【無料】小説『またあした1』~ユーモア・ミステリー~|第8回|
「ここんとこ、笑ってないなあ」
というあなたに!
ユーモア小説 ケンちゃんシリーズ『またあした』を週1回ぐらいのペースで10週ほど連載します 第1回はこちら
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超・一人称小説『またあした』第一巻
【なッ アッタマいいだろ】連載第8回
その五
ええっと、こないだは、どこまで話したんだっけ。
そうそう。新藤さんが、ホテルのロビーで婆さんたちと会った、ってとこまでだったよな。
それからしばらくして、そうだな十二月に入ってすぐ。新藤さんから連絡があってさ。
「大須の狸小路商店街まで、婆さんを連れて行ってくれ」
まあ、いつものことだし。
「いいッスよ」って、婆さんを迎えに行った。
その日は、えらく寒くて。尾張屋の前で駐車して待ってると、婆さんが薄い紫色のコートを着込んで、店から出てきた。
オレのクルマに乗り込むと、手袋を外しながら。
「今日は寒いねえ、年寄りには寒さがいちばんこたえるんだがね」なんて言ってる。
そんで大須観音の脇を通って狸小路商店街に行ってみたら、いつもより人出が多くて大賑わいなんだ。
あの商店街って、大須の中でもいちばんディープな感じだろ。もう、絶対に若い奴は寄り付かない。R六十五、六十五歳以下は立入禁止みたいなゾーン。
だから、オレとしちゃあ、さっさと用事を終わらせて早く帰りたい。
ところが、その日は、もう名古屋中の婆さんが狸小路商店街に全員集合したんじゃないか、と思うぐらいの大混雑でさ。
商店街を歩いてくと、「師走恒例大たぬき感謝祭」って真っ赤な幟があちこちに立ってて。揃いの法被を着込んだ店員が、大きな声で呼び込んでるわけよ。
左の店先の蒸籠から、蒸気がもうもうと立ちのぼって。「酒蒸まんじゅう」の甘ったるい匂いが流れてくる。そんで、右側の仏壇屋からは、線香の香りが漂ってくるっていう、もう涙が出るほどナイスなシチュエーション。
目の前の通りには、婆さんたちの背中がえんえんと続いててさ。なんかもう、よく知らねえけど、もしかしたら「三途の川」ってこんな感じじゃねえのって雰囲気。
でも、尾張屋の婆さんは、どんな場所でもマイペース。人ごみの中でも、自分の気になるものを見つけると、杖を持ったまま、あいかわらずちょこちょこ小走りに走るんだ。
右に美味そうな饅頭を見つけると、ちょこっと走る。左に気になるスカーフを見つけると、またちょこっと走る。
ところがさ。まわりは背が低くて、白髪のまじった婆さんだらけ。つまり、「婆さんの海」の中に、ぽつんとオレひとり居るようなもんだろ。だから、見失わないかとひやひやしてたんだ。そしたら、いきなり。
「おう、浅井」
呼ばれて、見ると。
婆さんたちの白髪頭の海を、赤い法被を着た坊主頭の大男が、胸から上を突き出してこっちにやって来る。
カシラんとこの草野球チームのエース、丹羽さんよ。うん、ギャングスターズのな。
丹羽さんは「門倉二世」って言われてたくらい背は高いから。そう、中日から近鉄、そんで横浜に行った門倉。うん、アゴ倉ね。
あいつ、百九十センチ以上はあるだろ。中日のピッチャーん中でも、いちばんタッパあったんじゃないかな。
そりゃいいけど、マスター、丹羽さん知らない?
