*脚本の本棚*10 TS
【監督・脚本・撮影】 籾井 洋太
【制作】 Artistmarks
【出演】 野崎 涼子 まつい ゆか
『10TS』映像はこちら2019年撮影
○ カフェ・店内A
女(ヒナタ)が、一人カウンターの内側に座って暇そうに肘をついて便箋に何かを書いている。
客は誰も入っていなく、カウンターの上に置かれた紙『店舗契約解除申告書――』を見て溜息をつくヒナタ。
ヒナタ(M)「タイプスリップしたら何をする? そんな事を真顔で聞くような胡散臭さ全開の男の話に真面目に答えた私もどうかしてたのかもしれないけど、あれからずっと光を避けるように日陰を選んで歩いてきた私は、ただ自棄になっていただけなのかもしれないし、日向に押し出してくれる何かが欲しかったのかもしれないし。今更後悔しても、聞きたいと思っても遅い事がある。そんな道を歩いてきたのはやっぱり私自身だったから――」
その下にあった紙には枝分かれした木のような図形が書かれている。
その紙を、黒いヘアゴムの付いたボールペンで適当になぞると、何かを思い出すように天井を見上げる。
× × ×
(フラッシュ)
一枚の紙に枝分かれした線が描かれている。
線を差しながら男と女が話をしている。
女(声)「――んー4つですかね。①が、お店に強盗なんて入らなくて二人とも普通に生きてて普通にお店やってる。②は父親はやっぱりいなくなっちゃうけど、
母親は体壊したりしないで一人だけど今でも元気にお店やってちゃんと生きてる。③はその逆。で、④が今」
男(声)「なるほど」
女(声)「え? 信じるのこんな話?」
男(声)「嘘なんですか?」
女(声)「いや、そう言う訳じゃないけど……普通いきなりこんな事言っても、適当な嘘ついてると思われるかなぁと思って」
男(声)「別に嘘なら嘘で、別に私には関係ないので」女(声)「あ、そう」男(声)「で、今回もし君がココにタイムスリップしたとして、そこで君が何をしようと
10分後に戻ってくるのは今と変わらずココ。何か過去と違う事をしても別の道、所謂パラレルワールドが増えるだけ。それは分りますね?」
女(声)「んーまぁなんとなく」
男(声)「で、あなたはタイプスリップしたら何をするんですか?」
女(声)「んー何をする、かぁ……何をしたいとかってのがある訳じゃないけど、強いて
言うなら……確かめたい、かな。だから私は――」
× × ×
タイトルイン【10TS】
○ カフェ・入口外B(夜)
大きめの服を着た女(ヒナタ)がゆっくりと入り口の前まで歩いてきて、建物を見上げる。
〇 カフェ・店内B
一人の女性(カエデ)がカウンターの席に座ってノートに何かを書いている。
カエデが持つペンには赤いヘアゴムが付いている。
店は閉店した後で、他にはもう人はいない。
カエデは、妊娠して膨らんだお腹を押さえながら、軽く伸びをしている。
〇 カフェ・入り口外B
ヒナタは入り口のドアノブに手をかけるが少し躊躇い手を放す。
少しの間入り口の前でうろうろとするも、意を決したように大きめのフードをかぶり勢いよく店内に入っていく。
〇 カフェ・店内B
勢いよく店内に入ってくるヒナタ。
ドアの音に驚いて入り口の方に振り返るカエデ。
カエデ「!!」
ヒナタ、ドアを閉めると少し俯きポケットに手を入れてその場に立っている。
カエデ「……あ、ごめんなさい。今日もう閉店しちゃったんですよねぇ」
ヒナタ「……」
カエデ「……あの~」
すると、勢いよくポケット手に手を入れたまま、手をカエデの方に向ける。
カエデ「!! ……え?」
ヒナタ「……」
カエデ「……」
ヒナタ「……金」
カエデ「……え?」
ヒナタ「だからお金!」
カエデ「……え!?」
ヒナタ「大きい声だすなって!」
カエデ「あ……うん」
ヒナタ「お金……」
カエデ「もしかして……強盗……??」
ヒナタ「良いからお金だって」
