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【短編】3番街、ガーベラとセレンの会話劇より抜粋〝映画のネタバレ〟
私の同僚セレン。彼女はロボットで、自分で疑問を持つ。
セレンはボイラー整備の合間を縫って子供たちに学問を教えている。子を持つ親から頼まれたのだ。せめてこんな地下世界でも自分たちに与えられる物は何かを考えたのだろう。自分と同じようにはなって欲しくないとその願望が私の耳に届き、私はそれを許諾した。忙しくなければいくらでも教えるようにと。
そんなある時、セレンは私に疑問をぶつけた。どうやらある子供が喧嘩をしたらしい。しかし彼女に分からなかったのはその喧嘩の理由である。話を聞くと発端は地下世界でたまに上映されるお古の映画だという。当然、まともなものは限られていて、子供たちが見ることが出来る映画場では映写機も骨董品みたいなのが動いていれば、そのフィルムだって古ぼけている。問題はその映画は過去にも何回も何回も上映された物。するとどうなるか?
「どうやら年上の子供が、まだ見ていない子に映画の結末を話してしまったみたいなのです。それで喧嘩に」
「・・・ああ、俗にいうネタバレってやつね」
私はマイナスドライバーで古くなったパッキンを抉りながら答えた。
「・・・ネタバレはダメな物なのでしょうか?」
「そりゃあねぇ、楽しみが奪われるというか、価値が無くなるというか、なんていうの?見る意味が無くなるというか・・・」
セレンは持っていたレンチを眺めている。
「不思議なものです。人は最後に死ぬっているネタバレを食らっていても、誰も怒りませんよね」
私はセレンの方をじっと見た。
「・・・あんた、たまーにとんでもない事を言うわね」
「すいません。気に障ったのなら申し訳ないです」
「まあでも、不思議よ。人は必ず死ぬってわかっていて、それでもなお生きる。まるで映画館から出てきた人からことの顛末がどうなるかってのを聞いて〝ああ、最後に主人公は死ぬんだ〟って言われれば映画を見る楽しみが消える。これと同じってことでしょ?」
「そうです」
「だからあんたらロボットにとっては理解できないかもしれないけど、人って大抵の場合死ぬってことを忘れて生きてんのよ」
「忘れて・・」
私は溶接用のバーナーを指さした。
「あのボンベのバルブが緩んでこの小部屋にアセチレンガスが充満して、静電気の火花が飛べば私は消し炭になる。それと、あんた。あんたの腕から高圧電流が漏れ出てふとした拍子に私に触れれば感電してまる焦げ。地上を歩けば鉄の塊の自動車が私に突っ込んでくるかもしれない」
「いつ死んでもおかしくはないってことよ。でもそれを無意識に忘れる。・・・もちろん全員じゃないけど」
「忘れていいものなのでしょうか?」
私は煙草に火をつけた。
「・・・私は生きることはきっと、死ぬことを忘れている状態だと思ってる。だから死ぬのはきっと死ぬことを思い出した瞬間だよ。それが自分の意思であろうが、他人の意思だろうが、不可抗力だろうが」
映画のネタバレを食らって気分がいい奴なんかはいない。だってそれはそのネタバレを常に意識して映画を見てしまうから。だったら答えは簡単だ。そのネタバレを意識しなければいいだけのこと。でも、現実にそれは出来ない。覚えてるから、知ってるから。
「オチを知っていても、楽しめるように人生は出来てる。なんか不思議でしょ?」
私が覚えている最初の死は祖父。祖父は優しかったし、厳しかった。その両方を持ったまま天国か、あるいは地獄へいってしまった。私の中にはその記憶しか残っていない。その残った記憶が私の祖父。でも、日にちが経つにつれて忘れていくんだ。死んだことを忘れていく。まるでそこに何もなかったかのように記憶が抜けていく。
「世の中には起きたこと全部を覚えている人がいるみたい。逆に直ぐに忘れてしまう人もいる。きっとそういう人たちは違うんだろうな、生きると死ぬっていう意味合いが」
「・・・ガーベラさんの言わんとすることは何となくわかります。ですが、ではネタバレをしてしまった子供にはどう指導すれば?」
「そんなの簡単よ、人が嫌がることはするなって教えればいい」
「ただ、それだけのことなのにね。かっこつけた正論とか正義とか正しさなんかどうでもいいの。そうやって何が好まれて何が嫌われるかっていうのをしっかり子供のうちにやっておければいいのよ」
「答えなんかなくて、経験が生きて、だから大事なの。考えるってことがね」
今日もセレンは子供たちに向き合っていく。
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