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私はドトールでツイッターをやってる社長を目撃した2011

※この記事は、過去のブログの中でアクセスの多かったものを加筆修正したものです。

 ツイッターを通じて面白いことが起きた。

~明和電機 社長ブログ〜:もし、あなたがドトールでツイッターをやってる社長を目撃したら?

 私は職場と自宅の中間地点にあるビルの一室で、毎週ある曜日の夜、ヨガのクラスに参加している。仕事が終わってから開始まで少し時間があるため、軽い腹ごしらえを兼ねて、しばしばドトールへ行く。
 その日、店を見渡すと、私の好きな「外が見える隅っこの席」には先客がいた。ピンク系のシャツを着てすらりとした足を組んだ、細面の男性だ。私はロイヤルミルクティーがにわかに改名したマサラなんちゃらとレタスドッグの載ったトレイを持って、彼の隣の隣のテーブルに着こうとした。

 その時、その男性の手元が見えた。A4の紙に、何か絵コンテのような、印刷物のラフのようなものが描かれていた。すぐそばには、デザイナーが持っていそうなペン一式。クリエイティブ職の人だなとすぐにわかった。私も前職までは、よく夕方のドトールやスタバで、テーブルを消しカスでいっぱいにしながら、ビラや冊子モノのラフを描いたものだった。気になってもう一度紙の上を見たところ、そこには「明和電機の〜....」という手書きのタイトルが、イラストとともに描かれていた。
 スタッフの人だろうか?と思ったが、よく見ると…あまり詳しくはないけれどさすがに知っている。長めの前髪とその端正なお顔立ちは、まさに明和電機社長ご本人。

「今都内某所のドトールにいるのだけど、私のすぐそばに座ってる人が、たぶん明和電機の人なんだよねどうしよー。なんか達者な絵コンテみたいの書いてるんですけど…」

 私はレタスドッグにかぶりつくより先に、思わず携帯電話を開いて品もなく上のツイートをした。もうなんだよこれ。芸能人を呼び捨てにしている小学生並みの一般人感。
 するとすぐ、友人から「作業服着てる?」というリプライがあったため、そんなわけねーだろー的なリプライを返す。ピンクのシャツの男性はペンをスマートフォンに持ち替えて何やらいじっている。

 少したってリロードすると、にわかに私に対する「@」のリプライや引用RTが爆発的についていた。驚いて上から順に見たところ、

「映画化決定!」
「で、この二人どうなるの?」
「会話会話!」
「うらやましい!」

順に降りていってやっと意味がわかった。

RT @MaywaDenki どうも。社長です。RT @ma*t***: 今都内某所のドトールにいるのだけど、私のすぐそばに座ってる人が、たぶん明和電機の人なんだよねどうしよー。なんか達者な絵コンテみたいの書いてるんですけど…

 私はロイヤルマサラなんちゃらをぶへーっと噴きそうになった。
 気づかれた…!

 ピンクのシャツの男性、まさに明和電機社長を再びちらりと横目で見ると、そしらぬお顔で今度はノートパソコンを操作していらっしゃる(ように見えた)。気がつけば私たちの間のテーブルには、見知らぬおじさんが座って壁となっている。
 いや、そもそもドトールに居合わせる人なんて全員見知らぬ人なのだ。

 心臓をバクバク言わせつつ、携帯をパタンと閉じると、恥ずかしさのあまり、私は社長のリプライに気づかないフリをして店を出たほうがいいのか? としばし思いをめぐらせた。しかし私のTLには

「ご挨拶するのかな?」
「いいなあ、私も社長とニアミスしたい!」
「うらやましすぎる!」
「九州からお二人のなりゆきを気にかけています」

 と、次々と@が舞い込んでくる。「どこのドトールか知りたい」というツイートもある。ファンがたくさんいる彼のこと、場所は書かないほうがよさそうだな、と思った(明和電機のアトリエの場所はだいたい公開されていることは後に知った)。

