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【随想】 「組織の意思」の話

 古今東西、「造らねばならない!」という前時代からの呪縛に囚われて造った物にロクナモノは無い。
 その好例は、超音速旅客機・コンコルドであろう。
 ヨーロッパ各国の“スッタモンダ”の挙げ句、完成したコンコルドは大騒音、燃費が悪い、乗客定員が少ない、維持費が嵩む……等の多くの問題点を抱えるシロモノであった。 
 つまり、コンコルドは“夢の超音速旅客機”などではなく「欠陥飛行機」だったのじゃ。

 組織に作用する“意思”には、「未来願望期」「現在決断期」「至上命令期」の3つの期間があると考えられる。
 これを「コンコルド」の例に当てはめてみると、次のようになる。

未来願望期:超音速旅客機を造りたい
現在決断期:超音速旅客機を造る
至上命令期:超音速旅客機を造らねばならない

 組織の意思が「未来願望期」から「現在決断期」までは、組織内で技術力の研鑽が活発におこなわれる。この期間を人に例えると、希望に満ちた“青春期”にあたる。
 しかし「現在決断期」が長期化すると、組織の意志は「至上命令期」へと移行する。この期間に入ると、大抵の組織は「〜しなければならない」症候群に罹患してしまう。
 この病には、採算を度外視してしまう症状がある。つまり、完成された物が生み出す(であろう)経済効果よりも、その物を「造ること」自体が組織の目的となってしまうのだ。「造って満足」の世界。後は野となれ山となれ。
 そこに「思考停止」症状も併発する。そうなってしまったら、もはや健全な組織経営とは申せない。組織崩壊の一歩手前の末期症状である。
 そんな「〜しなければならない」症候群によって造られたのが、超音速旅客機・コンコルドだといえるよう。
 されど、日本の民よ、このコンコルドの事例を遠い欧州世界で起こった“対岸の火事”と失笑している場合ではない。日本版コンコルドになろうとしている代物ブツが、現代日本で造られつつあるのだから。そんなロクデモナイ代物ブツとは何か?

 それは、“リニア中央新幹線”である。

 リニアモーターカーについて、老生の記憶によると、その開業は昭和55年(1980)であった。それが現在いまや平成を通り越して令和の御代。一向に開業には至っていない。それでもリニア中央新幹線を開業させようと、関係会社の鼻息は欲情した雄馬おすうまの如く荒い。
 されど、東海道新幹線が開業した高度経済成長期の頃とは違い、現代日本の国内で「夢の超特急待望」論は沸き起こっている気配は無い。まったく感じられない。今の御時世、“夢”よりも“現状維持”で手一杯。多くの日本人は、明日の夢より今日の飯代を欲しているのだ。
 時代は動いている。
 鉄道会社は、この時世じせいの移ろいに気付いていないのか。はたまた、気付きたくないのか。
 それは、まさに「〜しなければならない」症候群の症状のひとつ、「他人の意見が耳に入らなくなる」という危険な状態でもある。

 さて、リニアモーターカーの要である超伝導には大電力が必要だと聞く。ならば、その電力は何処から調達するのだろうか。
 火力発電所を増設する?
 それとも原子力発電所を稼働させる?
 どちらかを選択しても、また両方を採用しても、さまざまな団体から抗議の声が挙がるのは必定。世の中の流れを逆行している。流れに逆らってイイのは、故郷の川に戻ってきたシャケくらいなモンだろう。
 また、地下トンネルを掘削した際に生じる残土処理による生態系への悪影響も懸念されている。物をあるべき処から別の場所に移せば、必ず歪みが生じる。ヒトの傲慢によって破壊された自然は、もう二度と元には戻らない。
 たが、最大の問題(ニンゲン様にとっての大問題)は“南海トラフ巨大地震”の脅威であろう。地下深くを走るリニア新幹線、もし走行中に巨大地震に見舞われたら……人間はモグラじゃないから、生き埋め状態から生還できる確率は限りなく“ゼロ”に近いだろう。だから恐ろしくて、たとえ開業したとしても老生は乗ることはない。乗らないリニアに祟りなし。クワバラ、クワバラ……。
 それでも鉄道会社は幾重の障害を乗り越えて、リニア新幹線開業に向けて邁進するだろう。スピードを緩めずに。まるでイノシシのように……。

 運動の第一法則はいう。「すべての物体は、外部から力を加えられない限り、静止している物体は静止状態を続け、運動している物体は等速直線運動を続ける」と。
 大きな物を動かすには大きな力を要する。しかし、一旦動いてしまった物を止めるのは至難の業である。それは組織の意思にも当てはまる。

 いちど動き出した組織の意思は容易に止めることは出来ない。

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