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Next Lounge~私の鼓動は、貴方だけの為に打っている~第23話 「激情」

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
主題歌:イメージソング『Perfect』by P!NK
https://www.youtube.com/watch?v=vj2Xwnnk6-A
『主な登場人物』
原澤 徹:グリフグループ会長。
北条 舞:イングランド🏴3部リーグ『EFLリーグ1』所属 ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター。
アニータ・ラドキンス:グリフ派遣会社所属。原澤会長の自宅を受け持つ、ハウスキーパー。
エリック・ランドルス:ロンドン・ユナイテッド FC 秘書部 秘書室長。
エーリッヒ・ラルフマン:ロンドン・ユナイテッドFC監督。
ケイト・ヒューイック:グリフ製薬会社社長。ロンドン大学ユニバーシティーカレッジ客員教授。
ゲイリー・チャップマン:ロンドン・ユナイテッド FC 広報部 広報部長。
シャロン・キャリー:ロンドン・ユナイテッドFC総務部 総務課 チーフ。
ナイト・フロイト:MF。元ロンドン・ユナイテッドFC選手 キャプテン。
橋爪 奈々:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部
契約課 チーフ。舞の同期であり親友。
ボブ・ディンケス:グリフ警備保障 グリフタワービル勤務の守衛。
ロック・ギブソン:グリフ警備保障 グリフタワービル勤務の守衛。

アイアン・エルゲラ:ロンドン最大のギャング組織集団『グングニル』の元リーダー。ロンドン・ユナイテッドFC選手。GK登録。通称アイアン。
ケビン・ティファート:ロンドン・ユナイテッドFC選手。CB登録。ユース出身。
ニック・マクダゥエル:ロンドン・ユナイテッドFC選手。DMF登録。通称ニッキー。キャプテン。
レオナルド・エルバ:ロンドン・ユナイテッドFC選手。OMF登録。通称レオ、ウェーブがかったブロンドヘアに青い瞳のイケメン、そして優雅なプレイスタイルとその仕草から"貴公子"とも呼ばれる。

☆ジャケット:原澤会長宅 シーツに絡まる北条 舞。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

第23話「激情」

「ここだわ。」
イングランド🏴3部リーグ『EFLリーグ1』所属 ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター 北条 舞は、ブラックフライアーズの駅から店を探しながら歩いて15分程して、フリート・ストリートから少しわき道に入ったところに"それ"を見つけた。店は頑固なジョンブルらしい姿で、彼女を迎えてくれた。
店内に入った彼女は思わず中を見渡してみる、すると2階はプライベートのパーティーで貸切だったせいもあってか、すごく混んでいた。地下へと視線を走らせてみて、更に眉を曇らせる。地下が思ったよりも深くどこも暗かったからだ。肩に掛けたバッグの紐を掛け直して、彼女は地下へと降りて行った。途中、何故か階段を降りたり上がったり、天井が低いためにちょっと気を付けるのを忘れると、頭をぶつけてしまいそうになったりと、彼女はゆっくりと気を付けて進んだ。と、あるテーブルの横を通り過ぎようとした時、いきなり右腕を掴まれ、舞は小さく悲鳴を上げて身構えた。
「ここですよ、北条チーフ。」
突然の事に、ビックリして立ち竦む彼女を下から"ニヤニヤ"と笑って、ロンドン・ユナイテッドFC所属 CB ケビン・ティファートが見上げている。
「ケビン!?もう、驚いたじゃない!」
「そんな、驚くことですかね?」
「当たり前でしょ!突然、腕を掴まれ・・えっ?」
ケビンの不快と思える一言に、舞が反応した時だった。彼女の目線の先、ケビンの反対側に元ロンドン・ユナイテッドFC キャプテン ナイト・フロイトが座っていた。
「アンタは何時まで、そこに突っ立っているつもりだ、早く座れよ。」
「・・」
ナイトは、相変わらず抑揚が効いた低い声で舞に横柄に命じた。彼女は咄嗟のことで真っ白になった頭に喝を入れ、何とか頭を回転させようとしたのだが全く考えられず、仕方なく2人の斜向かいの椅子に黙って腰を下ろした。
「よく来てくれましたね、北条チーフ。どうします?エールでいいですかね?」
「ええ・・」
ケビンが顔を綻ばせて話し掛けてきた。
「この店は、ラガーが有名だろ?エールはやめておけ。」
「お!そうだな。」
「私・・自分で頼みに行きます。」
舞はそう言うと素早く立ち上がった。こういう、ナイトの様な高圧的な男性に会うと、どうしても萎縮してしまう。怖い!!そう身体が自然に反応してしまっているのかもしれない。
「場所、分かるんですか?大丈夫ですかね?」
ケビンが目を丸くして彼女を見上げた。
「あ、いえ。教えて・・頂けますか?」
「ハハハ!分かりましたよ。」
ケビンはそう言うと大声でウェイターを呼び、ラガービールを3つ頼みチップを渡した。舞は再び仕方なく椅子にゆっくりとバッグを抱えて腰を下ろした。
「今日、北条チーフに来て貰ったのはですね、何とかナイトと巧く・・こう、付き合いが戻せないか、そう思いましてね、俺がそれを橋渡し出来ればと、まあ!そう思った分けなんですよ。」
「それが、余計な事だと言っているだろうが?」
ナイトが腕を組むと、椅子の背もたれに寄り掛かった。
「俺はなぁ、お前という男を買っていたんだ・・
洗練されたパス、研ぎ澄まされた指示。お前の発言なら誰もが耳を傾ける、そういう男なんだよ、お前は。」
ケビンは、目を伏せ呟くように語るが、当時彼、ナイト・フロイトはチームにおける唯一無二のキャプテンシーを誇る男だった。だが、今の舞にとってはそう思えなかった。新キャプテンとなったニッキーは、統率力、カリスマ性を持ち、チーム再編において鼓舞し続ける姿勢は頼りがいがある。更に相棒で副キャプテンは、誰もが恐怖するアイアンで、年長のレオやリュウも率先して彼等に協力している。正直、名前を挙げた3名(レオ以外)にナイトを会わせてみたい、そんな興味が湧いてきた。
やがて、ウェイターが3人分のラガーを持って来ると、ケビンはフィッシュ&チップス、サーモン、ローストポークを頼むと再び舞に顔を向けた。
「北条チーフ。ナイトをチームに呼び戻すことは出来ないですかね?」
まさかの言葉に、舞は絶句した。
ナイト・フロイトは、チーム所属時代にゴールを挙げた際、反ユダヤ主義と見られるジェスチャーをして議論を呼び、イングランドサッカー協会(FA)から5試合の出場停止処分を言い渡され、差別的な意図はなかったと釈明したがユダヤ系ビジネスマンが共同オーナーを務める会社がスポンサーから撤退する事態となったことで、会社に損害を与えた『重大な過失』を理由に解雇されているが、それだけではなかったのだ。
