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BIMは建築士を何処へ導くのか

松井一哲/Kazuaki MATSUI
下記の文章は、日本建築学会『建築討論』に寄稿したエッセイをもとにしています。

建設業界と業界外を経験して

本文の内容を考慮すると、まず話を始める前に自己紹介が必要だと考えられるので、簡潔に自らについて述べさせていただく。私は大学院の建築学専攻を卒業後、日建設計という設計事務所に新卒で入社し、意匠設計者として働いたのち、昨年、WeWorkというコワーキングスペースを提供する会社に転職し、インハウスの設計者として働いている。いいかえれば、創業120年以上の歴史がある老舗の日系専業企業と、コミュニティを軸に新たなビジネスモデルを模索する外資系スタートアップ企業という正反対の環境を経験した。
前職では曲がりなりにも建設業界で一級建築士として身を立てていたわけだが、業界外に出て初めて気が付けた建設業界の特殊性も多くあった。比較対象が出来たこと、建築に対して一人称ではなくなったことで、相対的に物事を捉えられる機会が増えたのかもしれない。
今回は「建築討論」という日本建築学会主催のホームページ上での搭載を前提としているため、建設業界外で働く人間というスタンスで、業界内で働く専門家/建築士に向けた評論を記述したい。


建設業界の建物への関わり方

考えてみれば当たり前のことだが、まず初めに実感を持って認識した建設業界の特性の一つとして、設計者や施工者というのは建築のプロフェッショナルであるにも関わらず、建物の生涯という意味では、かなり限られた期間にしか建物に関与をしていないということがある。建物は、企画構想から始まり、調査、設計、工事を行い、竣工を迎え、運用に移る。建物に関わる年数やコストで言えば竣工後の方が遥かに長く大きいが、設計事務所や、ゼネコンにとっては「竣工」こそがゴールであり、その後は修繕工事等で短期的・部分的に建物に関わるだけに留まっている。


インフォメーションという不都合な真実

前職の設計事務所では、担当プロジェクトにおいて、企画設計から確認申請、その後の現場まで、一貫してBIMを活用して設計を行った。そのプロセスにおいて、BIMならではの恩恵も数多くあった。例えば、レイアウト検討段階でのリアルタイムな施主への3Dイメージ共有や、Rhinocerosと併用した外装パターンのパラメトリックデザイン検討、都市モデルデータを用いた効果的な看板の設置位置検討、日影や風、光環境の解析を行うシミュレーション等、活用した場面は枚挙にいとまがない。
一方で、これは不都合な真実かもしれないが、BIMを導入している設計事務所やゼネコンが、対外的にはBIM活用を高らかに謳っていても、現場のプレイヤーレベルではBIMを上手く使いこなせているという実感を持てずにいる人たちが大多数であるという事実にも気が付いた。
BIMとは「Building Information Modeling」の略称だが、その仕組みは「インフォメーション」と「モデリング」の2つに大別できる。先ほどのプレイヤーにBIMを使いこなせていないと感じさせる大きな要因は、設計事務所やゼネコンにおいて、BIMは「モデリング」ソフトとしての側面が大きく、「インフォメーション」の扱いについてはぞんざいであることが挙げられる。私の前職でのBIM活用事例についても、ほとんどがモデリングソフトとしての機能に拠っており、その片手落ちな使い方に後ろめたさのようなものを感じていた。


インフォメーションが置かれている立場

何故このような状況にあるかというと、前述の通り、現状のBIMプレイヤーである設計事務所やゼネコンの業務範囲が余りにも限られていることに起因している。BIMを作りこむ作業は設計のため、施工のためであり、それ以上の「インフォメーション」は、人件費がかかりこそすれ、応用できるフィールドが業務範囲内に用意されていない。
また、組織設計事務所のような大所帯の事務所においては、設計者によってソフトウェアに対するリテラシーが異なるため、CADソフトを使っているチームもいれば、BIMを使っているチームもあり、BIMを用いたプロジェクトにおいても、意匠、構造、設備担当で各々のBIMのソフトウエアが異なるケースも多い。こうした状況は、組織自体が「インフォメーション」というものを軽視している姿勢の表れともいえる。これでは、どれだけBIMを作りこんでも、プロジェクトを跨いだ組織全体でのデータ収集が困難なため、その先の統合的なデータの活用ができない。
また同時に、プロジェクトを跨いだ統合的なデータの活用には、どの様なデータをどの様に抽出するのか、事業内容の必要性に合わせて策定し、それを可能とするプラグインをBIMに実装することが重要になる。だが、それを可能にする優秀なシステムエンジニアやプログラマーはなかなか建設業界に集まりにくい。IT業界に比べ給料が高いわけでもなく、先駆性があるわけでもない業界には興味が湧きにくいというのが外から見た本音なのだろう。


BIM活用の場はどこか

私は建設業ではない事業者こそ、BIMを活用しきるポテンシャルを秘めていると考えている。何かしら事業を行う上で、実際に店舗やビル等の「空間」を必要とし、建物が出来る前の企画構想から、建物が出来た後の運用を行う事業者こそが、BIMで作りこんだ「インフォメーション」の活きる領域にメインキャストとして携われるのではないか。
例えば、事業を行う敷地を検討する不動産部隊やその場所ごとで売るモノを決める営業部隊との数値データ共有による方針策定、事業を行う上で必要な施主支給品の倉庫と連動した在庫管理、リアルタイムでの全国の拠点のファシリティマネジメントなど、事業の数だけ活用の方法はある。


建築士が働く場の拡張

これまで設計行為の伝達手段は、手描きもCADも「図面」が共通言語だった。「図面」は3次元の建築をハンドリングの容易な2次元の紙に記録し伝達できる、千年以上かけて洗練化したツールといえる。BIMもその「図面」を書くツールの一つだと考えられているが、書くことだけが主目的ではない。BIMで活用すべき中身は、むしろ図面を印刷しても現れない集約されたデータにこそある。その点においてBIMはCADと大きく異なり、また、事業者側にこそBIMの使い手がいた方が良い理由と言える。
2020年1月、あらゆるモノやサービスが繋がる実証都市として、TOYOTAが「Woven City」を発表した。資本のある事業者側に、情熱があり、事業への深い理解があり、建築/都市の専門家として海外の建築家ともコミュニケーションができる、建築系の人材がいるからこそあの様な計画が立案できているわけだが、今後、無事に運用段階に移った際は、建物のデータ活用も多面的に想定しているのだろう。こうした事業には、竣工で関係性が途切れない広義の意味での建築系人材が必要になる。
現状、BIMの使い手がほとんど建設業界内だけに限られているのは、BIMを使いこなすスキルやリテラシーを持つ人材がまだ業界外に少ないだけであり、ニーズは確かに存在する。建築士が「業界外」でも、もっと活躍すべきフェーズに時代は移行したのではないか。

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