カエデ「お金って言われても……ないんだよなぁ」
ヒナタ「は?」
カエデ「だから、無いの。お金」
ヒナタ「無いって……そんなに売れてないのか?」
カエデ「え?」
ヒナタ「少しくらいあるだろ普通!」
カエデ「……」
思わず笑いだしてしまうカエデ。
ヒナタ「なんだよ!」
カエデ「あ~ごめんごめん。いやそうじゃなくってさ」
ヒナタ「だから何がだよ!」
カエデ「まぁ確かにそんなに売れてる訳じゃないけどさ、もう今日の売り上げも持って行っちゃったから」
ヒナタ「あ、そう言う事か」
カエデ「分かった? だからホントにお金ないの」
ヒナタ「……でも、少しくらいは」
カエデ「自分のお金も持って来てないからないんだよねぇ」
ヒナタ「そうなんだ……」
カエデ「……なんか、ごめんね」
ヒナタ「は?」
カエデ「なんか、お役に立てなかったみたいで」
ヒナタ「……なんでだよ!」
カエデ「え?」
ヒナタ「強盗だぞ! なんでそんなお気楽にしてるんだよ! 襲われたらどうすんだよ!そんなんだから――」
カエデ「ん?」
ヒナタ「あ、いや……」
ヒナタ、思わずカエデに詰め寄った所で、カエデのお腹に気が付く。
ヒナタ「……え? もしかして、お腹……」
カエデ「ん? あぁうん。赤ちゃん」
ヒナタ「……そう、なんだ。え? って事は」
カエデ「ん?」
ヒナタ「あぁいやなんでも……えーっと、何人目?」
カエデ「え? 一人目だよ」
ヒナタ「あぁそっか。そうだよな」
カエデ「なにそれ~やっぱ強盗さんちょっと変な人だねぇ」
ヒナタ「は? 何だよそれ。私はただ――」
カエデ「悪い人には見えなかったから」
ヒナタ「え?」
カエデ「あなたの目を見た時、何か悪い人だとは思えなかったんだよねぇ」
ヒナタ「……」
カエデ「そりゃもし厳つい男の人とかだったら怖いけどさ、なんか……なんだろ、怖い人ではない気がするって言うか、親近感みたいの感じたって言うか……んーごめん。自分でも良く分かんないんだけどさ」
ヒナタ「……」
カエデ「まぁ、強盗とかしようとする時点で良い人なはずはないんだけどね普通」
ヒナタ「……そうだよ。ホントに悪い人だったらどうすんだよ」
カエデ「なにそれ~強盗に入った本人が言うセリフとは思えないなぁ。何? 本当は、ホントに悪い人なの?」
ヒナタ「いや……それは」
カエデ「……」
ポケットから手を出し、ポケットの中身を見せるヒナタ。
手にはボールペンが握られているだけ。
カエデ「そんなボールペンで強盗~??」
ヒナタ「うるさいな」
カエデ「やっぱりね~」
ヒナタ「だからって悪い人じゃないとは限らないだろ」
カエデ「なに? 悪い人だと思われたいの?」
ヒナタ「いや、そう言う訳じゃないけど……不用心すぎるだろ」
カエデ「強盗さんが心配までしてくれるの? ありがとうございます。でもホントこの店に取るようなもんなんてほとんどないからなぁ。強盗入るならもっと良い店に入るんじゃないか――」
ヒナタ「だからって気を付けなきゃ入らないとは限らないんだって!」
カエデ「……? まぁ……そうだけど」
ヒナタ「あ、いや。ごめん」
カエデ「なに? 強盗さんむしろ良い人なの?」
ヒナタ「そう言う訳でもないけど……」
カエデ「まぁ良いけど、強盗じゃないならなにしにきたの?」
ヒナタ「何しにって言われても……」
カエデ「んーじゃあ、名前は?」
ヒナタ「は?」
カエデ「名前。強盗さんってのも変でしょ」
ヒナタ「いや、それは」
カエデ「名前くらい教えてくれても良いじゃん」
ヒナタ「いや、んー……」
カエデ「あ、私も名乗ってないか。私は、木崎カエデです。はいそれじゃあなたは?」
ヒナタ「……え~っと」
カエデ「……」
ヒナタ「……ひな……た」
カエデ「ん?」
ヒナタ「だから、ヒナタ」
カエデ「え!? 嘘!?」
少しお互い無言のまま間が空く。
そして、カエデが笑い出す。
カエデ「ははっは~」
ヒナタ「は? 何だよ! 確かに似合わない名前だと思ってた――」