「俺は、頼まれても戻るつもりなどない。」
ナイトは、そう言うと先に飲んでいた残りのラガーを飲み干した。
「何言ってやがる!ウチのチームには、お前が必要なんだよ。さっきから、言っているだろ?」
「ケビン、俺にはロンドン・ユナイテッドは、窮屈なんだよ。もっとやれる!もっといける!そんな上を見れるプレイが、俺はしたいのに応えられる奴が居ない。やる気だけが削がれちまう、俺はもう、時間を無駄にしたくない!」
「確かに、お前の言う通りかもしれない。ウチには、お前のプレイに応えられる奴が居なかったかもな。だけどなぁ、今、ウチに入って来た・・」
「ケビン!!」
「な、何ですか、急に大きな声を出して!?」
「内部事情よ!そこまでにして頂戴。」
舞は、ナイトに内情を話そうとしたケビンを制したのだが、そのナイトが腕を組み"ニヤニヤ"と笑みを浮かべて口を開いた。
「それは、さっき話しを聞いた"ニッキー"とか言う"ブラック"のキャプテンは入らないのか?」
舞の鋭い視線がケビンを射抜くと、その鋭さに彼は思わず姿勢を正した。
「いや・・その、構わないだろ?何れ分かることなんだから・・。」
「広報から公開していないことを、勝手な判断でひけらかせないで!」
「たかだか十代にキャプテンを任せる様なチームを、何で俺が警戒する必要があるんだ?自惚れるのも大概にしろ。」
"カチン!ときた舞が右手にハンカチを強く握り締めたまま、ナイトを睨み付けた。
「北条チーフ、アンタは何も分かっていない。素人のアジア人女性がスポーツディレクターなどと自惚れて居られるのは、会長が同じアジア人であって、広報的な戦略に他ならない。仕方ないよな?実績がない、使えるかどうかも分からない、プロ経験のない輩ばかりなんだから(笑)。2部リーグに上がってみろ、そうするとアンタは交代を余儀なくされるだろうよ。」
舞は、ナイトの言葉に声を失った。自分の心の底で感じていた密かな悩み、それが見事に看破されたのだ。分かってはいた・・でも、気付きたくはなかったのだ。先程までナイト、ケビンを睨み付けていた彼女から潮が引く様に表情が影を落とすと、唇を噛み締めてテーブルに視線を落とした。それを観たケビンが、頭を掻いてため息をつくと、ナイトがテーブルの上に自分の飲み代を置いて立ち上がった。
「おい、ナイト?」
ケビンが目を丸くして見上げる。
「ケビンは俺を思って言ってくれたことだ、悪気はない。アンタが納得するなら、代わりに俺もリークさせてやろうか?」
舞が"リーク"という言葉に反応して、思わずナイトを見上げたが、その目はまるで不安に怯える仔犬の様だ。
「次のチームが決まった、"マグパイズ"だ。一足先にに"プレミア"(イングランド1部リーグ)で待ってるぜ!来れるものなら来てみろよ、返り討ちにしてやるがな!」
「マジか!?凄いじゃないか!!」
"マグパイズ"・・イングランド🏴1部プレミアリーグ所属の名門ニューカッスル・ユナイテッドFCの愛称である。舞は、口を半開きにしたまま彼を見つめた。信じられなかったのだ、彼の行ったチーム、そして仲間に対する非礼は、決して容認されるべきものではない。だが、それをイングランドの名門チームは許したというのか?ナイトは、テーブルを離れる際に振り返り、口を開いた。
「ケビン、すまなかったな。」
「いや、仕方ないだろ?まさか、"マグパイズ"に呼ばれて引き止めるなんて出来る訳ねぇーぜ!やったなぁ、ナイト!」
(まだ、そんな事を言っているの?)
再び目を伏せた彼女を、ナイトが更に煽った。
「アンタの方でレオに言っておいてくれ!あんな華奢なパスじゃ、俺に追い付くのは無理だとな。あんなパスは、女子サッカーレベルだぜ。」
舞の頭もフル回転で動いていたのだが、思い浮かんだのは・・
「そう・・楽しみにしているわ。貴方が、チームとサポーターをガッカリさせる様なことがないように期待しています。」
ナイトの鋭い視線が舞の睨みと激しく交差すると、彼は目を逸らし"フッ!"と片側の口角を上げて笑みを浮かべ、軽く首を振り店を後にした。
「北条チーフ、その・・すみませんでしたね。いや、まさかこんな事になるとは思わなかったよ。」
ケビンは、持っていたラガーを一口飲むと頭を掻いた。
「ケビン、チームの内情は、選手が語る事ではないわ。気を付けてね?」
「面目ねぇ・・。」
舞は軽くため息をつくと、目の前のラガーが入ったコップを見つめた。先程までコップの縁を覆っていた泡は、もう無い。それは、彼女の未来を映しているようで、より一層気を滅入らせるものであった。
やがて、ケビンと別れた舞は、その脚で家路へと向かっていたのだが、考えとは裏腹に帰りたくない気持ちからスマホを操作していた。誰かに聞いて欲しい・・自分のして来たことは、独りよがりの空虚なものなだろうか?悔しいがナイトの一言は心底効いた。見ない振りをしていただけの根底にある懸念を看破されたことで、彼女の不安が果てしなく増幅された。彼の言う通りなのだ、自分は誰一人"著名な選手"を登用していないのだから・・と、彼女は"ぼー!"とする頭でスマホから視線を外し路面を観た時、思わず"はっ!"とした。
「あれ?会社・・何で?」
見慣れた風景に目頭が熱くなったのだが、もう少しで涙が落ちる手前、彼女は天を仰いで唇を噛み締め我慢すると呟いた。
「よし!」
そう言うと、胸を張りグリフタワービルへと向かった。
時間的に正面の回転式自動ドアが締まっているため、彼女は専用通路から入り守衛室に顔を見せた。
「すみません・・」
「はい・・ああ、北条チーフ?お疲れ様です。どうされました?」
見覚えがある・・確か、奈々と居たあの晩、原澤会長が掛けてくれた毛布の、そう!あの時の彼だ。左胸に『グリフ警備保障 Co., Ltd ロック・ギブソン』とある。
「ごめんなさい、今って・・エージェント課のフロアーで働いている方は?」
「いえ、皆さん帰られてますけど・・」
「そう・・ですか、ありがとうございます。」
舞はそう言うと、エントランスホールのメインエレベーターへ俯向き加減に向かおうとした時だった。
「あ!北条さん?」
「はい?」
ロックが守衛室の小窓から顔を覗かせ、舞に話しかけて来た。
「原澤会長なら、居られますよ。」
「えっ!?会長が?こんな時間に・・ですか?」
舞は、思わず守衛室の小窓まで駆け寄ると、聞き返した。あまりの剣幕にロックが目を見張ってのけぞり、やがて微笑んだ。
「ええ、原澤会長は5階会長室の奥に居室を設けて、其処に住まわれてますから。」
「そう・・なんですか。」
舞が目を丸くし、やがて項垂れた。
「そうだ!ちょっとお待ち下さい。」
「えっ?」
ロックは、そう言うと守衛室のテーブル上にある収納箱から、封筒を何通か取り出すと舞に差し出した。
「こちら、会長宛の封書になります。明日でも良いのですが、どうでしょう?お持ち頂けますか?」
