【竹熊セレクト】DVD3枚セット「入江たか子 ある女優の軌跡」
戦前日本を代表する大女優・入江たか子のサイレント期の代表作「瀧の白糸」（溝口健二監督）と、戦後に女優としての再起を賭け化け猫を演じて大ヒットした「怪談佐賀屋敷」（荒井良平監督）、そして80年代になって娘の入江若葉と共演したロマンティック怪奇ミステリー「麗猫伝説」（大林宣彦監督）のDVDを竹熊セレクト3枚セットでお出品します。
何故3枚セットにするのかというと、入江たか子の映画女優としての人生が象徴された３作品だと考えるからです。
入江たか子（本名東坊城英子）は1911年（明治44年）に子爵である東坊城家のお嬢様として生まれました。その父が亡くなり、関東大震災で屋敷が全壊して一家は生活に困窮することになります。
1927年（昭和2年）に映画俳優となっていた兄を頼って京都に移り、演劇の舞台に立つようになりました。それを観た映画監督の内田吐夢がたか子の才能を認め、同年に日活に入社。「華族出身の映画女優」として大いに話題となり、内田吐夢「生ける人形」、溝口健二「東京行進曲」などに出て人気女優となります。
1932年、入江ぷろだくしょんを設立、溝口健二を専属監督として雇って1933年（昭和8年）に「瀧の白糸」を製作。水芸人の花形スターの悲劇の運命を描くこの作品は大評判になり、入江たか子は日本を代表する大スターとなりました。
この「瀧の白糸」はテロップに入江ぷろだくしょんと「溝口プロダクション」が併記されていますが、これは女優の会社に雇われたことを屈辱と感じた溝口健二が、強引に実体のない自分の会社の名前を入れさせたものです。
しかし戦時中3人の兄が戦死、自分もバセドウ氏病に罹ってしまいました。無理を押して映画の仕事を続けてますます悪化、なんとか手術を受けて生命を取り留めましたが、半ば引退状態に追い込まれます。
1953年（昭和28年）、仕事が無い入江に映画の仕事が舞い込みました。それが大映にとって最初の化け猫映画「怪談佐賀屋敷」です。化け猫映画は戦前鈴木澄子が演じて当たりを取っていました。この化け猫を入江が演じないかと言うもので、戦前の大スターとしては屈辱的な仕事でした。
しかし入江は生活苦もあり、これも仕事と割り切って引き受けましたが、どうせやるならと化け猫演技を研究、本番では本物の池の鯉を生齧りするなど迫真の演技を披露。また荒井良平監督の指示で猫らしく唇を舐めたところ、口紅に含有されたヒ素で中毒を起こしましたが、我慢して演技を続けて本番終了後に救急車で入院しました。ワンカットで猫に変化する特撮が見事に決まったこともあって、化け猫映画の代表的傑作になりました。それから立て続けに何本も化け猫を演じ「化け猫女優」と呼ばれることになります。
その後溝口健二の「楊貴妃」に脇役で出演しますが、溝口はかつて入江の雇われ監督だった屈辱を忘れておらず、何十回も演技にダメ出しし、遂には「猫ばかりやってるから演技が荒れるんですよ！」と言って意趣返しをしました。溝口健二は監督としては天才でしたが、本当に嫌な人物でした。
入江は自分の娘である若葉が女優を志願していると知ると、娘に自分の化け猫映画を見せ、「女優になるというのはこういうことなんだ。お前にこの覚悟はあるか？」と教えたと言います。
そして1983年（昭和58年）にその娘・入江若葉と大林宣彦監督のロマンチック怪奇スリラー「麗猫伝説」で共演しました。
往年の大女優・竜造寺明子は、今は執事とともに人目を避けて瀬戸内の小島に建つ屋敷に住んでいる。明子のカムバック作品の脚本を依頼された脚本家の青年が、島を訪れて明子と面会しますが、我が目を疑います。もう老婆のはずの竜造寺明子は、若くて美しい女性だったのです。やがて青年は、明子の「若さの秘密」を知ることになります……。
脚本家の青年を若き日の柄本明が演じています。そして竜造寺明子の老いた姿と若い姿を、入江たか子と若葉が「2人1役」で演じているのです。
若さに取り憑かれた往年の大女優の狂気を描いたビリー・ワイルダーの「サンセット大通り」に、化け猫映画の要素を織り交ぜた、入江たか子でなければ演じられない何ともユニークな作品です。
この年、入江たか子と若葉は同じ大林宣彦監督作品「時をかける少女」「廃市」でも共演しましたが、これがたか子の最後の作品になりました。
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