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Next Lounge~私の鼓動は、貴方だけの為に打っている~第7話 「士魂」

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

主題歌:イメージソング『Perfect』by P!NK

https://www.youtube.com/watch?v=vj2Xwnnk6-A

『主な登場人物』

原澤 徹:グリフグループ会長。

北条 舞:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター。

エーリッヒ・ラルフマン:サッカーワールドカップ優勝ドイツチームコーチ。

アリカ・ラルフマン:エーリッヒ・ラルフマンの一人娘。YouTuber。元ドイツ陸上界の至宝。

ニック・マクダウェル:アリカの幼馴染。ナイジェリア難民。

アイアン・エルゲラ:ロンドン最大のギャング組織集団『グングニル』のリーダー。

テリー・ゴスティン:ロンドン最大のギャング組織集団『グングニル』のサブリーダー。

モーガン・トリスタン:ロンドン警視庁(スコットランドヤード)警視総監。

ナイル・フロイト:現ロンドン・ユナイテッドFCキャプテン。ディフェンダー。

☆ジャケット:ロンドン南部ランベス・ロンドン特別区ブリクストン路地裏

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

第7話「士魂」

「大丈夫か?」
ラルフマン邸を訪問した翌日、原澤会長と舞はベルリンから直接、ロンドン南部のランベス・ロンドン特別区にあるブリクストンを訪れていた、"ニッキー"ことニック・マクダウェルに会うために。しかし、舞の想いは彼に会う前から期待半分、不安半分であった。表情には出さなかったが、彼の家近くの路地裏に差し掛かった直後、恐怖が彼女の脚を前に進めないでいる。
アリカがニッキーに連絡してくれた時、身の安全を考慮して彼は迎えに来たかったのだが時間がないことを伝えてきた。それは彼が逢いに来る二人を心配してのことであったが、原澤会長は『心配ない。』と一蹴したのだ。
「すみません、私・・」
「ゆっくりでいい、行こう。」
原澤会長は、舞の右前に出ると先に歩を進めた。暫く黙って後ろ姿を見つめていた彼女は、意を決して唇を"キュッ!"と締めると、後を追い掛けて行った。やがて、路地裏に入り10分程入ったとき、階段途中に数人の男達がいるのを目撃した彼女は階段の下、再び脚を止めてしまった。
「行こう。」
彼女の先、階段に立つ原澤会長は左手を差し出し先を促した。一瞬、顔を伏せ躊躇した舞だったが、伸ばされた彼の手を掴んで階段を昇り始め、原澤会長が彼等の手前に来た時だった。目の前に二人、前を塞ぎ舞の横に一人、後ろに三人で囲んできた。
「アジア人、ここを通りたいのかい?」
「ああ。」
「で、幾ら置いて行く?」
「俺は、そっちの美人がいいなぁ〜♬」
男達の下卑た笑い声が辺りに木霊し、開いていた窓を閉める住人も居た。
「何でお前達に金を払うんだ?」
「おいおい!この馬鹿、状況が分かってないんじゃないか?」
"キャッ!"
"ゲラゲラ!"と笑い声をあげる男達だったが、背後の一人が舞の左腕を掴んだため、悲鳴を彼女が上げた時だった。
"ドォッ!"
原澤会長が、舞を小脇に抱え後ろ蹴りで舞の腕を掴んだ男を階段下へ蹴り落としたため、勢いよく転がり落ちて行く。
「こ、この野郎!」
周りに居る男達が間を詰めて来る、その内の二人は拳銃を持っていた。原澤会長は舞を自分の右手壁面に左手で移動させ半身で男達を見据えたと思った一瞬だった。舞が壁に押しやられ視線を落ちて行った男から壁に、そして一瞬キツく目を閉じて開け、振り返った瞬間だった。
「えっ?」
信じられないことに、四人の男達が階段の上に転がり唸り声を上げ、最初に声を上げた男の首を原澤会長は右手で握り床に突き崩していた。
「お前達のボスに会わせろ、聞きたいことがある。」
