシェアハウスに住みたいと思いました。そんなとき、Ciftのメンバーだった友人に誘われて。入居にあたって説明会に参加したんですが、そこで出た“自己変容”という言葉に惹かれ、本気で住みたいと思いました。Ciftで生活を始めて、2年3カ月ほどになります」
この「自己変容」はCiftで暮らす上でのキーワードだ。さまざまな価値観を持つ人たちと関わり、常に変化していくこと。その上で、社会に貢献していくこと。
要するに、Ciftが掲げる「自己変容」とは、積極的に他者と触れ合うことで、自分自身をアップデートしていくことを意味する。第三者との関係が希薄になりつつある現代において、それはノスタルジックな、それでいてとても大切な考え方ではないだろうか。
鈴木さん「わたしはメンバーになって、まだ1年足らず。成人して海外に住む子どもがふたりいて、わたし自身は離婚も経験しています。そういう人生を経て、家族ってなんだろうと考えるようになったんです。いま、孤立して生きる人たちも多いですよね。そんな社会において、コミュニティはもっと求められていくと思うんです。だったら、わたしもコミュニティを作ってみたい。そんなことを漠然と考えていたときに、Ciftに誘われました」
鈴木さん曰く、Ciftでの生活は「留学体験みたい」だという。Ciftは渋谷以外にも京都に拠点があり、総勢102名のメンバーがいる。それだけの人数がいれば、正反対の考え方、価値観を持つ人もいるだろう。けれど、拡張家族という前提条件の元、彼らは反発するのではなく、積極的に意見交換をし、関係を深めている。それはまさに、留学を通じて体験する異文化交流だ。
鈴木さん「さまざまな肩書やバックグラウンドを持つ人と交流することで、驚くくらいの学びが得られます。たとえば、わたしからすれば年下の凜ちゃんが体験することってすごく興味深いんです。なかなかもう体験できないことですし。それを持ち寄って、シェアする。それはすごく贅沢なことですよね」
石川さん「大学を卒業してふつうにひとり暮らししていたら、周りには同じくらいの世代の友人しかいなかったと思います。でもCiftで暮らすようになって、年齢も職業も全然違う、わたしがまったく知らないような世界で生きている人たちと関われるようになりました」
自分とは異なる世界に生きる人たちと触れ合える。それは一般的なシェアハウスでも体験できることかもしれない。しかし、それとCiftが異なるのは、「自分たちは家族なんだ」という認識があることだ。家族だからこそ、ときにははっきりと意見をぶつけることもある。
石川さん「友人同士だったら絶対に言わないようなことも、Ciftのメンバーは口にするんです。だからこそ、入居してから悔しい想いをしたこともありました。でも包み隠すことなく、思っていることを言い合える関係って、とても自然だと思うんです。
最初は先輩たちに嫌われるのが怖かった。でもいまは、好きとか嫌いとかではない感情でつながっていると感じます」
鈴木さん「Ciftのメンバーは、“ただ、そこにいる”に近い気がする」
石川さん「そうですね。ただ、そこにいる。それって家族そのものですよね」
他者との関係には、どうしても好きや嫌いといった感情が滲んでしまいがちだ。あの人のことが好きだから、側にいたい。あの子は苦手だから、一緒にいたくない。でも、石川さんと鈴木さん曰く、Ciftに住むメンバー間にはそれがない。いや、もちろん個人レベルではさまざまな感情が渦巻くだろう。しかし、好きでも嫌いでも、「家族なんだから」生活をともにしているのだ。
いろんな価値観が食卓の上で“交差”していく
家族という単語を用いてはいるものの、Ciftには「父親」「母親」といった役割があるわけではない。既存の家族のなかにある役割を誰かに押し付けるのではなく、目指しているのは他者と自分との「境界線」を薄くしていくことだ。
鈴木さん「Ciftで暮らしていると、自分事と他人事の境界線がどんどん薄くなっていくように感じるんです。誰かが抱えていることを自分事として捉え、一緒に考えていく。それがわたしたちの目指すべき拡張家族なんだと思います」
石川さん「ちょっとした困り事であっても、みんなでケアしてくれます。常にお互いが気にかけ合っている感じ。血のつながりもない他人のことをそこまで考えられるのって、すごいことですよね」
そして、ここでの経験が他でも活きているともいう。
石川さん「どうでもいいかもしれない……と思うような小さな違和感は、遠慮して自分のなかに閉じ込める癖がありました。でもCiftで暮らして、どんな些細なことであっても、みんなでケアし合えばいいと考えられるようになって。今では、仕事でも自分が考えていることを気負わずに発言できるようになりました。
“仕事”だと、「先輩だから」とか「嫌われると困るから」って考えが頭をよぎって、どうしても遠慮してしまう人が多いと思うんです。でも、年齢やキャリアなんて関係なく、ひとりの人間として発言し、仕事や職場の人とも深く関わっていきたい。Ciftのようにみんなでケアし合える場所をもっと作っていきたい。そんな風に、素直に生きられるようになりました」
Ciftでの生活を大切にしている石川さんと鈴木さん。けれど、ここでの暮らしが永遠に続くとは考えていないともいう。
鈴木さん「Ciftでの生活そのものは、いつまで続くかわからないですよね。ただ、一度“家族”になったメンバーとの関係は終わらないと思っています。だって、家族ってやめられるものじゃないでしょう? そもそもやめ方がわからないですよね(笑)」
石川さん「そうそう。実際、すでにCiftを退去してしまったメンバーもいますけど、わたしは、その人たちも家族だと思っています」
石川さん「わたし にとって、Ciftでの食卓は“交差点”みたいなんです。いろんな人や想いが食卓というひとつの場所で交差するところ」
そう言って、石川さんと鈴木さんは顔を見合わせて微笑み合った。互いの目線の先にいるのは、血縁も地縁も法律も越えてつながる、とても大切な家族の姿なのだ。
こんな不思議な人間関係が「不思議」と捉えられなくなる日が来たとき、社会はいまよりも遥かに生きやすくなっているのかもしれない。そう感じさせられる取材だった。
最初に「拡張家族」と聞いたとき、彼らの関係がまったく想像できませんでした。けれどお話をうかがってみると、そこにあったのはとても温かな関係です。食卓を通じて、価値観も考え方もバックボーンも異なる人と、交差する。
拡張家族のみなさんが囲む食卓は、いまはまだ珍しいものです。けれどいつの日か、「これもひとつの家族だ」と認識される未来が来るのかもしれない。そして、そんな自由な未来が実現すれば、既存の枠組みのなかではうまく生きられない人たちも、取りこぼされないようになるのではないかと感じました。
取材:松屋フーズ・五十嵐 大 執筆:五十嵐 大 写真:吉屋亮 編集:ツドイ