 なんのなんの! 私はラッキーなのだ。神様がこんなにも面白いことに遭遇させてくれたのだ。なぜ遠慮して早く店を出る必要があろう。しかも私はこんなにもうらやましがられている。第一、私は一流のクリエイターの、夕方ドトールで繰り広げる貴重な仕事の時間を、ミーハー心で一瞬とはいえ邪魔してしまったのだ。明和電機が世界的中小企業であることくらい私だって知っている。おそらく社長は、ちょっとした余裕ある遊び心でリプライをくださったのだろうが、実際にはドトールという匿名になるにはうってつけの場所で、いちいち「明和電機なう」とつぶやかれたら迷惑でならないだろう。目撃者の性格によっては、どの店だったかペラペラ拡散されないとも限らない。私はちゃんと時間までこの席で過ごし、きちんとご挨拶とお詫びをして店を出なければならないのだ。

 と勝手な義務感に身震いしつつ、お茶を最後までゆっくり飲み干すと、そろそろヨガクラスの始まる時間が来た。
 しかし、さっきまで無言でそれぞれの画面に向かっていた両側の男女がいきなり会話を始めたら、おそらく一番びっくりするのは真ん中のおじさんだろう。どうしたものかとためらっていると、タイミングよくおじさんが席を立って店を出た。おじさんに続いて私も席を立ち、去り際に「あのう、お邪魔してすみませんでした」と声をかけたところ、最初は少し驚いたような顔をされた。あれっ、もしや何か私の勘違い? と疑いつつも、「もう余計なことはつぶやきませんから」と告げたところ、社長はとても優しいお顔でニコッと笑ってくださった。
 惚れた。

*

 その夜、当の社長がこの一件をblogにしたためてくださったりもして(一流の人は仕事が早いなあと思った。フットワーク大事)、夜更けまで私のTLは祭りになった。そして、余裕そうに見えた社長が、実はあの時緊張されていたという記述に私はとても驚いた。

 SNS、インターネットでの出会いってどうよとか、ツイッターにおける著名人との関係性がどうとか、そういうことはうまく論じられる気がしない。ただ、いつだって向こうにいるのは生身の人間で、私にとっては今まで、ほとんど笑ったり泣いたり、あたたかさを感じることばかりだった。ツイッターがどうとかいうことと関係なく、ここのところしばらく自分のとなりにぽっかり空いていた席に、これからも新しい人が次々とふと座ってくれるような、そんなワクワクする予感でなかなか寝付けなかった。

 一夜明けるといつもの朝だった。やっぱり不自由な生活だ。私は週3で時短の事務仕事に出かけてゆく。でも、もうこの際、面白がることしかないんじゃないんだろうか、日々って。時々起こる小さな祭りを吸い込みながら、生きていく。もし次があったらお礼として、1m30cm横からミルクレープをスライディングさせていただきますね。

(2011年5月)

追記:

当時ツイッター歴は1年半程度、まだガラケーでした。これはまさに、まだエゴサという言葉と、その恐ろしさを知らなかったからこそ起きた事件でした。鍵なしアカウントで堂々と個人名を書くことは、今の私ではほぼ、ありえないでしょう。

ツイッターで、「ドトール」のワード検索をするのが好きです。性別年齢を問わない人が、さまざまなひとりの時間を過ごしているのが覗き見できます。人はひとりの時どんなことを考えているのか、何よりリアルに読みとることができます。これまでかなりたくさんのカフェや喫茶店を訪れた自信がありますが、ドトールこそ真のカフェだと思っています。

明和電機ドトール事件に関しては、私のツイッターアカウント(現在は非公開)に対しても、当時の私のブログに対しても、社長ブログについたコメントにしても、好意的なコメントばかりが届いて、私はとても感動し、勇気づけられた記憶があります。と同時に、今これらを読むとなんとも恥ずかしくて、目をそらしたい気持ちにもなります。

当時は発病して1年半ほど。小康状態で少し仕事もしていたとはいえ、今まで自分がたどってきた道のり全てに対して自信を失っていたあの頃、私の書いた文章や感じたことが、明和電機ファンのみなさんを不快にすることなく、むしろ喜んでもらえたことは、大きな希望となりました。自分はだめなやつではないのかもしれない、と。

思えば、20代でカフェのウェブサイトを作っていたあの頃から、現在に至るまで、私はインターネットで嫌な思いをしたことはほとんどありません。けっこう辛辣なことだって書いてきたにもかかわらず。ものを書くのが好きな自分にとっては、幸せを運ぶばかりのメディアです。

本当の不調や病はその後波のように何度もやってきました。その大波小波をなんとかここまで乗りこなしてきました。

2018年1月現在、私はドトールでアルバイトをしています。

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