カエデ「あぁごめんごめん。そうじゃなくて。ちょっとビックリしちゃって」
ヒナタ「……」
カエデ「この子ね、女の子だったら日向(ひなた)って名前にしようと思ってたから」
少し俯くヒナタ。
カエデ「あれ? ビックリしない? ホントだよ~」
ヒナタ「あ、いや……そう、なんだ」
カエデ「だから何か親近感感じたのかな~」
ヒナタ「そんな訳ないじゃん」
カエデ「分ってるよ~でもなんか、ちょっとこんな風に育ってくれたら良いなぁとか思っちゃった」
ヒナタ「は? 何言ってんの。強盗しちゃうような奴に育ってほしいの?」
カエデ「ははは~確かに強盗はして欲しくないけどさ、なんだろ、暖かさみたいなのを感じたって言うか、日向だけに?」
ヒナタ「……」
カエデ「ちょっと! 少しは何か笑うとかしてよ。私が滑ったみたいじゃん」
ヒナタ「……なんで?」
カエデ「え?」
ヒナタ「名前。なんでヒナタって名前なの?」
カエデ「なんでかぁ……知りたい?」
ヒナタ「うん」
カエデ「まぁそんな大それた理由じゃないんだけどさ。このお店ね、あの人の夢だったみたいなの。あぁあの人ってこの子の父親ね。私もさ、あの人と出会う前は夢とかあって結構頑張ってたんだけど、楽しかったけどなかなか上手くいかなくて、そんな時にあの人と出会って。誰かと一緒に頑張るのも良いなって。
誰かと一緒に夢を見るのも良いなって思ったりして」
ヒナタ「……」
カエデ「あ、ごめん。ちょっと話逸れちゃってるね。まぁそれで、だからさ、この子にも、ただ何となく生きるんじゃなくて、そう言う何か夢とか目標とか持って生きて欲しいんだよね。苦労も沢山するだろうけど、そういう人の方がさ、なんか暖かい気がしてて。まぁ暑すぎる時もあるけどね」
ヒナタ「……」
カエデ「日向ってさ、太陽が当たってるから暖かいじゃん。まぁそれもあるんだけど、太陽が当たってるって事は太陽が見えてるんだよ。だから夏は暑くて大変だったり苦労もするけど、それでも日向では光が見えてるの。日向に生きてる人は、光を見て生きてるの。そんな人になって欲しい、みたいな? まぁ実際は何となく気に入っちゃったってのが大きいんだけどね」
ヒナタ「……そっか」
カエデ「もしかしたら、ヒナタちゃんの親もそんな気持ちで名前つけたのかもよ」
ヒナタ「……そう、かもね」
カエデ「あ、何かごめんね。勝手に話しすぎちゃったかな」
ヒナタ「ううん……後悔とか、ないの? 夢、あったんでしょ?」
カエデ「え? ないない~適当な夢だったって訳じゃないんだけどさ。ずっと変わらない夢を見続けるってのも勿論素晴らしいことだと思う。でもさ、諦めるとかじゃなくて、夢の形が変化していくってのも悪い事じゃないと思うの。いつか死ぬ時に、良い人生だったなって思えればそれで良いの」
ヒナタ「……なにそれ」
カエデ「え~ダメ~?? あ、そうだ! 良い事思いついた!」
ヒナタ「え?」
カエデ「ヒナタちゃん、ここでバイトしない?」
ヒナタ「は?」
カエデ「いや、だってさ。この店ほとんど私とあの人と二人でやってるから。私今こんな感じだし、生まれてからも今までみたいにお店に出られる事も少なくなっちゃうだろうしさ」
ヒナタ「いや、だからってさ」
カエデ「なに~? 嫌なの?」
ヒナタ「嫌って言うか……」
カエデ「あの人も絶対認めてくれるから。だってヒナタだもん」
ヒナタ「名前だけでそんな事――」
カエデ「強盗入ろうとするくらいなんだからお金に困ってたんじゃないの~??」
ヒナタ「いや、困ってたって言うか。まぁ確かにお金は欲しいけど、でも」
カエデ「ヒナタちゃんがいたら防犯にもなりそうだしね」
ヒナタ「は? 何だよそれ」
カエデ「冗談だよ冗談。ヒナタちゃんだって女の子だもんね~」
ヒナタ「ふざけんなって」
カエデ「ははは~やっぱ面白いなぁ。ホントダメなの?」
ヒナタ「……」
カエデ「……」