「えっ、私がですか?あのう・・何で・・?」
「さあ?何ででしょうね(笑)でも、僕は、原澤会長を尊敬していますし、感謝もしています。僕の様な下々にいる社員にまで声を掛けて下さる、そんな世界的大企業の会長さんなんて、想像出来ませんよね?休んで居られる時にも、仕事をされてるんですよ、会長は。だから、側にいて安らかにしてくれる、そんな女性が会長には必要なんです、きっと。」
舞は、潤んだ瞳で彼を見つめていたが、震える手で彼の手から封書をを受け取った。
「すみません・・」
「あー、そうだ!北条さん、これも持ってってよ!」
「はい?」
ロックの背後の方から声がして、舞は思わず室内を覗いた。奥で年配の白髪男性が、ワインボトルを持って来た。
「これ、いいよな?ロック。」
「あ、そうですね!はい。」
「北条さん、これねぇ、エリックさん(エリック・ランドルス秘書室長)からの頂き物なんですよ。誰が飲むかで協議になってましたが、いかんせん高価過ぎて誰も手を出さなかった一品です。是非、貰って下さい。」
ボトルのラベルには、1965年 Barbaresco GAJA (バルバレスコ・ガヤ)とある。かなりの年代物であるような気がして、彼女は目の前で手を振って断った。
「そんな高価なワイン、戴けませんよ!皆さんで戴いて下さい。」
「いいかね、北条さん?独り身の"酸いも甘いも"嗅ぎ分けてきた男に、手ぶらで行こうなんざ、処女がすることだ。理由付けが出来る女こそ、粋ってもんじゃないかな?」
「で、でも・・」
「ほれ!お持ちなさい、貴女が本気なら・・さあ!」
舞は目の前にあるワインボトルから視線を外さずに聞いていたのだが、年配の白髪男性に押されて"おずおず"とワインボトルを受け取った。彼の左胸に『グリフ警備保障 Co., Ltd ボブ・ディンケス』と書かれたネームプレートがあった。
「すみません・・私が伺ったことで、かえってご迷惑をお掛けして・・」
「馬鹿言っちゃいかんよ!これはね、我々の会長に幸せになってもらいたい!そう思う気持ちと、お嬢さんにならきっと、あの方を託せる!そう思う、オヤジの余計な計らいなんだ。だから、気にせずに、行っとくれ!」
項垂れていた舞が顔を上げた時、その瞳は更に潤んでいた。思わずボブが目を見張ると、照れて頭を掻いた。それに対し再び顔を伏せた舞は、ワインボトルを大事そうに抱えて深くお辞儀をした。
「すみません・・本当に、ありがとうございます。」
彼女は、そう言うと身を翻してヒールを鳴らせ、小走りでエントランスの暗闇へと消えて行った。ボブとロックは、揺れる引き締まった彼女のヒップを見続けた。
「他の奴らに、何て言い訳をしましょうか?」
「そんなもん決まってるだろ?"呑んじまった!"その1択さ。」
1階エントランスホールに舞が到着し、上階へのボタンを押すと"ポン♬"という音と共に、8台ある内の左から2番目のエレベーターの扉が開き、彼女は乗り込んだ。ワインボトルを抱える腕に力を込め、彼女は5階のボタンを押した。扉が閉まり上昇していくエレベーターの中で、彼女は1人呟いた。
「どうしよう・・『お疲れ様です!素晴らしいワインが入ったので、如何でしょうか?」変かなぁ?」
"ポン♬"という音と共に、エレベーターがあっという間に5階に着床した。
暗い部屋の中、開け放たれた窓から風がそよぎ込み、カーテンをはためかせている。40畳はあるだろうか?そのリビングには、ベッド、キッチン、ユニットバスが置かれていて、暖色系の明かりに精悍な顔が映し出されていた。グリフグループ総裁 原澤会長は、ソファに腰掛けテーブルに置かれたワイングラスを取ると一口飲んだ。室内には、ジャズの帝王と異名を持つマイルス・デイビスの『So What』が、粋で荘厳なサックスを奏でている。シャワーを浴び上半身裸、下半身はスラックス姿の彼は、ただはためくカーテンを見つめ続けていた。今迄、仕事はかなりハードだった。起動に乗るまで!そう決めていても、細かい所にまで気にかけてしまう悪い癖が、そうさせていたのだ。だが、忙しいことはいい、何故なら離れて暮らす子供のことを考えなくて済むからだ。逢いたくて仕方ないのに、逢うことで元妻がモラル的に悪いことをしたということを教えてしまう、知らしめてしまう、そうなってしまいそうで、彼はひたすら耐えた。だが、独りになるといけなかった。勝手に思い出され、悔しさに心を押し潰されそうになり、彼は再びグラスに手を伸ばし、一口ワインを飲んだ。と、そのワイングラスに差し込んだ灯りを観て、彼は舞を思い出した。ドイツ🇩🇪のジャズバー”Zosch(ゾッシュ)”にて、対面して飲んだ時のことを。彼はふと、自分の唇に右の人差し指を触れ、彼女の熱い吐息を思い出していた。もう、男として枯れてしまったという思いだったのに、まさか、あの日出逢った運命の女性に、こうして再開出来るとは・・そう思った時だった!?
"ガチャ・・"
「すみま・・せん。」
会長室に繋がる扉が開き、今、想いに耽っていた、まさに"夢の人"が入って来たのである。彼はソファから振り返り彼女を見て、目を丸くした。
「あ!すみません、会長・・あのぉ・・そう!守衛室から預かって来ました。」
舞は扉をゆっくりと閉め、玄関で靴を脱いで屈み込んで揃えて立ち上がると、小脇にワインボトルを危なげに抱えてバッグの中を探った。
「きゃっ!?」
原澤会長は、ゆっくり近付いていたが素早く舞の元に駆け寄ると、彼女の脇から落ちそうになったワインボトルを抑えた。
「す、すみません!ごめんなさ・・!?」
カーテンから差し込んだ月明かりで原澤会長の肌身の上半身がよく見えた。贅肉が感じられない、まるでダビデ像の様な筋肉質の身体に目が行った直後、身体中に刻まれた無数の傷に気付いた彼女は、思わず目を見張った。
「こんな高価なワインを落としたら、一生後悔しそうだな。」
彼が微笑んで立ち上がるのを、目で追った彼女に気付いた彼が、問い掛ける。
「どうした?」
舞は震える手をゆっくり伸ばすと、彼の左首元にある太く盛り上がった傷に触れ、その指はゆっくりと左胸、右脇腹にある弾痕の様な傷跡へと触れた。
「この傷・・以前、教えて下さった、あの?」
「そうだな・・死にかけた古傷だよ。左首のこれは、リビア内戦で局地戦になった時にナイフで抉られた物だ。左胸の傷は、ロシア🇷🇺・ジョージア🇬🇪紛争の時に受けたグレネードランチャーの破片によるもの。この脇腹はISIS(イスラム国)によるイラク🇮🇶内戦でパイナップル・・手榴弾のことだが、それの破片を食らったものだよ。背中にも幾つかあるがね。」
壮絶な過去が、彼の身体に刻まれていた。舞は自分の住んできた環境が、如何に平和な世界であったのかを思い知らされると共に、戦場へと赴いた背景が気になった。
「今でも・・痛むことは、あるのでしょうか?」
「ああ、あるよ。だが、心の痛み程、辛くはない。」
舞は彼の間近に立ち、胸にある傷に指を這わせていた。この壮絶な傷より辛い心の傷とは?私では癒して差し上げることは、出来ないのだろうか?