高校時代には、門倉二世とか大型投手って、いっとき騒がれたけど……。
そう、知らないかもな。
丹羽さんは、背が高くて、スピードも百四十キロ台の後半はコンスタントに出て、「長身から投げ下ろすストレートは威力十分」なんて書かれてたけどさ。門倉のような落差のあるフォークもなけりゃ、スライダーもない。
力のあるストレート、それにあんまり曲がらないカーブだけ。そのうえ威力十分のストレートって奴も、行き先は投げてる本人にすら分からねえ。フォアボールとデッドボールがやたら多い、典型的なノーコンだったもんな。
あっ、また話それちゃったけど。
婆さんたちの平均身長なんて、百五十あるかないかだろ。丹羽さんは、軽く百九十は超えてるから、婆さんたちの白髪頭から四十センチも突き出てるわけよ。
近寄ってくんのを見てると、まるで三途の川を渡って迎えにきた海坊主みたい。
「丹羽さん、何やってるんですか」
「見りゃ分かるだろ。感謝祭の大売出しの真っさい中」
しっかしさ、ドラゴン・モータースって、たしかに狸小路商店街の裏にあるけど、クルマ金融と中古車販売だろ。そんな高利貸しが、法被着込んで「大売出し」ったって、いったい何売り出すんだよ、なッ。
「浅井こそ、こんなとこで何してんだ」
「新藤さんの用事です」
答えてから、気づいた。
婆さんの姿が見えないんだ。
そっから、もう大変よ。
狸小路商店街って、そんなに長くないけど、袋小路が多くて道も入り組んでるだろ。しかも、右も左も前も後も婆さんたちの大群。丹羽さんに断って、慌てて近くを探してみても見つからない。
いやマスターさ、そんときに思ったわけよ。
女の子ってのは、若いうちは美人だったり、可愛かったり。スレンダーだったりセクシーだったり、そうじゃなかったり。それこそ、いろいろだろ。
それにファッションだって違う。パンツルックもいればミニの子もいるしね。着てるものもカラフルだし、それぞれアピールしてるわけじゃん。
でもさ、婆さんってのは、オレには、おんなじようにしか見えないんだな。洋服の色だって、薄いベージュとか紫なんてのが多くて地味だしさ。みんな背もちっちゃくなっちゃって、顔色だって悪いし。
ウエストは、とうぜん締まってねえし。もちろん胸なんか全員垂れてるわけで。まあ、そんなのが群れになってたら、見分けなんかつくわけねえよな。
焦って必死に探してたら、ケータイが鳴った。
オッ、婆さん、と思ったら。
「おう、大須の用事は済んだか」
新藤さんなんだ。
「いや、実は婆さんが迷子になっちゃって」
そしたら、笑いながら言うんだよ。
「そいつはマズイな。婆さん足が悪いんだから、ちゃんと見つけて新栄まで送ってくれよ」
電話を切ってから、あッと気づいて、婆さんのケータイに掛けてみた。
ところがさ、発信音は鳴ってるのに出ねえんだよ。そんで、鳴り続けたあとに、留守電に切り替わっちゃってさ。ケータイも駄目。そうなると、ちゃんと見つけてくれって言われたけど、これがめちゃんこ難しい。
なんていうか、クイズで間違い探しってあるだろ。似たような絵で、どこかがちょこっとだけ違うっていうやつ。婆さんの大群の中から尾張屋の婆さんを見つけるってのは、あんなかんじでさ。
なんせ二千人ぐらいの中から、あの婆さん一人を見つけ出さなきゃいけないわけだろ。
そこで、もう腹をくくって。端から端まで店を一軒ずつ、しらみつぶしに探していったわけよ。
こっちは血眼になって探してんだけど、よく考えてみりゃさ。婆さんたちが、大人しくじっとしてくれてるわけはないんだよな。これが全員、あっちへちょこ、こっちへちょこって、勝手に動き回ってるわけだろ。
だから、ほんとうに見つけられるのか、だんだん不安になってくる。
三十分ちかく探しても婆さんは見つからない。もう、いったいどうやって見つければいいんだよ、って途方にくれてたら、オレの左の袖を誰かが引っ張るんだ。
振り向いたら、そこに尾張屋の婆さんが立ってて。
「あんた、どこへ行っとったの」って言いやがった。
