抑え込まれると笑うラット:柔術が楽しい生物学的理由(2)
大賀先生がいう柔術最大の魅力「人とじゃれあってゴロゴロするのがとにかく心地よくて気持ちいい」を生物的に考える2回目です。
笑いの起源
笑いは言語よりも生物学的には起源が古く、人間だけでなく、マウスやラットなどの齧歯類も笑います。もちろん犬や猿といった人間以外の哺乳類も笑います。ラットの笑いについては、多くの研究があり、ラットは楽しいことや嬉しいことがあると50 kHzの超音波を発することが知られています(レビューとして、Panksepp, 2005)。食べ物を与えられたり性行為の相手にあったりしたときや、遊んでいるとき、仲間に会った時などもこの50 kHzの超音波を発します(Panksepp et al., 2002)。脳内の機構も人間の脳で報酬系と呼ばれる快刺激(気持ちいいこと)に反応する領域と共通することが指摘されており、これらの事実からラットが発するこの50kHzの超音波は笑い声と解釈されています(Panksepp, 2005) 。
抑え込まれて笑うラット
Pankseppたちはラットを確実に笑い笑わせる(50 kHzの超音波を出させる)方法を開発しました(Burgdorf & Panksepp, 2001; Panksepp et al., 2002)。ラットは、じゃれあっているときにこの50 kHzの超音波を発声します。とくにpinと呼ばれる、抑えこまれた状態や、あるいはdorsal contactと呼ばれる背中に乗られた状態で、安定して発声することが知られています。
言葉だけだとちょっとわかりにくいですが、柔術でもpinという言葉は使いますよね。マットに抑えつけるときに使う表現がpinです。ラットがpinやdorsal contactをされる様子を下の図に示しました。
pinはまさにサイドポジション、dorsal contactはバックポジションです。なんとサイドやバックを取られているラット笑うのですね。こういう状態が楽しくて仕方がないのです。
どのくらい笑う?
BurgdorfとPankseppが、pinと同じような圧力が掛かるようにラットを押さえつけたところ、確実に50 kHzの超音波を発することがわかりました(Burgdorf & Panksepp, 2001)。下の図にあるように、pinと同じように抑え込んだときと優しくなでた時を5日間に渡って比べましたが、発声には雲泥の差があります。圧倒的に多く抑え込まれると笑います。
また、pinされるのは大変楽しいようで実験後の行動にも変化がありました。ラットたちは、pinをされた実験者の手が見えると猛スピードで走っていくのに対し、優しくなでた実験者の手にはゆっくりとしか近付きませんでした。pinの状態で抑え込まれるのが楽しいし、うれしいのでしょう。
ラット vs. ヒト
これまで紹介したものはラットの結果ですから、単純に人間に当てはめることはできません。それでも、文化にかかわらず、そして男女問わず全ての子供が取っ組み合い遊びを楽しむことが知られています。そして、追いかけっこでは、逃げるときに特に楽しそうにすることは繰り返し示されてきました(Panksepp, 2005)。50 kHzの超音波を発するための脳内機構が人間の報酬系に共通する部分があることを考えても、ラットと人間の笑いに何らかのつながりがあるような気がしてなりません。人間もラットと同じように抑え込まれると楽しくてしょうがないのではないでしょうか?
何しろ、大賀先生が言うように「人とじゃれあってゴロゴロするのはとにかく心地よくて気持ちいい」。柔術をやったことがある方なら、誰もが100%うなづいてくれると思います。
引用文献
・Burgdorf, J., & Panksepp, J. (2001). Tickling induces reward in adolescent rats. Physiology & behavior, 72(1-2), 167-173.
・Panksepp, J. (2005). Beyond a joke: from animal laughter to human joy?. Science, 308(5718), 62-63.
Panksepp, J., Knutson, B., and Burgdorf, J. (2002). The role of brain emotional systems in addictions: a neuro-evolutionary perspective and new self-report animal model. Addiction 97:459–69.
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