「その脇に抱えているワインは、どうしたんだい?」
「あっ!?はい、これは・・」
舞は、脇に抱えていたワインを両手で持ち直すと、原澤会長に手渡した。
「実は・・お恥ずかしい話ですけど、こちらに伺うのに手持ち無沙汰の私を見かねて、封書やワインを守衛室のボブさんとロックさんが準備して下さいました。」
「ほう!彼等がかね?」
「そのワインは、エリック秘書室長からのプレゼントだそうです。」
「これが?本当か?」
「はい。」
原澤会長が、ワインのラベルをまじまじと見つめて呟いた。
「エリックのやつ、何を考えているんだか。」
「え?」
「そう、思わないか?警備員室にアルコールの意味が分からん。」
「あ!そうですね(笑)」
舞が原澤会長の言葉に、右手を口元に当てて笑っているのを、彼は微笑んで見つめた。
「1965年 Barbaresco GAJA (バルバレスコ・ガヤ)・・確か、世界最高峰の赤ワイン葡萄のひとつネッビオーロ種から作られる長命で力強い味わいを持つワイン、バルバレスコだな。」
「そんなに、著名な赤ワインなんですか?」
「ああ、『ガヤを飲まずしてピエモンテはもとより、イタリアワインは語れない!』と讃えられる、イタリアで最も偉大な生産者、アンジェロ・ガイヤの手掛けたものでね、当時のラベルデザインからも歴史を感じる事の出来る稀少な1965年ものだ、しかも、私より年上だよ(笑)よし!早速、頂こうか。君も一緒にどうかな?」
「宜しいんですか?」
「勿論だ。」
彼はそう言うと、アイランドキッチンに向かい食器棚から金属製のバケツを取り出すと水を入れてワインボトルを沈めた。舞が恐る恐るといった形でゆっくりと、近付いた。
「何故、バケツの水に浸けたのですか?」
「ん?これか?赤ワインを常温のまま飲むと、ぼやけた締まりのない味になってしまうことがあるんだよ。赤ワインを冷やし過ぎてしまわないようにすることも大切でね。渋みでコクのある赤ワインを冷やし過ぎると、渋みが強調されてしまうから16~20℃と冷やし過ぎないように調整するんだ。そうすることで、コクと渋みをちょうど良いバランスで美味しく味わうことができる。」
「へぇ〜!」
舞がキッチンカウンターに手を付いて覗き込む。
「これは、フルボディの赤ワインの話だがね。」
「他だと違うんですか?」
「酸味と渋みのバランスが良いミディアムボディは14~16℃にすることでフレッシュ感と深みのある味わいを楽しむことができるし、タンニンが控えめで飲み口がスムースなライトボディは、12~14℃とフルボディより低めの温度で冷やすことで引き締まった味になるそうだよ。」
「知らなかったです、白ワインもあるんですか?その〜、美味しい飲み方とかが?」
「勿論だ。辛口の白ワインの適温は6~12℃としっかりと冷やした方が、酸味とフレッシュさが際立って美味しく感じられる。白ワインでも、甘口のように酸味が穏やかなものは、6~8℃が適温なんだよ。しっかり冷えていないと、酸味はぼやけてしまい、甘さだけが強調されて締まりのない味わいになってしまう。白ワインにとっても、温度は美味しく飲むための重要な要素になるということだな。」
原澤会長は、舞に語りながらキッチンを行き来している。
「結構、シビアなんですね?」
「そうだな。温度レンジが狭いゆえ、コントロールは難しいかもしれないな。」
「あのう・・会長は、何をされているのでしょうか?」
「ん?お腹空いただろ?ちょっと、待っててくれ。」
原澤会長は、舞の質問にそう答えると、冷蔵庫からシャケやレタスを取り出してキッチン台に置いた。
「えっ!?そ、そんな、ちょっとお待ち下さい!私が致します。」
舞は、そう言うと、彼の前に割って入ろうとしたのだが、彼は舞の肩を掴んで抑えた。
「嬉しいんだよ。久し振りに、この様なステキな機会を設けてくれたキミに感謝しているんだ。」
「そんな、私だって・・そうですから。」
舞が原澤会長に肩を抱かれ恥ずかしそうに俯くと、彼は彼女の髪を軽く撫でた。これは、自然な流れだったのかもしれない。互いが必要とし求め合っていたのだから、こうなることは予測が出来ていた。舞はそのまま振り向くと、彼の腕の中へと飛び込んでいた。華奢な肩が縮こまり、緊張で小刻みに震えている。驚いた彼は微笑むと優しく舞を抱きしめ、髪を何度も撫で続けた。ふと、彼女の身体からほのかに香水、LANVIN(ランバン)のエクラ ドゥ アルページュ特有のエレガントで洗練された心地の良い透明感がある香りがして、彼は彼女の髪に鼻を付けると息を深く吸い込んだ。やがて、ゆっくりと顔を上げた舞は、彼の目を潤んだ瞳で見つめた。原澤会長が彼女の頬に右手を当てると、舞はうっとりと瞳を閉じて頬を摺り寄せた。そして、その右手の親指が舞の唇を軽くなぞると、彼女の唇がまるで薔薇の花びらの様に軽く開き、愛らしいピンク色の舌先を覗かせた。彼はゆっくりと、舞の唇を啄む様にキスをした。唇から両頬、目蓋、額と"チュッ!"と音を鳴らしながらキスをされることに、初めは目を閉じて応じていた彼女だったが、我慢出来なくなって来たのか・・
「あ・・」
と眉間に軽く皺を寄せると、甘い吐息を漏らした。
「んん・・」
その瞬間、原澤会長は舞の小さな唇を自分の唇で塞ぎ、舌を差し込んだ。舞は暫く苦悶の表情を浮かべたが、直ぐに力を抜くと彼の激しい求めに応じて、その可憐なピンク色の舌で宥める様に絡めていく。
「はぁ・・」
激しく吸われ、唾液を注がれ嬉々として飲み干すと、舞は恍惚の表情と共に更に熱い吐息を漏らした。暫くすると、彼は舞の唇から自分の唇を離し、キッチンカウンター上に置いてあるワイングラスを取るとワインを口に含み、再び舞の唇を塞いだ。
「んん・・」
彼の口から唾液の混じった紅の液体を流し込まれた舞は、"コク、コク"と喉を鳴らして呑み干したが、彼は再び舞の口腔内を舌で隅々まで蹂躙した。初めて味わう甘美で濃厚なキスに、彼女の脳に、背中にとスパークが走る。舌を舐られることで腰が崩れ落ちそうになることなど、想像もしなかった。それ程に原澤会長のキスは甘美で、舞に官能の扉を開かせた。
「ふ・うん・・」
そして、遂に彼の右手が舞の張りのある左の乳房に触れ始めた。彼女は待っていただけに、彼の手で両の乳房を扱われることを期待したのだが、予想に反して彼は、彼女のスーツジャケットの上から緩やかな軌道を描いて摩るだけであった。濃厚なキスと異なりその感触の薄いタッチに、彼女の頭は混乱した。
(い、いや・・も、もっとぉ・・)
彼女自身気付かずに、彼の手を求める様に身をくねらせた。だが、それでも彼は揉み上げようとはせずに、ソフトなタッチを繰り返した。しかし、舞の女性器を疼かせているもう一つの要因がある。原澤会長の滾った雄の器官を腰の辺りに灼熱の棒として押し付けられていることで、自分を彼が求めていることを感じてしまったからだ。
「あ・・」
思わず意識してしまった舞の口から甘い吐息が漏れると、彼は唇をそのまま彼女の耳、首へと吐息をかけながら、移していく。特に彼女の性感帯でもある耳元にされる愛撫を、舞は歯を食い縛って擽ったいことに耐えたのだが、彼は小刻みに震える舞に直ぐに理解したのだろう?舌を使って耳までも舐ってきたのだ。
「くぅ・・」
首を傾げて受け入れていた舞が、堪らず頭を捩った。
「す、すみません・・辛いです、ちょっと。」
「ん?そうか・・悪かったね。」
舞は身を捩らせ原澤会長の腕から離れると、顔を伏せて呟いたのだが、それを聞いた彼はすまなそうにして身を引いた。
