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「マウンティング」を科学する①~マウンティングの6類型

自分はどうして、こんなにマウンティングが嫌いなのだろう。
おそらくそれは、「マウンティングこそが人の、組織の、ひいては人類の進化を妨げるものである」という深いところでの感覚があるからだと思う。

マウンティングによって、旧態依然とした文化が守られ、新しい才能の新しい挑戦がつぶされる。マウンティングは人の心の中に競争心と恨みを生み、どんなにテクノロジーが進歩しても精神性は進化せず、荒廃した未来を生み出す。マウンティングこそ釈迦が唱えた「エゴ(自我)」の最もわかりやすい形に他ならない。

この連載はマウンティングを科学し、それを客観的にとらえることで、自分の中のエゴをコントロールし、そして人からのマウンティングに対してうまく対応できるようになることを目指したものである。

はじめに、マウンティングに対する私なりの定義を述べておきたい。

自己の優位性の誇示によって相手をコントロールすることで自分の思い通りの状況を作り出そうとする言動

これが、マウンティングである。

今回はまず手始めに、「マウンティング」を6つの類型に分類したいと思う。マウンティングは、ほぼ、この関係性の中から生まれる。

①ジェンダーによるマウンティング

 主には、男性による女性差別である。セクハラ的な言動によるものもあれば、「女性は数学が不得意」といった非科学的な決めつけ、あるいは以前問題となったような、大学入試の合格ラインにおける不利益な処遇なども含まれる。

②年齢によるマウンティング

 年功序列の色が濃い我が国では非常に多く見受けられるものである。体育会の部活における「1年奴隷、2年平民、3年天皇」といった図式が最も基本的なものである。先輩が後輩をこき使う言動や、能力によらず勤続年数で昇進が左右される雇用システムもそれに含まれるであろう。

③地位によるマウンティング

 職場であれば、職階によって上の人間が、下の人間が反抗できないことをいいことに、人格攻撃的な言動や処遇を行うこと、あるいは一般社会であれば、職業の社会的ステータスによって人を見下す言動がその代表的なものだろう。タワーマンションにおける主婦のカースト化のような、自分だけでなくパートナーの社会的地位でマウンティングが行われるケースもある。

④スキル、実績によるマウンティング

 これは、主に企業内で行われるマウンティングである。プロジェクトチームで仕事をしていても、自分の考えを通すために、その場で出た素晴らしいアイデアではなく、それまでの実績などによってメンバーを威圧し、場を支配しようとするような言動を指す。

⑤受発注関係によるマウンティング

 「お客様は神様である」という文化が根付いた日本社会においては、この弊害は大きい。ほとんどの場合、発注をもらい、お金をいただく受注側の方が圧倒的に立場が弱く、発注側はその優越性に胡坐をかいて、攻撃的な言動や無理な要求を繰り返すことは、日常的に行われている。

⑥組織間の力関係によるマウンティング

 企業内においては、自分の力ではなく、自分が属する組織のステータスによってマウンティングを図るケースも非常に多い。例えば多くのメーカー企業では、開発部門の力が強い。そして多くの場合、管理部門よりもプロフィット部門の方が力が強い。そのようにして、全体最適を目指す行動ではなく、力が強い部門の意思に沿って、企業の方向性が歪められていく、あるいは必要な改革がなされず、イノベーションの疎外となることはよくあることである。

この6類型を認識すると、自分の属性が強者、弱者どちら側の因子を多く持っているかで、マウンティングをしやすいか、されやすいかが明らかになってくる。

例えば、「男性」「中高年」「管理職」「発注側」の人は、マウンティング要素がほぼすべてそろっているため、自分のちょっとした言動や思考がマウンティングにつながっていないかを、常に自己検証する必要がある。

逆に「女性」「若手」「受注側」「非主流部門」の人は、毎日のように誰かからマウンティングを受ける日々であろう。そのようなマウンティングから自己を守る術を身につけざるを得ない、その中で「モンスター化(これについては次回で述べる)」していく可能性が非常に高いし、そうなれない繊細なメンタルの持ち主であれば、若いうちに才能の芽がつぶされてしまう危険も高い。

「脱・マウンティング」。
次回は、日本社会におけるこのようなマウンティングを潜り抜けていく中で多くの人々が「モンスター化」していく、そのメカニズムを解説していく。

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