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「いま転職すべきでしょうか?」に対する認知科学的考察

キャリア支援のお仕事をしていると日々様々なご相談をうけます。なかでも、頻出問題ともいえる問いの一つに、

「いま転職すべきでしょうか?」

というものがあります。

個人が第三者に対してこのような相談をするに至るまでには、きっとそれぞれに様々な事情や背景、感情があるはずで、そう考えると YES or NO で即答できる簡単な問いではないことは想像に難くありません。この個別事情が絡み合った即答の難しい問い。考えるアプローチはいくつかありますが、今回はこの問いを「認知科学」の観点から考察してみたいと思います。

認知科学的に考えるとは

最初に簡単に認知科学について触れておきます。認知科学は1950年代に生まれた比較的新しい学問で、心理学、哲学、神経科学、言語学、人類学、教育学、人工知能研究などからそれぞれの関心のもとに研究が展開されているパラダイムですが、共通するのは

人間の心の性質を理解すること(米国認知科学会)」

という点になります。そしてこの認知科学では、人間の「心」をある種の計算メカニズムをもった「情報処理システム」とみなします。

 ✔ コンピュータによる情報処理

≪インプット≫ → ≪関数≫ → ≪アウトプット≫

 ✔ 認知科学からみる人間の行動

≪外部刺激≫ → ≪心≫ → ≪行動≫

認知科学の背景となる「行動主義」アプローチ(1913年米国ジョン・ワトソン博士)では、人間の行動は「刺激」と「反応」の関係だけで捉えられていました。しかし、その後「刺激」と「反応」だけでは説明のつかない人間の行動が注目され研究されてきたのが認知科学的アプローチになります。つまり、認知科学的アプローチとは入力と出力の間にある「心」という情報処理システムに関心を向けた学問ということになります。そして、この「心」という物体としてに目にみえないものを扱うこの認知科学が具体的に目指すもの、それは「モデルの構築」であると規定されます。

認知科学研究の国内第一人者である安西祐一郎先生の言葉をお借りすると、この「モデル」とは「特定の領域における研究対象について、説明の目的に照らして大事だと思われる特徴を表す概念とそれらの間の関係を整合的に表した表現」と解説されています。これはシンプルにすると、「ある事象を上手く説明できるフレーム」という表現でも良いかと思います。

 ✔ 認知科学からみる人間の行動

≪外部刺激≫ → ≪心:認知モデル≫ → ≪行動≫

この行動の背景にはこんな認知モデルがある、と仮定すると外部刺激と行動の辻褄が合う。これが「モデルを構築する」ということです。

認知モデルとは

ここまで簡単に認知科学アプローチについて解説してきました。人間の行動は外部刺激に対する認知モデルの処理結果である、と。

例えばこれをビジネスのシチュエーションに置き換えてみるとどういう場面が想像できるでしょうか? 一昔前であれば、たとえば「出世」「昇進」「ボーナス」という共通の外部刺激があることで、一律に「とにかく頑張る」という行動のアウトプットが得られていました。これは「出世すること=勝ち組」、「出世コースから外れる=負け組」というある種の同質的な認知モデルが世のビジネスパーソンに備わっていたからです。

しかし、VUCAの時代と言われる現代においては個々人の認知モデルも多様化(昇進には興味がない、そこまで稼ぎたいわけではない、べつにいつ辞めても良い・・)してきているのは実感されるところと思います。この状況下では、企業が提示する全員共通の外部刺激に対して、企業が求めたいアウトプットと、個人が出力するアウトプットにズレが生じてもなんら不思議ではありません。そしてこのズレは個人側からみると職場に対する違和感の素となる可能性をはらんでいます・・・。

少し話を戻します。

 ✔ 認知科学からみる人間の行動

≪外部刺激≫ → ≪心:認知モデル≫ → ≪行動≫

このように認知科学では、人間の行動は個々人がもつ認知モデルの処理結果であると定義しました。また、同じ外部刺激にたいしても保有する認知モデルによっては、ある場面ではうまくいかないだろうな、、やりたくないな、、といったセルフ・エフィカシーの低い行動が生まれ、同じ外部刺激にたいしても認知モデルによっては絶対できる!絶対に成し遂げたい!といったセルフ・エフィカシーの高い行動が生まれる、ということも起きえます。

セルフ・エフィカシー self-efficacy:カナダの心理学者A・バンデューラが提唱した概念。ある状況下において自分が必要とされる行動を上手に行うことができるかどうかという可能性の認知のことを指す。
日本語では「自己効力感」と訳される。

たとえば、ビジネス上で大きなトラブルが起こるという外部刺激があった場合、個人の保有する認知モデルによって、人によってはリカバリーは無理だ、、上手くいくはずがない、という行動を生む場合と、このピンチは明らかにチャンスだ!という行動を生む場合がある、このようなイメージです。

つまり後者のように、自分自身の行動をより能動的、自発的、パワフル、エネルギッシュ(セルフ・エフィカシーが高い状態)にするためには、認知モデルをアップデートさせることが有効となります。

では、この認知モデルはどうすれば変容させることができるのか。認知モデルは無意識レベルで作動するプロセスのため、自分自身も自ら自覚することも難しく、無意識化であるがゆえ、努力、根性、気合い、決意といった意識的なもので変容させるのは困難と言われています。

では、変容は不可能か?その答えはNOです。認知モデルは変容させることが可能で、その鍵はゴール設定(未来像)にあります。それまでの延長上にある想定可能なものとは明確に異なる、ゴールイメージに圧倒的な臨場感を描けるかどうかがまず重要となりますが、ここにはポイントが二つ。