「あ!いえ、違うんです。その・・恥ずかしいんですけど・・気持ち良くて、立ってられませんでした。」
「いや・・、すまなかったね。」
「そんな・・謝らないで下さい!私、お待ちしてましたから・・」
原澤会長は、舞から離れるとリビングへ向かい始めた。舞の脳裏に一瞬"しまった!"という思いが飛び込んで来た。彼女は小走りに駆け寄ると、彼の背中に飛び付いた。
「待って下さい・・嫌なんかじゃないんです。その・・上手く言えなくて、ごめんなさい。」
彼が部下である自分を女として扱うのには、きっと立場的にも勇気が必要だったはずだ。意を決して受け入れてくれたのに、拒否をした様に取られかねない行動をしたことに、彼女は心底悔いた。
「いや・・恥ずかしいよ。この歳にして、キミの気持ちを考えずにしてしまったことが・・情けない。」
「気持ち?では、考えて下さってるのですね?私が1番聞きたい"貴方からの言葉"を・・お分かりになられますか?」
原澤会長は振り返ると、背後に抱き付き真剣な眼差しをしている舞と目が合った。潤んだ瞳は"行かないで!"と懇願している様に彼は感じ、その熱い眼差しを見ていられずに前を向き俯くと深くため息をついた。
「私は、キミを不安にさせているのか・・だとしたら男として、これ程に情けないことはないな。キミが聞きたいその"言葉"とは・・一体何かな?」
「原澤会長は、私を愛して下さってますか?必要だと、そう仰ってくれますか?私を・・自分だけの女にしたい!そう、仰っては下さいませんか?」
原澤会長は目を見開き、再び舞へと振り向いた。彼女は、彼の顔を真剣な眼差しで見つめ続けている。そして、そのピンク色の可憐な唇が、再び開いた。
「お慕いしています、原澤 徹さん。貴方を誰よりも愛しています。もし、貴方の口から、私を"愛している""お前が必要だ"という言葉を聞けたら、どんなに幸せか分かりません。仰っては、下さいませんか?」
舞は思いの丈、全てを彼に吐露した。それは、彼女自身が今まで、原澤会長を思ってきた飾らない想いであった。彼は、顔を伏せて呟いた。
「私は、過去がある男だ。キミの清らかな未来を汚してしまう、そう思ってしまうんだ。」
「そんなこと、勝手に決めないで下さい!」
舞は強い口調で叫ぶと、原澤会長の前に回り込んだ。
「私の未来は私のものであり、そして、愛する方のものでもあります・・触れて下さい。」
すると、舞はスーツのジャケットを脱ぎソファに放り、ブラウスのボタンに指を掛けて上から順に原澤会長の目を見ながらはずすと、ブラウスも肩から滑らせる様にして脱いだ。彼の目の前に薄い水色でレースの刺繍が施されたDカップの乳房を包んだブラジャーが現れた。舞は背中にあるホックを外すとフロントに手を当ててゆっくりとそれを外した。原澤会長の目前に陶器の様に白い肌の持ち主である彼女に相応しい、見事に美乳と呼べる乳房を見せた。それはバストトップが、肩とひじの真ん中に位置していて、首の下の鎖骨が凹んだ辺りから1cm程の位置と、両脇のトップで三角形を構成しており胸の高さと胸の底辺がほぼ同じ長さで、ふっくらと丸く盛り上がっている。まさに男の夢!女性なら理想的な美しい乳房バストであった。先端には、ピンク色をした小さめの乳輪に花の蕾の様に可憐な乳首が"ツン!"と立っていた。彼女の女として彼を受け入れたい!と想うスイッチが入っている証だった。舞は原澤会長の手を取ると自分の心臓の辺りへと導いた。その美しく隆起した胸の谷間に触れた彼は、思わず息を飲んだ。舞の乳房は、まるで餅の様に彼の手に吸い寄ってきた。彼にとっては初めて触れるタイプの乳房であり、その素晴らしさに思わず口が半開きになるほど感動してしまった。そして、触れた直後、"とくん!とくん!"と舞の速い鼓動を感じ、彼は目を細めた。
「お分かりになりますか?私の鼓動が?」
「ああ・・でも、少し速いかな?」
「それは・・もう!意地悪仰らないで下さい。」
「すまん・・」
「・・」
舞は、耳朶まで朱に染めて俯くと、掴んだ彼の手に更に力を込めた。
「でも・・お忘れにならないで欲しいんです"私の鼓動は、貴方だけの為に打っている"ということを・・。」
衝撃的であった。ここまで、自分を必要だと言う女性が、今までに居ただろうか?
(こんなに幸せなことは・・ないな。)
原澤会長は、舞に抑えられていた右手をそのまま外さずに彼女の左の乳房に移し、軽く揉み立てた。
「・・」
舞の視線が彼の右手を追い、彼女は思わず唇を引き締めて彼を見た。本当に素晴らしい乳房だ、しっとりとして彼の手が離れそうになると"行かないで!?"と言っているかの様に、弾力で吸い付いてくる。彼は心の底から歓喜した。舞は左の乳房を揉まれながら、吐息を押し殺して彼を見ていた。
(会長が、私に触れてくれているなんて、夢みたい・・)
かなり大胆な行動をしてしまっただけに、彼女としては不安が今になって押し寄せて来ていた。嫌われないか、それを心配していたのだが。
「あ・・!?」
原澤会長は、右手の人差し指と中指の背で彼女の起立し切った左胸の乳首を挟むと親指の腹で転がした。あまりの快感に彼女は、顔を伏せて唇を更に強く噛み締めると身体を震わせて耐えた。
「あっ・・ん・・」
と、彼は彼女の右乳房も、空いている左手で同様にこね、その乳首を摘み左親指の腹で転がしたのだ。一気に両方の乳首を弄られ、右手の甲を口に当て小刻みに震える身体で耐えている舞の額に、胸の谷間にと汗が薄らと浮かんできていた、本当に可愛かった。心の底から、愛おしさが込み上げてきて彼の脳髄に彼女があげる歓喜の喘ぎ声が届くと、もう、自分を抑えられなくなっていた。そして、原澤会長が舞を両手で掻き抱く様にして抱きしめると、彼女は驚いて目を見開いた。
「すまない・・キミを不安にさせた事を心から恥じているよ。北条 舞さん、私はキミを心から愛している。」
やっと、やっと・・ハッキリ彼の口から待ち望む言葉を聞くことが出来た。
「う・うう・・」
舞は原澤会長を強く抱き締めると、顔を肩に伏せて嗚咽を上げた。
「私には、キミが必要なんだが、こんな初老の男がキミの様な美しく、若い女性に相応しいのか自分でも自信がないんだよ。」
舞は愛しい彼からの言葉を聞くと、顔を起こして目を見つめた。原澤会長が舞の表情を見て目を見張った。拗ねた舞が、口を尖らせているのだ。
「どうして、まだその様なことを仰るのですか?私を信用出来ませんか?」
「そんな事はない!」
「私は何も・・何も要りません!徹さん、貴方さえ居てくれたら・・」
大粒の涙を流しながら、舞はキスを強請ってきた。彼が応じたそのキスは、塩っぱかった。そして、彼女の舌は"お願いだから、気持ちよ届いて!"と訴えているかの様に、彼の口の中で暴れ回った。暫くして落ち着いたのか、舞が唇を離し吐息を吐いた。
「はぁ・・」
彼女は、原澤会長の顔を両手で挟み優しく撫でると、隅々まで顔を見つめた。
「舞、俺達二人なら・・一緒なら、大丈夫だな?」
原澤会長が、舞を見て呟く。
「はい。大丈夫ですよ、私達なら。」
舞が満面の笑みで彼の問いに答えると、彼は舞のスカートのホックを外し始めた。

ここから行われた2人の愛の証は、残念ながら、ここでは公開出来ません。ステキな行為なだけに無念です。無事、舞が原澤 徹の彼女となったことは、想像に難くないでしょう。作者としても、やっと、本当の物語が始まる!そう思っています。
さて、その後、どうなったのか?覗いてみましょうか?

