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工芸の伝統を伝承すること

「なんも変わらんよ。マツ勘さんの注文はいつもよりちょっと遅くなったかな(笑)そういや、やっと雪が降ったね。今年は降るんじゃないか」
2020年ももう少し。年の瀬の挨拶に古井さんの元に行ってきた。新型コロナウイルスの影響について尋ねてみたが、古井さんは特に気にすることもなく、淡々と箸を塗り続けていた。

福井県小浜市に引っ越してきてから迎える二度目の年末。去年は、家の周りに雪が積もることはなかった。ぼくがスキー場のシーズン券を買ったのに、雪が全然積もらずほとんど行くことができなかったと古井さんに話した時、古井さんが昔登山やスキーなど、時間があれば山に遊びに行っていたことを話してくれた。最近ではスキーに行くこともないそうだが、あの会話以来、“雪”は共通の話題となった。

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工房にはいつも通り、心地良い古井さんの塗りの音が流れていた

この日塗っていた箸は「純金若狭」。持ち手部に卵殻と貝殻、金箔が上品に研ぎ出された若狭塗の意匠が施されている。細めで模様が主張し過ぎない上品なこの箸は、刺身や豆腐など、繊細なものを食べる時にぴったり。箸を持つ手も美しく見える大人の箸だ。

「それにしても金箔は高くなった。一番安い頃の3倍はする。こうやって職人するのもどんどん難しくなるな。箸職人で独立して、工房も家も建てる人は最近いないやろ。もう、わしで最後じゃないんか」確かに、箸の一大産地とは言え、特徴的な職人さんに出会うことは少ない。いや、一大産地だから量産を求めた会社が基本なのか。

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丁寧に使い込まれた道具たちが丁寧な仕事を生んでいる

「わしの若い頃は丁稚奉公やった。別に箸屋になりたかったわけでもない。でも、技を学ばんと食べれんかった。学ぶと言っても誰も教えてくれるわけでない。兄弟子のお手伝いをしながら見て学んだ。あの頃は必死やった。そんで独立して、今じゃ小浜市内に先輩たちは誰もおらんくなった。珍しい存在になってもうたわ」

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他の丁稚奉公先は断ったが、なんとなく箸屋には気持ちが向いたそうだ

若狭塗をルーツとする現在の小浜市の塗箸産業。古井さんのような伝統工芸士が作り出す若狭塗箸はその核だ。古井さんの伝統的若狭塗箸は、手にして毎日使い込むほどに優しい。ちょっと古くさいかな?なんて思っていた意匠もどんどん好きになる。
伝統的な若狭塗箸を模したような箸はたくさんあるけれど、もしこの核を失ったら、きっと産地としての強さを失う。伝統の背景や現在をその土地で体感できるかどうかは大切。ただ、この伝統工芸士の技をどう伝承するか。生業として成り立たせることはできるのか。海外の芸術のように文化として支援することが必要なのか。そもそも伝承は必要なのか。メーカーとして、個人の想いとして、古井さんに会いにいくたび悩んでしまう。

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少しづつ、古井さんと他の人には話せないことも話せるようになってきた

「年末年始も雪が降りそうやな。また、会いにおいで」
この日の別れ際、古井さんから嬉しい言葉をいただいた。年末年始の雪の報告も今から楽しみだ。

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この日撮影できた一番うれしい写真

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photo & text 堀越一孝

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