首を握られた男が微かに頷くが、唇は紫色に変色し顔面は鬱血し始めていた。
「か、会長!」
舞が原澤会長の左袖を引き続けて止めに入ると、彼はその右手を緩めた。
"ケホッ!ゲホッ!"
苦しむ男を無視し、彼は襟元を握り引き揚げて引き摺ったが、その力は凄まじく引き摺ると言うより持ち上げて歩くに等しいと言えた。
「止まれ!」
階段を数人の男達が駆け降りて来るが、彼は歩を止めない。すると男達は、拳銃やナイフを取り出して威嚇してきた。
「そいつを離せ!」
「離しても良いが・・"光り物"を抜いた以上、命を落としても恨むなよ。」
原澤会長の一言に男達は、立ち止まって周りに転がる仲間達を見た。
「ダメだ・・お前達・・"ゲホッ!"格が違い過ぎる・・化け物だ。アイアンに会わせてやろう、ナイフを仕舞うんだ。」
「テリー・・」
原澤会長が持ち上げていた男を床に降ろすと、降りてきた男達は互いに目を合わせて仲間の救出に走った。舞は怯えて原澤会長の背後に擦り寄ると、彼は左手で舞を掴み手繰り寄せたために彼の背に張り付いた。
「すまない・・希望通りにボスに会わせる、会わせるがどうなっても知らないぞ。」
原澤会長が倒れている男、テリーと呼ばれた男を引っ張り上げて立たせると服に付いた埃を払い、落ちていた拳銃を渡しナイフをポケットに入れて言った。舞は原澤会長にくっ付いて周囲を警戒している。
「何にも落ち度の無い者達から巻き上げる行為は、俺には許せんな。俺にやられたことは意味があると知れ。」
呆然と原澤会長を見るテリーに、身体を起こした原澤会長が続けて言った。
「名前は?」
「テリー・ゴスティン・・です。」
「テリーか、何故、この道に?」
「うちらみたいな奴らには、仕事なんか無いんですよ。犯罪者の再就職なんか・・」
項垂れたテリーの横を通り過ぎた原澤会長が呟いた。
「君は『死に物狂い』の意味を知っているかね?」
「・・」
「『死ぬことを恐れないで頑張ること。』だそうだ。テリー、君は、君達は『死に物狂い』に生きているのか?」
原澤会長の言わんとしていることを理解出来ずに立ち尽くしているテリーを、彼は振り返らずに階段を、舞を誘い昇って行く。
「あんた、一体・・」
原澤会長の後ろを付いて行く舞も、気になって言葉を伺う。
「今日も生き長らえた、そういう男だ。さあ、案内してくれ。」
舞は一瞬見せた、原澤会長の寂しそうな表情を見逃さなかった。完璧を演じている・・彼女の目にはそう見えたのだ。やがて、テリーに案内された二人はとあるクラブハウスの前に案内された。前を行くテリーが二人に振り返る。
「ここに、ボスの"アイアン"が居る。だが、もう一度言うが彼も怪物だ。悪いことは言わない、このまま逃げたらどうだ。誰もあんた達を非難はしないだろう。」
すると、原澤会長は内ポケットから財布を取り出すと数枚の紙幣を取り出して、テリーの胸ポケットに入れ込んだ。
「えっ?」
「怪我した仲間達への治療費と食事代だ、すまなかったな。」
原澤会長はそう言うと、テリーの胸元を右手の甲で軽く"ポン!"と叩き、更に紙幣を入れ込み言った。
「彼女を安全な場所に頼む。」
「えっ?」
「そうか・・分かった、遠慮なく頂いておくよ。」
テリーは、そう言うと舞の肩を掴み促したのだが、彼女は動こうとしない。
「おい!行くぞ。」
「私も行きます。」
「何言ってるんだ?あんたが居たらこの人は、足手まといだ、そう言ってるんだぞ!」
舞は入り口の横にある鉄パイプを取り、握り締めた。そんな彼女の行為を目で追っていた原澤会長と舞の視線が絡み合う。
「これでも、剣道ではそれなりの腕前なので、お供致します。」
彼女は、瞬きもせずに彼の目を見つめた。暫く見つめていた原澤会長は、目を伏せ扉に視線を移して言った。
「そうか・・ならばその鉄パイプはコートの内に隠して、か弱い女性をアピールしておけ。敢えて刺激はするな。」
「はい。」
テリーは、ため息を吐くと原澤会長の前に出て扉を開けようとしたのだが、それを原澤会長は遮って言った。
「お前が開けたらお前の立場が少しでも悪くなる、ありがとう。」
