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改めてワーケーション2.0について説明してみる

先だってNIKKEIワーケーション会議でワーケーション2.0について取り上げていただきお話させていただきました。お呼びいただき感謝です。他の素晴らしい論者の方々も見られるアーカイブもあります↓

松下パートは短い時間でしたので十分にお話できないところもありました。基本は拙著『ワークスタイル・アフターコロナ』(イースト・プレス、2021)にも書かせていただきました。

が、そこからさらに今書いている原稿もダダ漏れさせながら?補足も兼ねて改めてワーケーション2.0について説明してみたいと思います。

「ワーケーション 1.0」から「ワーケーション 2.0」へ、何がどのようになるのかは図のように整理できます。

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この考え方はワーケーションをひとつのデザインだと捉えたところから着想を得ています。

近年、さまざまな領域にデザインが広がっています。デザインはモノをおしゃれに飾り付けたり、イラストを描くことだけを指すのではありません。コミュニティデザイン、ソーシャルデザイン、政策デザイン、地域デザインといった言葉も出てきています。

デザイン研究者のL. サンダース(2014)はデザインの流れについて消費者やモノといったキーワードで語られる1980年代は「For People(人びとのため)」の時代、それから30年経った2010年代はエンドユーザーやニーズ、参加などがキーワードとなる「With People(人びとと共に)」の時代、そしてさらに30年先の2040年は「By People(自分たち自身で)」の時代だと整理、予想しました。

同様に上平(2020)もユーザーのためにつくる「for User」から「with People」、そして「by themselves」へというデザインの流れを指摘しています。ワーケーション2.0は当事者を共にデザインするパートナーとして捉える「with People」から構想したものです。そしてそれはワーケーションを提供する地域や企業、組織あるいはデザイナーが「全てはお客様のために」というものから徐々に関係者を巻き込みながら一緒に行っていくものです。

消費者ではなく「パートナー」として受け入れる

ではワーケーション1.0からワーケーション2.0へはどのように変わっていくのかそれぞれ見ていきましょう。

大きく言えば、これまで気晴らしや娯楽、レジャーのイメージであったレクリエーションだけではなく、語源に近い意味であるRe-Creationとして地域やそこでの過ごし方を「再創造」していくフェーズだと思います。

ワーケーション1.0では落ち込んだ観光需要を代替・穴埋めするためのものとしてワーケーションが捉えられることが多かったのではないでしょうか。そのような視点であればやってくるワーカーたちは滞在期間は単発・短期間の観光客(交流人口)として見られることになります。しかしこのような視点はこれまでの観光がそれほど遠くない時期に戻ってくることを前提としていますので、環境整備などの投資も長期視点でできませんし、オーバーツーリズムなどの問題も先送りしているだけになります。

ワーケーション2.0においてはこれまでの地域における観光を再定義するためのきっかけやアプローチとしてワーケーションを捉えていくことが有効になります。ワーカーたちを継続/連続あるいは比較的長期間滞在できる・したくなる(=関係人口になる)ような環境を整えていく。そうした環境を地域側だけが準備するということではなく一緒につくっていく。その環境をつくっていくプロセス自体が継続/連続あるいは比較的長期間の滞在にもつながり、良い意味での手段の目的化となります。そうなることでワーカーたちはその地域の関係人口になっていきます。

これらをまとめると地域にやってくるワーカーたちを消費する人ではなく、パートナーとして受け入れることが重要になります。お客様やユーザーとしてどのようなニーズがあるのかを把握することはこれまでもマーケティングという形で重要視されてきました。ワーケーションで言えば、仕事をするための施設やWi-Fiを整備して欲しいといったものです。もちろん、その地域に来て静かに、集中して仕事をしたいというニーズもありそれはそれで成立します。しかしそれではこれまでの観光行動の一部を仕事をすることに置き換えているだけに過ぎず、地域にとっても企業にとっても大きなインパクトとはならないでしょう。

ワーケーション2.0ではワーカーをパートナーとして捉え、どのように地域に関係してもらうか、関係したいような仕組みや環境を整えるかが重要になってきます。

ワーケーションで目指す生産性向上の陥穽

ワーケーションを制度として導入するか検討する上で企業が最も気にかけるのは効果があるのか、ということです。それは言い換えると、オフィスで仕事をするよりも生産性が上がるのか、ということになります。確かに国際比較でも日本は生産性が低いことが示されています。ワーケーションを導入することで生産性がどれくらい上がるかを探る実証実験はこれからいろいろな形で実施、検証されていくと思います。

先日の「おはよう日本」で温泉地でのワーケーションを特集していました。そこでも少しコメントさせていただきました。

もちろん、生産性が上がるのであれば喜ばしいことですし、それをデータによるエビデンスに基づいて議論することは重要ですが一方で、生産性に目を向けすぎると抜けてしまう視点も生じます。

ワーケーションで仕事の生産性や効率がどうなるのか、は(1)その企業の仕事の進め方、意思決定の仕方などワークフロー、(2)どのような仕事をワーケーションで行うのか、に依拠している部分が大きいということです。

まず(1)について考えてみましょう。例えば、稟議の決裁を受けるためには関係書類をプリントアウトしてそこに手書きで記入し、担当者の捺印が必要というプロセスが必要のであればオフィスにいないと仕事が進まないでしょう。こうした企業のワーカーがワーケーションをすると当然ですが生産性は上がりません。逆にこれらの作業がほぼオンラインで完結するならワーケーションで通勤時間もなく気持ちの良い環境で作業することで生産性や効率の向上が見込めます。そういった意味ではワーケーションの設計や営業には企業のワークフローをワーケーションに最適化することも含めて提案することがポイントになります。

