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【美術展2024#49】カルダー:そよぐ、感じる、日本@麻布台ヒルズギャラリー

会期:2024年5月30日(木)〜9月6日(金)

アレクサンダー・カルダーによる東京での約35年ぶりとなる個展「カルダー:そよぐ、感じる、日本」を開催します。本展は、アメリカのモダンアートを代表するカルダーの芸術作品における、日本の伝統や美意識との永続的な共鳴をテーマにしています。この展覧会は、ニューヨークのカルダー財団理事長であるアレクサンダー・S.C.ロウワーのキュレーションと、Paceギャラリーの協力のもと、カルダー財団が所蔵する1920年代から1970年代までの作品約100点で構成され、代表作であるモビール、スタビル、スタンディング・モビールから油彩画、ドローイングなど、幅広い作品をご覧いただけます。
カルダー自身は生前日本を訪れたことはありませんでしたが、日本の多くの芸術家や詩人に受け入れられました。それは、今日、彼の作品20点以上が日本国内18箇所の美術館に収蔵されていることからもわかります。

麻布台ヒルズギャラリー


こけら落としのオラファー・エリアソンに続くカルダー展。

オラファー・エリアソンの時は水をびちゃびちゃばら撒いていた作品《瞬間の家》が印象的だったが、今回はどのような会場構成になっているだろうか。


入口すぐの作品。

《Fafnir》 1968

カルダーは、作品の完成後にその形状と何かしら関連のある題名をつけていました。ほぼ抽象的なフォルムの《Fafnir》は、北欧神話のドラゴンに由来し、軽やかなモビールとは対照的な支柱部分に不吉な姿が表れています。カルダーは、「作品名などというものは、その全体像から思いつくこともあれば、ちょっとした細部から思いつくこともある」と語っています。

キャプションより

抽象的ではあるが、(後付けかもしれないが)モチーフが存在する作品。
もちろん作品には触れないが、なんとか動かそうとこっそりふーふー息を吹きかけている微笑ましいおじさんを横目にまじまじと観察。
しばらく見ていると、会場の空調の影響で緩やかに動いているのに気づく。
基部が足や尻尾のような形状をしているため本当に生物が息づいているかのように見えてきた。


カルダーは平面作品も手掛けているが、個人的には左のような絵画にはそれほど魅力は感じなかった。
岡本太郎の立体は好きだが平面作品はそれほど好きではないみたいな感覚(あくまでも私の個人的な感覚)。
右の作品は好き。

《Seven Black, Red and Blue》1947    《My Shop》 1955

《Seven Black, Red and Blue》 と《My Shop》は、1956年に東京の日本橋高島屋で開催された展覧会「世界・今日の美術」に出品されました。カルダーの作品が日本で公開されたのは、この時が最初だったようです。《Seven Black, Red and Blue》は、カルダーの平面作品における流麗かつダイナミックな空間の探索を強調しています。一方、《My Shop》は、コネチカット州ロックスベリーのスタジオ内部を描いた作品として、当時のカルダーの制作状況が垣間見えるようです。1955年12月に完成した《My Shop》には、未完成の絵画を含め、カルダーのキャリアのさまざまな段階を示す作品が登場し、右の図解にある通り、本展に出品中の絵画《Molluscs》 (1955) [no. 9] と《Sao Paulo》 (1955) [no. 4]も描き込まれています。また、左端にはスタンディング・モビール《Thirty-Two Discs》(1951) [no.1]が見えます。制作途上のようなラフな描写の《My Shop》は、スケッチ画の集積のようですが、そのざっくりとした線描や筆触のなかに11点の独立した作品が見て取れます。カルダーがなぜこうしたスタジオ風景を描いたのかは不明ですが、東京での展覧会のために特別に制作されたのかも知れません。「いま何を作っていますか?」という質問に対する、彼なりの回答だったのでしょう。