その設定するゴール(未来像)が、

①「心からのWant to」に基づいていること

②「現状の外側:非連続」に設定されていること

この二つを満たすことです。

本音のなかの本音として欲するWant to(やりたいこと、なりたい状態)に圧倒的に没入することが出来れば、認知モデルは変容アップデートされ、よりエフィカシー高い状態でそのゴールに向けて行動していくことが可能
となります。現状の延長上ではない本音のWant toに基づくゴール設定(未来像)をし、そこに圧倒的臨場感をもてたとき、心と脳は現状とゴールの間にあるギャップを埋めようと働きだしていきます。
たとえどうすれば到達できるかわからなくてもです。

心理的ホメオスタシス

人は本当になりたい、ありたいWant toに出会えたとき自然と身震いするような感動を覚えるものであることは弊社で運営するミライフキャリアデザイン(MCD)においても数多となく事例をみてきました。現状の外側:非連続なところにあるゴール(未来像)に向かって力強く歩を進めていくエネルギーがそこには充満しています。

その一方で、我々人間にはたとえば暑さを感じれば汗をかいて体温を下げようとするといったような生命維持における「元に戻ろうとする力」つまり恒常性の維持機能であるホメオスタシスが元来備わっています。そしてこのホメオスタシスは、身体と同様に心にも存在(心理的ホメオスタシス)します。
変わりたくないという無意識、これまで通りの日常でいたいと思う無意識、ダイエット後のリバウンドなどはまさにそのものと言えますが、心は変化に対してホメオスタシスの力で、コンフォートゾーンと呼ばれる元通りの状態に引き戻されていくという本能があります。これは人間としての本能といえるものであり、決してこれ自体が悪ということではありません。

では、この心理的ホメオスタシスを味方につけることは出来ないのでしょうか?

その方法は1つあります。ホメオスタシスが心をコンフォートゾーンに本能的に引き戻そうという力であるなら、このコンフォートゾーンのそもそもの認知を変えてしまうという方法です。現状よりもより心地の良いコンフォートゾーンを現状の外側に置くこと。脳が認識する心地よい場所がいまの外側に圧倒的臨場感をもってイメージできれば、脳は自然とそこに向かって行動を生み出していきます。

脳と心は本音のWant toに出会ったとき、それがどれだけ現実離れしていてもそれを実現できるという高いエフィカシーを伴った行動をアウトプットします。

※「いま転職すべきかどうか?」という問いにちゃんと繋げますのでもう少しだけ我慢してお付き合いください!

勇者Want to と 邪魔者Have to

心理的ホメオスタシスを味方につけ、セルフ・エフィカシー高い行動をとっていくための認知モデルにアップデートするために、「心からのWant to」を創り出すのが何よりも大切なこと、とここまで解説してきました。しかし、そう上手くいくものではありません。邪魔者、厄介者がいます。ここで邪魔をしてくるのがHave to(やらなければいけないこと)です。やらなければいけないこと、とカッコ書きしましたが、Have toは往々にしてやらなければいけないと”本人が勝手に思い込んでいること”であるケースも多くあるものです。責任感の強い方であればあるほど、Have toまみれになっています。

「心からのWant to」は、堅い鎧のようにこびりついたたくさんの厄介者であるHave to に覆い隠され、その勇敢な姿がほぼ見えなくなってしまっていることが多い。これが事実であるならば、まずやるべきは思い込みもふくめ、自分自身のHave toを見つけ一つ一つ剝がしていくことです。

たくさんのHave toを剥がしきった先に見えてくる「心からのWant to」=臨場感ある未来の姿が明確になったとき、貴方の認知モデルはアップデートされ、心理的ホメオスタシスをも味方にし、セルフ・エフィカシー高い行動をとりながらその未来へと力強く向かっていけることとなります。

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「いま転職すべきでしょうか?」という問い

やっとたどり着きました汗。タイトルとはあまり脈絡のなさそうな解説をここまで長々と書かせていただきましたが、ここでようやく接続が出来ます。我慢して読んでいただいた方に感謝です。ここで一気に回収します。

今回の問い、「いま転職すべきでしょうか?」。この一文にはここまで書かせていただいた認知科学の解説に含まれていたあるWordが含まれていることにお気付きでしょうか?

「いま転職すべき(Have to)でしょうか?」

「今という現状を基準点とし、臨場感の高くない曖昧な未来像にむけ、Have toに基づく行動をする」とどうなるか。そうです、その行動におけるセルフ・エフィカシーは高まらないばかりか、心理的ホメオスタシスの力によって人の行動は本能的に現状に引き戻されていきます。つまり成功確度がとても低い行動となってしまうことが人間としての本能レベルで想定されてしまう。

この問いは、個々人それぞれの事情や背景、感情から発せされるもので簡単に YES or NO は示すことは出来ません。しかしながら、少なくとも認知科学の観点から考察すると、

Have toで考えてのことであるならお勧めはしません。なぜなら・・」

というのが解に向けての自然なスタンスといえそうです。そしてこれはキャリア支援をさせていただくうえでの僕の基本スタンスでもあります。

転職というアクションは Have toからではなく、Want toで。一緒に「心からのWant to」をみつけ、臨場感もって没入できる非連続な未来像描くところをまずは全力で支援させていただく。CareerDesignerとしてのキャリア支援の根幹は、まさにここにあるのではないかと考えています。


ここまでぐるっと遠回りな長文にお付き合いいただきありがとうございました。Have toをひっ剥がし、「心からのWant to」を言葉にされたい方、いつでもご相談にいらしてください。お待ちしております。



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