「ん・・」
原澤会長の左腕の中に入り込み、胸に頭を乗せて熟睡していた舞が軽く動いた。時計は、午前3時を回っている。3時間は、寝ただろうか?舞を起こさない様にしてベッドから降りた全裸の彼は、舞の着ていたブラウス、下着類を拾うと洗濯ネットに入れ、自分の服と一緒に洗濯し始めた。次にソファに近寄り、舞が置いていたスーツ類を専用のハンガーに掛けると、部屋に置いてあるLGエレクトロニクス・ジャパンのスチームウォッシュ&ドライ「LG Styler(LGスタイラー)」の中に入れスイッチを押した。この製品は、ロッカーのような形をしたクローゼット型のホームクリーニング機で『スチームウォッシュ&ドライ』とあるように、内部をスチームで満たすことで、洗濯機では洗えない衣類の除菌や除臭が可能となり、振動によりシワ取りや花粉・ホコリなどの汚れを落とすこともできる、優れものである。一通り終えた彼は再びベッドに戻って来ると、気持ち良さそうに軽く寝息をたてている舞を見つめた。自然と可愛らしい唇に目が行き、先程まで初めてベッドで、ソファで情を交わした時の事を思い出していた。舞は徹の古傷にキスの雨を降らし、懸命に何度もそこに舌を這わせ続けたのだが、それはまるで少しでも痛みを理解しようとしているかのように思えた。やがて、彼の雄の器官をその小さな愛らしい唇と舌で、何度も、何度も奉仕し愛撫を繰り返すと、口の中に出された雄のエキスを嬉しそうに最後の一滴までも吸い出し、飲み干した後に徹の顔を見て、笑顔を見せた。その見上げる可愛らしい顔を思い出してしまった彼は、再び下半身に熱い物が甦るのを感じ、思わず一人頭を掻いて照れると、彼女の髪を軽く撫でてあげた。
「ん・・」
と声を出して、舞は布団に深く包まる。
「参ったな・・」
心底、惚れてしまった。この歳でここまで惚れてしまうことは、ある種危険なことかもしれない。中年というより、初老オヤジの若い娘への恋だ。徹は舞を起こさない様に、自らの身体をベッドに潜り込ませた時だった。
「ん・うん・・」
(おっと!)
突然、舞が徹の左脇から再び抱き付いてくると、その胸に頭を乗せて寝息を立て始めた。掛けていた布団がはだけてしまったが、室内は空調が効いているため、
「まあ、大丈夫か?」
彼は口元に笑みを浮かべると、左手で舞の頭を撫でながら、やがて、夢の中へと誘われて行った。
「ん・・」
徹は、コーヒーの香りで目覚めた。"トン!トン!トン!"軽快な包丁音を聞いた彼は、ベッドの上から身を起こした。視線の先、アイランドのキッチンでは、徹のシャツを来た舞がまな板を使ってキャベツを切っていたのだが、ふと、顔を上げて彼を見ると溢れるくらいの笑顔を見せた。
「おはようございます♬」
「ああ・・おはよう。」
舞は手を洗うと、ベッドへと走って来てそのまま飛び乗ると彼の元に四つん這いになって近付いて来た。下着を付けていない胸元が見事なまでに徹の目を覚まさせる。やがて、彼の腿の上に真っ白い腿を露わにさせて跨いで座ると、両手を彼の首に回して唇にキスをし、そのまま舌を絡めて来た。ねっとりとした、愛のあるキスを交わすと舞は「はぁ・・」と甘い吐息を漏らした。
「シャワーを浴びたのかね?それは、俺のシャツか?」
「はい。ごめんなさい、私の見当たらなくて・・、下着もなんですけど・・。もしかして、洗濯して下さってますか?」
「ああ。」
「ありがとうございます、着る服無いから助かりました。」
舞は眉間に皺を寄せ、済まなそうな表情を浮かべた。
「やん♬」
徹は舞の着ているシャツを捲り、自分の腿の上に感じる彼女の生尻を確認するように股間を見てパンティを履いていないのを確認した。
「ふむ・・最高の視界だな。」
「そうなんですか?(笑)」
舞は後ろ手に軽く身体を倒すと、彼の見易い様に膝を立ててM字に股を開いて見せた。
「いや、最高だよ。もっと膝を立てて開いて見せてくれ!」
「こうですか?ふふ、何時でも愉しんで下さいね♬」
舞はそう言うと暫くそのままにしていたが、急に身体を起こし、徹に軽くフレンチキスをしてベッドを降りた。
「おいおい!もう、おしまいなのか?」
「だって・・したくなっちゃったもん!でも、時間無いでしょ?だから、残念ですけど、また、ね?それより、もう直ぐ朝食が出来ますけど、もう食べますか?」
「そんな時間か・・すまないが少し時間をくれ。」
「どのくらいでしょう?」
「30分・・いや、45分かな?」
「はーい!分かりました♬」
舞はそう言うと軽やかに再びキッチンに戻り、包丁を使い始めた。徹は脱衣室へと向かうと、乾いた洗濯物を取り出してリビングへと戻ってきた。
「あ、終わってますか?」
舞は再び手を洗って拭くと、徹の元に小走りで近付いてきた。
「ああ、大丈夫そうだ。」
「ごめんなさい。ホント、助かります。」
舞が洗濯物の中からジッパーの付いた袋を取り出し、中から自分の下着を取り出した。
「なんだ、付けるのか?」
「えっ?あ・・後に、しましょうか?」
「そうしてくれ、是非。」
「はい、分かりました(笑)。」
舞は、満面の笑みを見せたが、次にクシャクシャになったブラウスを取り出すと眉間に皺を寄せた。
「徹さん、アイロンってあります?」
「お!それか、貸してごらん。」
徹はそう言うと舞からブラウスを受けとり、『LG Styler(LGスタイラー)』に近付き、扉を開け、中から舞のスーツを取り出した。
「あ!私のスーツ、そこでしたか・・え?うわー!皺がなくなってる・・凄〜い♬」
徹がハンガーから舞のスーツを外すと、それを彼女が受け取り、近くにあったハンガーに掛け替えカーテンレールへと掛けると、直ぐさま徹の背中に抱き付いた。徹は、付け替えた舞のブラウスを『LG Styler(LGスタイラー)』に入れ込み、スイッチを押した。
「スーツは埃も取って、脱臭・除菌もしてるよ。ブラウスは、こいつで皺を取るとしようか、食後には出来てるだろう。」
「すみません、他は私が畳んでおきますね。」
「すまない。」
「そんな・・私には命じて下さいね、遠慮なく。」
「いや、舞だからこそだろ?命令はしたくない。」
徹が苦笑して舞に話し掛けたのだが、彼女は意外にも真剣な眼差しで応えた。
「徹さん、自分の身体に御願いってしますか?それこそ命じるのでは?私が貴方の一部と思うのであればこそ、遠慮なさらずに命じて欲しいんです。」
舞の言葉に、彼は思わず腕を組んで、考え込むと口を開いた。
「じゃあ・・脱げ!と俺が言ったら・・」
「はーい♬」
舞が手を挙げ、シャツを捲って脱ごうとしたため、股間の薄らとした茂みが見えた。
「いや・・着てていい。」
「えーーー!どうしてですか?」
「ほれ!聞けない命令もあるじゃないか?」
「"脱げ"の後の"着ろ"は、ダメなんです。」
「難しいなぁ・・」
「たまーに、自分の身体も言うことを聞かない時って、ありますよね?そう!まさに、それです。」
「何だ、そりゃ(笑)。」
徹の屈託のない笑顔に、舞は上目遣いで唇を一文字に引き締めると、右手の小指を口元に当て揶揄う様に彼を見たのだった。やがて、徹がシャワーを浴び脱衣室にて、パンツとスラックスを履き終えると、リビングから固定電話の着信を知らせる音が聞こえ、直ぐに"パタパタパタ!"というスリッパ音と共に、電話の音が近付いてきた。
「徹さん、徹さん!お電話ですよぉ♬」
「お、ありがとう。」
舞は子機を徹に手渡すと、また、"パタパタパタ!"とスリッパを鳴らせてリビングへと向かって行った。徹は、そんな彼のシャツを着た舞の後ろ姿を目で追い、ヒップの辺りがはためいた時に見えた美しい生尻に目を奪われてしまったため、電話に出るのが遅れると、角を曲がった所で舞が振り返った。気付いた彼女は、右手を受話器替わりにハンドサインをし"デ・ン・ワ"と口パクをすると、軽くヒップの辺りを彼が見える様に捲って消えて行ったことで、徹が思わず吹き出した。
「完璧だな・・あ、もしもし?」
