ケチが嫌われる理由
子どもたちが遊んでいるときに目にするよくある光景。
夢中で1つのおもちゃで遊んでいるときに、誰かが他のおもちゃで遊び始めると、急にそのおもちゃに興味が湧いて取り合いになる。
今までいっさい興味がなかったのに、他人がさわりだすと急に興味が湧いたりするのよね。
これは人間の本能に近くて、
「他の人が良いと思っているものは、きっと自分にとっても都合が良いものであろう」
という考えが浮かぶからなんだと。
大人になっても同じで、
行列ができていれば気になるし、話題のものは見たくなる。
人間は相互に助け合って生き残ってきた生き物なので、
本能的に共感したり、共有したりしたくなるのよね。。
それに加えて、
「人は人を助けるだろう」
というのも本能的に備わっている。
「自分は誰かを助けるし、他人も自分を助けるだろう」
って心のどこかで思ってる。
家族や友達ならともかく、赤の他人であっても本能的にはそう考えてしまうのは、本能的な部分なんだと。
これが人間にある独特なものなのがおもしろいなあ~と。。
それで、タイトル回収だけども、
「自分は誰かを助けるし、他人も自分を助けるだろう」という本能的な部分が、
ケチが嫌われる理由に繋がる。
つまりは
「なにも周りを助けてない奴が救われるのは納得がいかねえ!」
って人間は思っちゃうのよね。
だからケチは嫌われる。
さて、嫌われたケチ人間はどうなるかというと、
集団から排除される。
集団から排除されると人間は生きていけなかったので、死んでしまう。
このサイクルが大昔はあった。
しかしながら今は生活保護とかの社会保障が充実してるので、
言い方悪いけど、完全なるフリーライダーができあがってしまえる。
他人を助けない人間でも、ぜんぜん死ぬことはなくなってしまってはいるのよね。
これは別に社会保障を批判しているのではなくて、
フリーライダーが嫌われるのは
人間が本能的にそういう人が嫌いというのが根付いてるから、って示したかったからだけね。
別に自分に特別被害はないのに、自分とは関係ないケチが嫌われるのってなんとも不思議じゃない???
別に赤の他人がケチであることなんてどーでもよくない???
て個人的には思うのだけどねえ~。
とにもかくにも僕も割とケチな人間なので、
好かれる要素はないのだけれども、
色々と考えながら適切に行動しないと、
損することに成りかねないよね~、というお話でした。
では。
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