テリーは、両手を広げて降参のアピールをし、舞に表情で訴えて来たが、彼女はそれをウインクして返した。テリーが軽く口笛を吹くのと同時に、原澤会長は扉を開けたのだが、開けたと同時にこもっていた煙草の臭いとラップ音楽の爆音に、舞は顔をしかめた。原澤会長は、内部をぐるりと見廻していたが、後ろからテリーに声を掛けられた。
「こっちだ。」
テリーは、最前に出ると踊り狂ってる人波を掻き分け階段に辿り着くと振り返った。
「この上だ。」
「テリー、俺が先頭でなくていいのか?」
「いいんだ、これで。」
テリーは、寂しそうに笑って応えるのを見て、舞は原澤会長の左袖を軽く引っ張り表情を伺ったが、彼は振り返ると舞の耳元に顔を寄せてきた。
(えっ!?)
"ドキッ!"とした舞の耳に原澤会長の吐息が当たり声が聞こえ、彼女の腰が一瞬砕けそうになるのを感じた。
「恐らく、テリーは変えて欲しいのかもしれんな。」
舞は顔を離した原澤会長と目が合うと、軽く頷いてみた。彼の口元に優しい微笑みが宿った。
二人がそのままテリーの後ろに従い二階のフロアーに上がったところで奥の方に一人、幔幕の中、異様な大男が腰掛けている影が見えた。しかも、女性が跨り仰け反っているのが見える。大男は女性の腰を掴み上下に動かしているようだが、その女性もやがて身体に麻痺が起きたように小刻みに震えると"ぐったり"と大男の胸に崩れ落ちるのが見えた。と廻りに居る5名の男達がテリーに気付き、その内の1人が近付いて来た。肩からはサブマシンガンをぶら下げている。
「テリー、誰だそいつは?」
「客だ、アイアンに。」
「客?何の?」
「『ボスに会わせて欲しい』と言われた。」
「おいおい!お前、ふざけてるのか?そんなんでアイアンに会わせるつもりかよ?」
「そうだ。」
「何だとぉ!」
取り巻きの1人がテリーの胸倉を掴んで来たのだが、テリーはその男の胸倉を掴んだ腕の手首を捻ると軽々と床に突き伏せた。
「イテテテテ!?」
「ロビン、話にならねぇーよ。」
「な、何がだよ!」
と、原澤会長がテリーの横を抜け大男の元に向かった。
「お、おい!あんた、ちょっと待てよ!」
騒動に気付いた他の4人の男達が原澤会長の前に飛び出て来た。舞はその男達の手にサブマシンガン、拳銃、そしてナイフが握られているのを見た。恐怖で身体の震えが止まらない。
「何だ、貴様!」
「テリー、お前何やってんだ!」
それでも歩を止めない原澤会長に男達は、遂に襲い掛かって来た。一人目がサブマシンガンを構える直前に彼はダッシュするとその銃口を掴み、拳銃を持っている奴に向けた。"タタタタタタ!"と軽快な発射音と共に、当たったギャングが呻き声を上げて倒れる。撃ってしまったギャングが驚いている隙に、トリガーに入った指を捻った。"ボキッ!"と鈍い音を立て骨が折れ悲鳴がこだました瞬間、その男を一撃で殴り倒して影に隠れるとそのまま持ち上げて、同じくマシンガンを持っている男達に投げ付けた。受け止めようと手を出した男達の手の扇の要を原澤会長は持っていたナイフで切った。4人の男達は数秒で床に転がってしまい、辺りには男達の呻き声が聴こえている。
「す、すげぇ・・」
テリーは、感嘆の声を発し抑えられていた男、ロビンは口を"ぽかーん"と開け、ただ見入っていた。やがて幔幕から2メートルを超える褐色の肌の大男が現れた。上半身裸のその巨人の筋肉の隆起は、まるでキング・コングのようで"この世の頂点に君臨する王"のように舞は感じられた。
「ほう!いきなり来て早々にやってくれたな、何の用だ?」
テリーは、ロビンを離して駆け寄って来ると原澤会長の前に出てアイアンに話し掛けた。
「アイアン、すまない。先程、この人に路上のメンバー全員がやられたんだ。俺も捕まって、彼からアンタに会いたいと言われて連れて来た。」
「やられた?テリー、お前はやられていないな?」
「ここに案内してもらうために、生かした。当たり前だろ。」
仁王立ちをしてテリーを睨むアイアンに、原澤会長は言い放った。アイアンが嫌そうな顔で原澤会長に告げる。
「爺さん、あの世に行きたいのなら1人で勝手に逝ってくれりゃ〜良いものを、目障りだな。」