彼は心底、舞に感心してしまった。男心をくすぐる術を本能で知っているのか?まさに意図的ではなくて普通に出来ているのだから。昨晩、ベッドやソファの上で情を交わした時もそうだった。彼の欲求を好奇心旺盛で受け入れ、心情を具に感受してくる、感心するしかなかった。だが、徹は1つ大事な事を忘れている。それは、他ならぬ舞の愛というものを・・
「会長さん?なかなか電話に出ないから、死んだのかと思ったじゃないかい!」
電話の主は、黒人のハウスキーパー アニータ・ラドキンスである。ふくよかと言って良いのか・・グラマラスな体型で、ぶ厚い唇にくりっくりの瞳、癖っ毛の髪をお団子みたいに後ろで束ねた愛らしい女性だ。徹は、会長就任以来、ずっと、歳上の彼女に御願いしている。彼の能力である直感が、彼女を信頼出来る!そう言っているためだ。まあ、口が悪い所はあるが、それも個性と彼は思っていた。
「申し訳ない。今、脱衣室に居るんだよ。まだ、小一時間掛かりそうだけど、良いかな?」
「どうしたのぉ?早くから仕事する会長さんが、珍しくないかい?」
「朝食もこれからなんです。」
「おや?じゃあ、あたしが作ろうか?」
「いや・・アニータ、1人じゃないんだ・・その、彼女ができたんだ。」
「え?本当かい!?」
「あ、いや!このことを話したのも、実は君が初めてなんだ。彼女を大切に思っていてね、見守ってもらえるかい?」
「当たり前だよ!何言ってんだい。分かったよ、待ってるから連絡しとくれ。」
「ありがとう。」
徹は通話を終え、ため息をつくとリビングへと向かった。
「お仕事ですか?」
舞が、4人掛けのテーブルに出来上がった食事を並べながら、話し掛けてきた。
「いや、後で話すよ。お、美味そうだな?」
「まだ、徹さんの好みを伺ってなかったので、取り敢えず冷蔵庫にある食材で作らせて貰いました。」
テーブルには、ご飯とソースのかかった鮭のムニエル、サラダと味噌汁、それにコーヒーが湯気を立てている。
「コーヒーは、温め直しましたが入れ直しますか?」
「いや、これでいいよ。ありがとう。」
徹が席に腰掛けた対面に、舞が腰掛けた。
「いい香りだ。久しぶりの日本食だよ、ありがとう。」
「いいえ、お口に合うと良いのですが・・鮭のムニエルなんですけど、柚子胡椒のソースを添えてみました。」
「柚子胡椒のソース?ほう!なるほど、それで更に良い香りがするのか?」
「柚子胡椒がアクセントになるので、普通のムニエルに一手間加えたムニエルです。もし、辛いものが苦手だったらと思って、柚子胡椒の量を少なくしました。」
「気にしてくれたのか?悪かったね。大丈夫だよ、ありがとう。」
「いいえ。さ、頂きましょう♬私、お腹ペコペコです。」
「ああ。」
舞は可愛らしく舌舐めずりすると、味噌汁の碗を両手で持ち一口啜った。
「はぁ・・美味しい。」
「ちょっと、驚いたよ。」
徹がサラダを食べながら、舞に語り掛ける。
「何がですか?あれ?徹さん、マヨネーズは?」
「肥えるし、塩分あるからかけないよ。」
「普段からですか?」
「気を付けてるね。かける時は、黒酢とオリーブオイルくらいかな。」
「あ!ありましたね、黒酢。ちょっと、待って下さいね。」
舞は"パタパタ!"とスリッパを鳴らしてキッチンに行くと、その2つを持って来て徹の前に置いた。
「お!悪いな、ありがとう。」
徹が置かれた黒酢の蓋を開けると、目分量でサラダにかけた。
「私も同じにしますね。この黒酢って、お勧めなんですか?」
「そうだな。酸っぱ過ぎず、俺は好みだよ。でも、舞はマヨネーズ好きじゃなかったのか?ほら、前に呑んだ時に聞いたぞ。」
「あれは、若い頃ですから・・。」
「今も若いぞ?」
「ふふ、ありがとうございます♬」
舞は両手で頬を挟むと戯ける顔をして照れ隠しをした。
「黒酢は、一般的なお酢に比べてクエン酸やアミノ酸が多く含まれていてね、そのため高血圧予防、血流改善、抗酸化作用、ダイエット、便秘解消など様々な効果があるんだ。『体のコゲ』と呼ばれる"糖化"は、動脈硬化や骨粗しょう症、しわ・たるみなどの原因となるからね、黒酢は糖化防止にも効果的なんだよ。」
「良いことづくしじゃないですか?では、1日の必要摂取量って、どのくらいなんですか?」
舞が黒酢の入ったボトルを持ち蓋を開けると、目を丸くして問い掛けた。
「黒酢はだいたい、1日15cc~30cc程度を目安に摂取するといいそうだよ。原液のまま飲用してしまうと酢に含まれる酢酸成分が喉や消化器官を傷つける恐れがあるから、10倍くらいに薄めて飲むと良いらしいね。」
「なるほど・・この位・・かな?」
「いいんじゃないか(笑)」
「次は、オリーブオイルですよね?これも?」
「エキストラバージンオリーブオイルは酸度が低くてね、このオイレン酸は悪玉コレステロール値を下げ、しかし善玉コレステロール値は下げないという働きをしてくれるんだ。そのため、動脈硬化・高血圧・心疾患などの生活習慣病を予防、改善につながるとされているよ。飲む効能として、オレイン酸による作用で便秘の解消が見込めるよ。消化されにくいオレイン酸は、小腸で消化・吸収がなされず大腸まで届くからね。この時、酸が腸壁を刺激し、ぜん動運動の促進をさせることで便秘に効果的だと言われているんだ。1日に1〜2回、1回につき小さじ1杯程度の摂取、または飲まずともサラダやパンなどにつけて食べることでも、その効果は得られらしいよ。」
徹が自分のサラダに"ぐるり"とひとかけさせると、オリーブオイルのボトルを舞の前に置いた。
「そうなんですね!私も・・この位かな?」
舞も徹の様に自分のサラダに"ぐるり"とひとかけさせ、ボトルを卓上に置き軽く箸で掻き混ぜて一口食べてみた。
「うん!野菜そのものの味が楽しめて、シャキシャキ感もあって美味しい♬」
「鮮度を感じるよな?」
「うん♬凄く、美味しぃ〜。あ、そうだ!さっきの電話、お仕事じゃなかったんですか?」
舞はサラダを口に運びながら、徹に聞いてきた。
「うん、ハウスキーパーの女性からだよ。何時もなら仕事している時間だからね『どうしたんだい!?』なんて、心配されたんだ。」
「あ、ハウスキーパーさんから?」
彼女は、思わず自分の姿を見廻して顔を痙攣らせた。
「『食べ終わるまで、待って欲しい』と御願いしたよ。遂に彼女が出来て、今、ひと時を楽しんでいることを伝えたから。」
「あのう・・私を他の方に紹介して下さったんですか?」
「ああ、勿論。いけなかったか?」
嬉しかった。昨日の今日、先程始まったばかりの愛なのに、彼が本気だということを実感出来、目尻にじわりと涙が浮かび、舞は唇を噛み締めて耐えた。
「直ぐにとは言わないが、社内恋愛でもあるからな、伝えなければいけない者達も居るよな?」
「嬉しい・・私も奈々とシャロンには、話したいです。」
「任せるよ(笑)。俺は、ゲイリー、アイアン、ケイト、エリックか・・しかし、都合上、ゲイリーには、身内へ伝えて貰わないといかんな。」
「身内ですか?」
「奈々さんの件があっただろ?舞、君は唯一無二の存在だ。彼等に護らせるよ。」
「そんな・・」
言葉が出なかった。浮かれてしまっていたが、現実を少しずつ痛感し始める。自分が惹かれてしまった男性が、どれ程の方なのかということを。
「あのう、アイアンも・・ですか?」
「心配か(笑)?」
「・・はい。」
「ははは、そうだな。だが、俺は奴を気に入っているんだ。喩えるなら"出来の悪い弟"の様なものかな、すまないが。」
「いいえ・・でも、彼に一言お願いします。」
「ん?一言?」
「その・・舞を脅すなと。」
「何!脅したのか?」
「あ、いえ・・」
一瞬、徹の表情が、アイアンに対峙した際のそれになったことに、顔を痙攣らせた。
「舞、君が俺の選んだ女性であると奴が知ったら、恐らく態度が変わるだろう。もし、変わらない様であれば、其れこそ教えてくれ。しっかりと説教してやるよ(笑)」
彼はそう言うと、味噌汁を啜って"ニヤリ"とほくそ笑んだ。舞は、急に食欲が無くなってきた。原澤会長の彼女として、自分は大丈夫なのだろうか?