また(2)はどうでしょうか。稟議の決済はオフィスに行ったほうが効率よく進めることができるかも知れませんが、チームの関係性をつくったり、集中して企画を練る、開発をするといった作業はオフィスだといろいろな連絡が細切れに入ったり、メンバーの都合がつかなかったりでまとまった時間を取ることができないことも多くあります。そうした仕事はワーケーションの方がオフィスよりも生産性が高い結果になりそうです。あとの章で詳しく見ていきますが、これらの要素を考慮せずにワーケーション自体が生産性を向上させるかという議論はあまり意味がないと思います。

さらに言えば、少し極論になりますが生産性は落ちなければ、あるいは多少落ちたとしてもそれでよいという考え方もあるでしょう。ワーカー個人の幸福や満足度を考えれば、気分の良い場所でリラックスしたり、何か打ち込めるものをしながら仕事の生産性が変わらないのであればそれは素晴らしいことだと思います。

例えば近年、ウェルネスに注目が集まりつつあります。健康科学者の荒川(2017)はウェルネスを「身体の健康、精神の健康、環境の健康、社会的健康を基盤にして、豊かな人生(QOL)をデザインしていく生き方」として、ウェルネス・ツーリズムを提唱しています。また世界ウェルネス機構(GWI:Global wellness Institute)はウェルネスを「全体的な健康につながる活動、選択、ライフスタイルを積極的に追求すること」としています。この意味では「生きがい」などの概念も包括されそうです。ヘルス(健康)は手段であり状態ですが、ウェルネスは目的であり活動、と言えるでしょう。

これらを踏まえるとワーケーション1.0では生産性の向上などの意味ではワークスタイルの側面がありましたが、ワーケーション2.0ではそれも含みつつウェルネスを実現するライフスタイルとして捉えていくことがポイントになるでしょう。

受け入れることで地域も変容する「歓待」へ

ワーケーションが関係人口創出をひとつの目的としているのであればワーケーションをしているなかで地域の住民と交流することが目指されます。観光学者の田中ら(2021)がワーケーション実施者に行った調査によると、「業務時間は仕事中心で、業務時間外も、遊びや観光・地域での交流を行わない」が22.1%で最も多く、続いて「業務時間は仕事中心だが、業務時間外は、積極的に遊びや観光・地域での交流を行う」が21.3%とほぼ拮抗していることが示されました。ただし残りを見てみると「仕事中心だが、遊びや仕事以外の地域での活動も3割程度」は17.4%、それが「半々くらい」になると12.9%、「仕事は3割程度」は10.5%、「遊びや仕事以外の地域での交流などが中心で仕事は必要最低限」は15.8%となっており、8割弱は遊びや観光や地域との交流、活動などを取り入れていることが分かります。

またワーケーション実施時の仕事内容は「普段、会社で行っていた仕事の一部」が50.6%、「普段、会社で行っていた仕事と全く同じ」が40.9%、「通常とは別の仕事」が8.5%と9割以上のワーケーション実施者が通常と同じ業務を行っていたことが分かりました。ワーケーションの効果として挙げられている上位を見ると「リフレッシュできた」が35.2%、「リラックスできた」が31.3%でした。これらのことから浮かび上がってくるのは、ワーケーションではリフレッシュ、リラックスなどの効果を得ながら通常の業務を行っている様子です。

もちろんこうした地域との交流や活動は新たなツーリズムを再構築するためには重要なポイントです。しかしそこから一歩踏み込んで関係人口や地方創生を観光の振興だけではなくより広く地域づくりにつなげることを目指しているのであれば交流だけではなく地域住民や企業と一緒に社会課題に取り組む、ワーケーション実施者や実施企業が何か新規ビジネスを立ち上げるきっかけになる、など双方にとって価値創造につながるものにしていくことが求められるでしょう。そのなかでワーケーションを通じて価値をどのように創造していくか、を探る時期に来ているのではないでしょうか。

観光業やサービス業ではホスピタリティ(もてなし)が重要だと言われています。サービスが主人(客)との主従関係にありますが、ホスピタリティでは提供する側・される側が対等であると説明されます。ホスピタリティは「歓待」とも訳されます。哲学者の國分(2011)は「寛容」と対比させながら「歓待」を「他者を受け入れることによって、主と客が共に変容すること」と定義します。一方で「寛容」を「既にある自分を維持しながら、他人を受け入れ、その存在に我慢(tolérer)すること」と位置づけます。これまでの観光や地域移住はもしかすると都市(や海外)からやってきた人に我慢するものではなかったでしょうか。またやってきた人が適応することも必要ですが、受け入れる側も変容することについてはどうだったでしょうか。

國分は「寛容においては、既に現実化されている本質の維持が前提されている。歓待においては、いまだ現実のものとなっていない本質が現実化する。歓待は新たな本質の生成であり、それ故に、歓待は「本質的」=「本質に関わる」(essentiel)といわれているのだ」と指摘します。ワーケーションは地域において「いまだ現実のものとなっていない本質が現実化」するためのものとして期待できます。そのためにワーケーション2.0において地域が提供するのはやってきた人を歓迎するホスピタリティだけではなく当事者、自分ごととして地域に関与する余地、すなわち「関わりしろ」になってきます。

このようにワーケーション2.0というフェーズを想定することで、地域や自分たちがやろうとしていること、いまやっていることの事業・企画のチェックや強み・魅力の発見につながれば幸いです。

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