「お前は仲間がやられたのに、俺をそのままにするのか?随分薄情なヤツだな。」
アイアンは、ため息を吐くとゆっくり近付いて来た、テリーはアイアンを説得しようと更に前に歩み寄る。
「アイアン、彼は『話がある』と言っている、聞いてくれないか?」
「先程、お前は言ったな『 メンバー全員がやられた』と。どうしてだ?」
「通行税をもらおうとしたんだ、だが、逆に皆、彼にのされた。もう二度とするなと・・」
"バシッ!!カラーン!!!"
アイアンのノーモーションから繰り出された右ストレートが、テリーの顔面を捉えるか!?と思われた刹那、原澤会長が左手でそれを食い止めた。舞は咄嗟のことに思わず顔を手で覆ってしまい、小脇に隠していた鉄パイプを派手に落としてしまい、慌てて拾い上げ隠した。
「何のつもりだ?」
「お前こそ、仲間を粛清するとでもいうのか?偉そうに、似合わんなぁ。」
アイアンは、伸ばしていた右腕を"ダラリ"と下げた。
「聞きたいこととは、何だ?」
「ニック・マクダウェルに逢いに来た。案内して欲しい。」
「何?ニッキーに・・で、用件は?アンタは何者だ?」
「ロンドン・ユナイテッドFC会長の原澤とエージェントの北条だ、彼を我がチームに迎え入れるべくここに来た。」
「マジか!?すげぇーー!アイアン、やっぱ、ニッキーは、すげぇーーよ!!」
「うるせぇーーー!!!」
プロのサッカーチームのエージェントが、知っているニッキーを直にスカウトに来たのを知ったテリーが歓喜の声を上げたのを聴き、アイアンの怒声が室内に響き渡った。それに反応し舞は思わず両耳を塞いでしまったため、また鉄パイプを派手に床に落としてしまい、慌てて広い上げる。と彼女はいつの間にか、一階の爆音が鳴り止んでいることに気付いた。アイアンが原澤会長に話し掛けてくる。
「条件がある。」
「条件?何だ?」
「ニッキーに逢いたければ、俺と勝負しな。」
「ほう!で、俺が負けたら?」
「有り金全部置いて、大人しく帰るんだ。」
「他には?」
「他?そうだなぁ〜、アンタの後ろでさっきから、鉄パイプを派手に落としているその女をもらおうか。」
舞はビックリして、三度目となる鉄パイプを落としてしまいそうになり、慌てて抱きかかえてしまった。必死な彼女のこの動作を原澤会長は振り返り、アイアンは直に見ていたことで2人は互いの目を合わせた瞬間、大笑いし始めた。廻りに居た者達は突然のことに言葉を失ったし、何より舞は恥ずかしそうに原澤会長の後ろに隠れて、鉄パイプを後ろに隠し耳朶を朱に染めている。しばらく大笑いしていた原澤会長とアイアンであったが、笑いを止めると再び話し始めた。
「以上かね?そしたら俺の方からだが・・」
「何だ。」
「俺からの指示はたった1つ、俺の言うことに絶対服従だ、いいな。」
これには、テリーも驚いて振り返ると原澤会長を見て言った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!随分と不公平じゃないか?」
原澤会長は"ニヤリ!"と不敵に微笑むと口を開いた。
「おいおい"負ける可能性がある!"とアイアンに言うつもりかね?"勝負しろ!"とそう言って来た本人が、まさか、そんなケチ臭いことを言うのか?しかも、うちの北条を望んでいるんだぞ。なぁ、デカイの!」
「アンタの背後に居る、その女も"了承した"と思っていいんだな!しかも、その東洋の女はかなりの上玉だぜ、一晩中やりまくってみてぇ、そんな女と。おい覚悟しろ、俺のは"デカい"ぜ!」
舞もこれには流石に顔を蒼ざめさせて、原澤会長に縋り付いた。
「か、会長・・あ、あのう・・」
「何だ、辞めて負けを認めるのか?俺は受けたんだぜ!おい、女、覚悟しろ!!」
舞の表情は今にも泣き出しそうだ、目は潤み顔は蒼ざめている。だが、原澤会長は彼女の頭を"ポン!"と叩いた。
「すまない、ちょっと考えが有ってな、その・・俺を信じてくれないか?」
舞は俯き原澤会長の左腕に縋っていたのだが、顔を上げると意を決したような眼で見つめて来た。しばらく見つめ合っていた2人だったが、やがて彼女は再び顔を伏せると"コクリ"と頷き口を開いた。