「舞、不安か?」
「えっ!?あ、いえ、そんな・・」
「今なら、まだ間に合うぞ。」
「そんな・・私は、決していい加減な気持ちでは・・」
「俺からは、離れることはない。それだけは、言っておくよ。」
気持ちを看破されたことを、彼女は恥じた。今、さっきで、何を自分はしているのか!愛する人を不安にさせる様なことを、自分はしない!そう思っていたのに・・
(情けない!情けないぞ、北条 舞!!)
舞は、ご飯の茶碗を持つとシャケのムニエルを口に放り込み、ご飯を口一杯に書き込み、味噌汁も"ずず〜〜!"と啜った。その豪快さに、思わず徹が目を丸くして見た。
「まるで、どんぐり頬張ったリスみたいだな?」
「ぐっ!?」
「お、おい!大丈夫か?」
舞は、吹き出しそうになるのを何とか堪えて、飲み込んだ。
「はぁ〜!し、死ぬかと思った・・も〜!徹さんが変なこと、言うからぁ〜!」
「パンパンだったぞ、ほっぺが?」
「危ない、危ない。あ、徹さん?」
「ん?」
「覚悟が無くて、女を張れますか!貴方の隣は、私の指定席ですから!そこは誰にも、譲りません!!」
「そうか・・」
舞が"エッヘン!"と胸を張って見せたことに、彼は笑顔で嬉しそうに応えた。
「そう言えば・・昨晩、来たのには・・その、何かあったんじゃないかね?大丈夫か?」
舞は突然、話を振られて目を丸くした後、顔を伏せてしまった。
「何があった?俺には、隠し事は無しだぞ。話してごらん。」
暫く沈黙していた舞だったが、軽くため息をつくと話し始めた。
「昨晩、ナイト・フロイトと逢いました。」
「ナイト?元キャプテンのかね?」
「はい。」
舞が、"こくり"と頷く。
「DFのケビン・ティファートに『相談がある』と呼び出されたBARに居ました。ケビンは『ナイトをチームに呼び戻して欲しい』と要求してきたんです。」
「そうか。彼は知っているだろ?ナイトの素行を?」
「はい、そのはずです。それで、ナイトの口から移籍先が決まったとの報告を聞けました。」
「移籍先?他のチームが獲得したと?」
「はい。」
「よくもまあ・・それで?」
「"マグパイズ"だそうです。」
「"マグパイズ"・・確か、イングランド🏴1部プレミアリーグ所属の名門ニューカッスル・ユナイテッドFCだったと思ったが、合ってるかな?」
「合ってます。」
「ふーむ・・あそこは、色々とあったよな?」
「はい。ジョーイ・バートンやアンドリュー・キャロルらを筆頭に問題児が多く在籍していたことで知られています。練習中でも試合中でも所構わずチームメイト同士で殴りあうことなど、このクラブにとっては日常のことですから。」
「ナイトの採用も、頷けると?」
「選手の過去をあまり気にしない、そんな所でしょうか。それに、マイク・アシュリー会長が非常にビジネスライクな存在です。フットボールで勝つというよりも、いかに健全にビジネスを行うかに重きを置いているかということ。購入時に抱えていた150億円超とも言われた巨額の負債を短期間で完済するなど、ファイナンスにおいては完璧な方です。クラブ運営以外の所でも数多くのM&Aを手掛けており、非常にビジネス面でのやりくりにたけた手腕の持ち主ですから。」
「なかなかの、経営手腕だな。」
「徹さんと比較するには、かなり差がありますけどね(笑)。」
「俺のことなどは、いいさ。」
「すみません。そのマイク・アシュリーが会長になってからは、選手の獲得に大きな予算を回さずに、いかに低コストでチームを経営・運営するかという部分に重きが置かれています。人件費を約6割も抑えるなどは、ある種、強引とも言える手腕を発揮するも、ピッチの現場からは強化費が全く予算化されず、歴代監督は嫌気を差して辞任が続いているんです。」
「そうか・・だが、ナイトを採用した"マグパイズ"など、君にとってはどうでもいいんじゃないのか?何があった?」
徹は食べ終わり、コーヒーカップを口に付けて聞いている。舞は、最後の御飯を口に含み食べ終わると彼の顔を見て口を開いた。
「彼から言われました『たかだか十代にキャプテンを任せる様なチームを、何で俺が警戒する必要があるんだ?自惚れるのも大概にしろ。』と。」
「ん?キャプテンて、若い選手がしてはいけないのかね?」
「えっ?あ・・」
舞は、彼の疑問に目を丸くした。そうだ!ラルフマン監督もニッキー以外にキャプテンを熟せる者はいない、そう言っていたのだ。舞にとっては、衝撃的な徹の一言だった。
「ふーん、ナイトだっけか?器の小さな奴だな(笑)で、君のことだ、その後なんだろ?衝撃的な、いや、屈辱感を味わったのは?話してごらん、何だったんだ?」
舞は目を閉じ、再び開くとともに徹の顔を見て口を開いた。
「『素人のアジア人女性がスポーツディレクターなどと自惚れて居られるのは、会長が同じアジア人であって、広報的な戦略に他ならない。獲得した選手が実績が使えるかどうかも分からない、プロ経験のない輩ばかりだ。2部リーグに上がってみろ、そうするとアンタは交代を余儀なくされるだろう。』そう、言われました。」
「そう言うことだったのか。」
徹は、コーヒーを再び口にすると、ため息をついた。
「なあ、舞。実績のある選手を採用するには、その受け皿が必要だと思わないか?」
「はい。」
「資金、環境、ステイタス等だ。3部リーグのウチがチームにそれを満たすものはない、だよな?」
「残念ですが・・」
「と、なればだ、ヤツの言う"実績の無い選手"がとんでもないダイヤの原石だとする。活躍し始めた選手を見て、周りはどう思うかね?ん?」
「それは・・」
「"あの選手をスカウトして来たのは、誰だ?"だろ?」
「・・」
「舞、悩んでしまった時は選手を、部下達を見るんだ。彼等がキミを写す鏡となるだろう。迷うな!自信を持て。お前を真似できるヤツは、一人として居ない。」
舞は、泣いていた。タオルで顔を覆い、肩を震わせ咽び泣いた。誰かに肩を推して欲しかったのだ、自信を感じさせて欲しかったのだ。でも、それが、まさか最愛の人に理解してもらえるとは・・彼女としては、感無量としか言葉が見つからなかった。すると、徹は席を立ち、リビングの窓の方へと歩み寄った。舞は鼻をすすりながら、タオルで涙を拭いて彼を目で追った。
(どうしたんだろう?何かあるの?徹さん・・)
舞の鼓動が、警笛の様に鳴り始めた。一体何が?
彼女の不安が、闇の様に拡がり始めていた。

第24話に続く。

"この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。"

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