ヒナタ「……やりたい……とは思うけど、ここでは、無理なんだ」
カエデ「……」
ヒナタ「……ごめん」
カエデ「……そっか。残念、だけど、何かそんな感じしてた」
ヒナタ「ごめん……そろそろ行かなきゃ」
カエデ「……また、会えるかな?」
ヒナタ「……うん。多分、遠くない未来には」
カエデ「……そっか。良かった」
ヒナタ、入り口の方に歩いていく。それを見つめるカエデ。
入り口のドアに手をかけた所で立ち止まるヒナタ。
ヒナタ「私も、日向に出れるかな?」
カエデ「ん?」
ヒナタ「……うん。決めた」
カエデ「……」
ヒナタ「……」
カエデ「……」
ヒナタ「戸締り! ちゃんとしろよ! 閉店したらすぐ鍵は閉める! あと、何も知らない人をすぐに信用したりしない! 二人とも! 本当にクソみたいなやつらだって沢山いるんだから! あと……あとは、いくらお店の為でも無理はし過ぎない。
そんな身体が強い訳じゃないんだから……あと……子供はちゃんと育てて……お店も大事だけど、寂しくないように……あとは……あとは……」
カエデ「……うん。分かった。ありがと」
ヒナタ「……それじゃあ」
入り口から出ていくヒナタ。
それを見送るカエデ。
と、ヒナタがポケットから出したペンが机に忘れられている事に気が付く。
立ち上がりペンを拾いに行くと、そのペンには黒いヘアゴムが巻かれている。
カエデ「あれ?」
自分の持っていたペンと見比べるカエデ。
それを見て少し微笑むと、自分のペンに付いていた赤いヘアゴムをそのペンに付け、それを持って入り口から出る。
〇 カフェ・入口外B
店内から出てくるカエデ。
辺りを見渡すも、ヒナタの姿はもうない。
カエデ「……」
気が付くと、手に持って来ていたはずのペンも手になかった。
少し不思議に思うも、ふっと笑うと笑顔で店内に戻っていくカエデ。
ヒナタ(M)「過去が変わっても現在は変わらない。現在を変える為には今を変えるしかない。そんな綺麗事みたいな事をあの胡散臭い男は言ってたけど、今なら何となく分かる様な気もしなくもない――」
〇 カフェ・店内A
カウンターに座って肘をついて便箋に何か書いているヒナタ。
ヒナタ(M)「――あいつが実はすごい奴で本当にタイムスリップしたのか、全部ただの私の夢か妄想だったのか、そんな事はもうどうでも良くて、楽しく光を見て生きている人が時に眩しくて見たくなくて、時にムカムカしてたのも、結局は自分が日陰から見ていたからで。そんな漫画みたいな綺麗事を、
ただの綺麗事だと一蹴して鼻で笑い飛ばすのか、何となく腑に落ちている
のか、それだけ違いだけなのかもしれないと今では思う――」
枝分かれした木のような図の書かれた紙の横にある『店舗契約解除申告書』顔を上げ、店舗契約解除申告書をぐちゃぐちゃに丸めてゴミ箱に投げ入れる。
そして、書いていた便箋(○○病院〇号室木崎カエデ宛)を封筒に入れ、封筒を引き出しに入れる。
引き出しには幾つもの封筒が入っていた。
ヒナタ「……タイムスリップがあるんだし。読んではくれてるよね。きっと」
引き出しを閉めると立ち上がる。
ヒナタ「よし、やるか~!」
明るい顔でカウンターから出ていくヒナタ。
ヒナタ(M)「――タイプスリップしたら何をする? そんな事を真顔で聞くような胡散臭さ全開の男の話に真面目に答えた私もどうかしてたのかもしれないけど、
良い人生だった。一番近くにいた母さんが良く言っていたどこかの漫画で見たような台詞も、一歩日向に出てみたら、何となく少しは腑に落ちるようになった気がした、10分間のタイプスリップだったかも」
楽し気に入り口の扉を開けるヒナタ。
机の上に置かれたペンには、黒いヘアゴムと赤いヘアゴムが付いていた。
終 -10
朗読&読み合せ脚本の本棚✨|まついゆか #note
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