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生涯スポーツとしての「寝技柔道」


将来寝たきりにならないために

それは今から4年前に市内の柔道場ではじめた社内の柔道クラブがきっかけでした。長寿高齢化が進む中、将来寝たきりにならないために、若いうちから運動習慣を身につけたい。柔道は全身を使うスポーツで、体を支える体幹を鍛えるのにぴったりでした。

しかし私が教えてもらった柔道は、怪我を防ぐためにまずは受け身の習得が必要で、実際36歳で柔道をはじめた私自身も一年間は毎日受け身ばかりをやらされました。受け身ばかりの稽古では、社員は柔道に興味を持ってくれません。

また立ち技の稽古には怪我のリスクもありました。なるべく怪我がないようにと、安全な技を選び、その技の打ち込み(反復練習)をメインに稽古しましたが、楽しさという点では今ひとつで、最後にはどうしても応用である乱取り(試合形式の稽古)をみんなやりたがります。乱取りでは、どんなに安全な技だけを教えていても、偶然に予測しないような方向へ投げられることもあり、怪我のリスクが絶えませんでした。

試合に出てはよく投げられて怪我をした

新しい柔道を追い求めて

そこで一年ほど前から、思い切って立ち技と乱取りをやめ、稽古内容を寝技の打ち込みだけにしました。立ち技をやめれば柔道の公式の試合にも出れませんし、そんな「相手に勝つ」目標もない柔道が楽しく続けるられるのかどうか不安でしたが、社員に怪我をさせることは絶対にできません。そう考えて、毎日寝技だけの柔道をどうしたら楽しく続けられるかを必死になって考えました。

寝技だけの柔道で近いものには、高専柔道の流れを組んで今も続けられている「七帝柔道」というものがあり、それも参考にしました。またブラジリアン柔術という柔道の寝技に似たものを中心とした格闘技もありましたが、どの競技も私の目指す「一生涯続けられる柔道」の方向とはどこかが異なっていました。

自分と向き合う「禅」

もうずいぶん昔のことになりますが、私は、大学生の時に「禅」に興味を持ち、学生時代は暇があれば坐禅をしていました。一時は出家得度までして、その道を目指したこともありました。半年間ではありますが、禅寺で見習修行させてもらったこともあります。寺では、坐禅のかたわら、朝から晩まで掃除や料理といった仕事を受け持ちました。 極める対象は掃除や料理ではありましたが、禅の修行は、つまるところ「自分さがし」ではないかとその時感じました。それは他者との比較ではなく、私にとっては自分の内部へ旅をするような不思議な世界でした。

四国八十八ヶ所歩き遍路中に札所で坐禅を組む

嘉納治五郎が目指した柔道も、本来は自分をつきつめ、高めるものではないかと思います。乱取りや試合の中でも、自分を見つめることができるのでしょうが、初心者にはなかなかそれができません。つい、力まかせに相手に挑んでしまって、お互いの怪我につながってしまいます。またどうしても表面的な勝ち負けにこだわってしまって、相手に勝てないということから、柔道の楽しさが分かる前に、やめてしまう人も出てきます。

乱取りや試合を排除した中で、本当に柔道を楽しめるのか。最初は自分でも半信半疑でしたが、人間はどんな状況でも楽しみ方や遊び方を発見するものです。たとえば、横四方固めからの足ぬきでは、押さえ込んでいる側が手を使ってはいけないというルールを加えるだけで、力に頼らなくても体の持っていき方によって足が抜けるといった「発見」をする楽しさが生まれました。寝ているので相手の体力に合わせて、足を挟む力を加減することも容易にできます。ちょっと強すぎるよとか、もう少し強くしてほしいとかいう言葉が交わされたりして、格好のコミュニケーションの時間にもなっています。

自分と向き合う「寝技柔道」

勝敗にこだわらない寝技だけの柔道「寝技柔道」みたいなものがあってもいいと僕は思っています。寝技であっても相手と組み合いますが、そこには勝ち負けはなく、あくまでも「自分と向き合う」ことを目的としています。

力よりも技を大切にして、技を上手に使い、変化する相手に合わせて自分をコントロールします。力まかせに相手を倒すのではなく、自分を律するという点で、禅と似ていると思います。時にはダンスのように相手に合わせて、技をかけたり受けたりします。相手がいることによって、自分が高められるわけですから、自然に他者への感謝の気持ちも生まれてきます。

横四方固めの足ぬきの稽古。相手の実力に応じて加減をすることも大切。

寝技なら怪我を気にすることもなく、体力が衰えてくる歳になっても、楽しく続けられると私は考えています。将来寝たきりにならないよう、これからも社員や取引先と一緒にこの「寝技柔道」を大切に育て、続けていきたいと思います。

現在の柔道仲間。社員の他、銀行などの取引先も参加している。

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