見出し画像

【短編】それでも彼女は世界に問い続けなければいけない

 時間が過ぎていくのは平等でそして残酷で、そして実感が無い。これは昔からそうだった。気が付いたら小学生、気が付いたら中学生。そして気が付いたら大学生になっていたのは自分だけではないのかも。
 
 でも、私はある意味「時代的に特別枠」だった。
 
 世界的なコロナの流行。人と関わることを減らされて、表のコミュニティが縮小して、私の思い描いた大学生活は全部違ったものになった。最低限だけ大学に通い、あとはリモート授業を受けてそれでレポートの提出、時間が経ったらテストを受ける。ただそれだけ。
 
 癒しみたいなものは動画サイト、SNSで繋がった仲間たち。皮肉なことに時間が過ぎれば過ぎるほどに大学での友人よりもネットで作った友人たちの方が結果として多くなってしまっていた。もちろん彼らの本名はおろか、声すらも、顔すらも知らないのだけれど、自分の居場所を求めた結果、私はそんな知らない人たちと毎晩通話をしてくだらない話をして過ごすことになった。
 
 大学に入るために上京した。でも、状況が状況なだけに正直言えば下宿する意味がない。そのことを親に相談した。アパート代だって馬鹿にならない。通わない大学の近くに住んでいても全く意味がない、大学にはテストの時だけ行けばいいんだから。でも親は「一人暮らしもまた勉強だから」と私に言い、そのまま一人暮らしを続けることになった。
 
 時間が過ぎると私は3年生になっていた。状況はやや緩やかになっただろうか?そんなことを考えてはみたものの、より現実的に私に迫っていたのは「就活」だった。時間が過ぎれば就職して社会に出ていくことになる。今のような生活から一気に社会人。会社に通うことが始まる。
 
「・・・出来るだろうか?」
 
 暗い部屋の中で明るさを放っている画面。その向こう側にはインフルエンサーとか配信者が毎日のようにテンション高く〝自分を謳って〟いる。それをずっと見ながら私は課題をやったり、たまに酒を飲んだり、煙草を吸ってみたり。いろんなことをしていただけだ。
 
 でも、全てが虚無に感じているのも事実。
 
 憧れの生活を求めて大学生になった。高校生の時、勉強に身を投じたのも大学に行ってその生活を楽しむためだと言ってもバチは当たらないだろう。
 
私の部屋には本がある。自分という名の本がある。
 
その本には欠落したページが数枚存在する。
 
欠落したページは「青春」の1ページ。
 
1ページどころか「大学生」という章が欠落しているかもしれない。
 
そんな本を持っている。
 
 暇になるとその本を開きに行く。でも、そこにあるはずの章がまるっと消えてどっかへ行っている。思い出に浸ることもない。「あの頃の自分は」と高らかに語ることも出来ない。
 
「これって・・・悲しいのかな」
 
 雨が降りしきる夜に窓を開けてその音を聞いた。
 
世界の色は変わらないまま、自分の目の色が変わって、世界が灰色に見えてくる。希望の光は消え失せたのに、絶望の暗闇が見えることもない。
 
「本当にどっち付かずのグレーな世界。白黒はっきり付けなよ!」
 
 って怒鳴りたいくらいにもやもやしている。
 
 そのモヤモヤがやがてイライラに変わってくれば、ネットで誰かを虐めてみたり、誰かの正義を間借りして、とんでもない相撲を演じることも出来るかもしれないけど。
 
「私はそんなことが出来るほど、人間が出来ていませんです」
 
 そうつぶやくとまた私はパソコンの画面に向かってお気に入りの動画とか配信者を眺めつつ、夕食にかじりつく。
 
「それでも私は世界に問い続けなければいけないか」

そう呟きながら。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?