「あんたが、勝手におらんようになったもんで、くたびれたわ」
カッチーンときたけど、あんときはさすがにホッとしたな。婆さんが両手に大きな荷物を持ってたんで、それを受け取ってさ。
「あちこち探しても居ないから、ほんと心配したんだぜ」
オレの顔を見て、婆さんはにっこり笑った。
「それは、悪いことしたねえ。それじゃあ今日は、いろいろご苦労をかけたから、美味しいひつまぶしでも食べにいこまいか」
ひとごみの中を商店街の奥のほうに向かって、さっさと歩き出したんだ。
『うなぎや』って店は、狸小路商店街の真ん中あたりを、ちょっと入った路地にあった。マスターも知ってるだろ狸地蔵。うん、ちっちゃいお地蔵さんのある祠な、あのすぐ近く。そうそう、店の前に柳の木がある、あそこ。
婆さんと店に入ったんだけど、客はあんまりいなくて空いてた。外は大賑わいだけど、すんなり入れて、いれ込みの座敷にあがった。
「さっき、ケータイに掛けたんだけど」
「あっ、そうかね。今日は、ここだけで帰るもんで、持ってこんかったよ。充電器に挿したままだがね」
シレッとしてるんだ。
でも歩き回って、婆さん膝が痛むようで。
「ご無礼しますよ」
座布団を二つ折りにしてお尻に敷いてるんで、オレは自分の座布団を差し出した。
「おみゃあさんは、やっぱり優しいとこがあるね。そういう男はモテるでね」
「いやぁ、そんなこともないけど」
テレてるところに、ひつまぶしがきた。
「みんな夏に食べたがるけど、冬のほうが身も太って、脂ものって美味しいんだわ」
そう教えてくれた。
「熱田のも美味しいけど、あんた。こっちの方が、お値打ちだがね」
狸小路のひつまぶしは、たしかに美味かった。
「かたちだけで、あっちがええ、こっちがええと言うのは誰でもできるでしょう。でも、どんなもんでも、かたちと中身があるわね。食べ物もそうだし、男も女もそうだわ」
今池の味噌煮込みうどんも、めちゃんこ美味かったし。食いもんについては、あの婆さんにちょっと敵わない。
生まれてから、ずうっと七十年以上も名古屋で暮らし続けてんだもん、この街の隅々まで詳しい。なんていうか、名古屋の生き字引みたいなひとだな。
そんなふうに感心してたら。
「ちょっと悪いけど、背中の『貼るオンパックス』がズレて、もこもこになっとるで、貼り直してもらえん」って言うのよ。
「もう、こんな寒い時期に出かけるときには、貼るオンパックスを背中の右と左にかならず三枚ずつ。六枚も貼らんと寒くて出かけられんでしょう」
ひつまぶしをおごってもらって、しかも褒められた直後だろ。しょうがないから婆さんのワンピースのファスナーを下げてさ、貼り直してやったよ。
でもなあ。こんなことやってたら、トモちゃんのファスナーを下げられんの何時になんのよオレ、ってホント思ったね。
食べ終わって、婆さんと店を出たら、斜向かいに大売出しのテントが張ってあった。
「さあ、さあ。福引は、こっちの会場ですよ」って叫んでる。
「ちょっと、待っとってちょ」
婆さんは、またテントの方にちょこっと走った。オレは、ついて行って両手に荷物をもったまま、ちょっと後で待ってた。
巾着袋から婆さんが福引券を取り出して、法被を着たおネエちゃんに渡してる。
真っ赤なサンタクロースの衣装を着て、白い付け髭をした男が、その福引券を受け取った。
「はーい。それじゃあ、いきますよーっ」
サンタクロースが八角形の抽選器の前で叫ぶ。
オレは、何の気なしに、大声をあげてる男を見た。そう、何の気なしにな。
すると、そのサンタクロース姿の男と目があった。サンタは目じりに皺をよせて、目元だけで笑った。
「あッ!!」
そう思った瞬間、箱の中にポーンと、金色のちっちゃな玉が飛び出した。ガラン、ガラン、ガランって鉦が鳴る。
「おめでとうございまーーす!!」
ガラン ガラン ガラン
「特別賞、ご家族でハワイ旅行の当選でーーす」
(つづく)
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