キャプションより

《My Shop》は、平面立体各作品が所狭しと並ぶ自身のアトリエを描いている。
カルダーにしか描けない、カルダーが描くことに意味がある作品。

壁に漆喰を用いている



墨染めの紙でしつらえた空間。
当初財団側は黒い壁に難色を示したようだったが、結果緊張感漂う新鮮な空間になっている。


さくらの木でしつらえた空間。
今回の展覧会のタイトルの元にもなった《Un effet du japonais》が展示される。

《Un effet du japonais》 1941

《Un effet du fapondis》の先細りの支柱部分から下がる2つのモビールは、能舞台における極めて印象的な扇の使い方を想起させ、日の出や花々、大海の波、風、雨、雪など、自然界が喚起する象徴的なモチーフと重なっています。カルダー独特の作品名には、詩的なニュアンスや複数の意味が込められ、ときに翻訳するのが困難です。アメリカで制作されたこの作品に、フランス語の題名《Un effet duiapondis》がつけられたのはなぜでしょうか。英訳であれ、和訳であれ、おおよその意味を捉えるほかありませんが、一例として「日本的な感性」と解釈することも可能でじょう。
侘び寂びの精神が希求する優さやあはれ、いわば憂愁の美学です。同様に、作品の形状から特定の意味を取り出すことも困難です。赤い円は大陽の描写であるよりは、新たな始まり、新たな一日を前にした人の覚醒を示唆しているのかも知れません。

キャプションより

先日、Tokyo Gendaiで行われた、カルダー財団理事長らと片岡館長のシンポジウムにて、この作品《Un effet du japonais》も話題に上がっていた。(モニターの写真↓は別作品)

カルダー財団理事長らと片岡館長のシンポジウム

カルダー財団理事長は「この作品《Un effet du japonais》は我々アメリカ人にとってはタイトルの通り日本的に見える。日本人の皆さんにとってはどうでしょう?(意訳)」と言っていた。

この作品は棒に重りをつけずに片側に支点を寄せその集積のバランスと最終的な一つの重りで均衡を保っている。
対して他の作品は棒に対し左右に重りがついて比較的中心付近でバランスをとっている。
会場全体を見渡してもこのような均衡の保ち方をしている作品はこの作品くらいだった。
結果、その棒部分が、歌川広重が「大はしあたけの夕立」で表現した雨の軌跡のようにも見え、日が沈んでいく(もしくは物体が落ちていく)時間が可視化されているようにも感じる。
広重の表現が19世紀ヨーロッパの人々にとって新鮮に見えたように、そのような感覚がアメリカ人にとっても日本的に見えたのかもしれないと思った。



会場後半は大型立体作品、絵画、モビールと各種作品が並ぶ。


出口付近にぶら下がっていたこのモビールが個人的には一番好き。
リズム感やバランスが秀逸。

この作品の財団公式の模型とか欲しいな。
帰りにミュージアムショップでチェックしていこう。


前述のカルダー財団理事長らと片岡館長のシンポジウムにて、後半のQ&Aでカルダー作品は動いている状態と止まっている状態のどちらが美しいか、とのQに「カルダー作品は再生可能な絵画である。どちらも美しい。」と財団理事長の回答だったが、なるほどと思った。

カルダー作品は「動く彫刻」とも言われるが、理事長の言う「再生可能な絵画」の方が腑に落ちた。



地階のミュージアムショップは前回は半分がショップで半分がカフェとなっていたが、今回は全面カフェになっていた。
スタッフにショップは無くなったのかと聞いたら、その時々で流動的にショップになったりカフェになったりするとのこと。
そんなわけで、今回グッズ関連はギャラリー脇の壁面に数点のみの扱いのみ。

モビール模型があったら欲しいなと思っていたがそんなものは微塵もなかった。

グッズは(変な)帽子と(変な)トランプのみで(※あくまでも私の感想)、なんかいまいちピンとこなかったので、図録だけ買って帰ろうと思って値段を見たら、

¥8,580!

ブフォッ、た…高ぇ!

スタッフに「た、高いんですね、ボソッ」と呟いてみたところ、今回はPACEギャラリーの編集なので円安もあって云々うんぬんウンヌン…とのことだった。

なんで最先端のギャラリーで今更カルダーをやるのだと思っていたのだが、カルダーを扱うPACEギャラリーが麻布台ヒルズにオープンするとのことなのでその辺の大人の事情も込みか。

訪れた美術展の図録は基本買う主義の私も、今回は買わずに(買えずに)帰宅…

麻布台のセレブな大人たちに軽くあしらわれた気がしてその夜は涙で枕を濡らした。



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