「分かりました、でも・・」
「でも?」
「どんなことになっても、責任はとってくださいね、お願いですから・・」
舞は掴んでいた原澤会長の左袖を引っ張り、口をへの字に曲げて擦り寄った。
「負けたらな・・任せてくれ。」
そう言うと、原澤会長はコートとジャケットを脱ぎ舞に託すと歩を進め、テリーの前に出てアイアンに対峙したのだが、舞は複雑な心境下で彼のジャケットを見つめ顔を埋め匂いを深く嗅いでいた。
(私、何を言ってるんだろう。責任って・・)
思わず浮かんでしまった考えに、彼女は動揺した。負けを望んでいる気持ちがあるのか?そういうことなのか?陥った自分の思考に彼女は混乱していたために顔を上げると、ぼんやりとした思考の先でアイアンと原澤会長が対峙するのを、ただ観ていた。
「アンタ、馬鹿過ぎるだろ、本気で俺に勝つつもりなのか?まあ、お前の女は俺が喜ばしてやるから心配するな。それとも、自分の女を他の男に抱かせる趣味でもあるのかよ!ワッハッハッハッハ!!」
アイアンの豪快な笑い声に舞は意識を取り戻すと、彼の後ろで下半身裸の女性が横たわったまま"ピクリ"とも動かないのに気付き、彼女は生唾を飲み込んだ。
「どうした、言い当てられて何も言えないのか?」
「ニッキーが待っている、早く構えろ。」
「せっかちな野郎だ。そんなんじゃ、女に嫌われるぜ。」
嘲笑にも思える笑い顔を見せながら、アイアンがファイティングポーズをとるのに対し、原澤会長はしばらく無表情で立ち尽くしていた。周りから見るととても違和感を感じる瞬間であったが、舞はアイアンの表情が最初と変わり自信に満ちたものから一気に険しいものへと変わっていくのを感じた。何故だろうか?と、原澤会長がゆっくりと普通に歩いてアイアンに近付いていく。
「早く構えろ!やられたいのか!!」
アイアンが急に怒声をあげた。舞とテリーは、声があまりにも大きかったため、身体を緊張させると原澤会長が口を開いた。
「お前、いいのか?」
「な、何がだよ!?」
「俺の間合いに入っているぞ?」
「キィエエエエエーーー!!」
原澤会長の言葉を聴いた瞬間だった。凄まじいアイアンの雄叫びが聞こえたかと思うとローキックを一気に放って来たのだが、原澤会長はその瞬間に前へ飛び出して躱すとアイアンの股間の辺りにしゃがみ込み、右肩で担ぎ上げてから両腕をアイアンの腹の辺りで背負う型で組み、そのまま床に頭から叩き落した。舞の目前にて、凄まじい轟音と共に辺り一面が埃に覆われた。しばらくしてから人影が見えてきた程に。
「う、嘘だろ・・」
テリーの呆然とした声が舞の耳に入って来た。床にはアイアンが大の字に横たわっていて、意識があるようには感じられなかった。そして、その横には悠然と彼を見下ろし服の埃を払う原澤会長の姿があった。舞は自分の方に振り返り向かってくる原澤会長を呆然と見ていた。
「テリー、バケツ一杯の水で目を覚ましてやれ。」
テリーが慌てて対応に走るのを見た原澤会長は、舞の目の前に戻って来た。彼女は極めて自然にジャケットを広げると彼もまた、当たり前のように袖を通した。
「すまない。」
「い、いえ。コートは宜しいですか?」
「着るよ、ありがとう。」
原澤会長が舞からコートを受け取ると羽織るようにはためかせて着るのを、彼女はうっとりと見つめている。
「嫌な思いをさせてしまったな。」
「いいえ。あの・・信じてましたから。」
「嘘をつくな(笑)」
「嘘なんかつきません!本当です。」
原澤会長は、そう言うと自然に舞の左頰に自分の右手を触れた。彼女はビックリして彼の顔を一瞬見上げたが、直ぐに目を閉じて受け入れた。
"バシャッ!"
「う・・」
「アイアン、しっかりしろ!」
テリーがアイアンの顔にバケツの水を思いっ切り掛けて目覚めさせた。
「お、俺は一体・・」
「良かった、目覚めないかと思ったぜ。」
アイアンは、ゆっくり身体を起こしたが立ち上がれず、項垂れている。どうやら、まだ頭が"クラクラ"しているようだ。
「お前が右のローを放った瞬間、彼が股下に入り込んで担ぎ上げてから投げ落して、踵を顎に入れたからな。まだ、脳が揺れているだろ?」
「そ、そうか・・チクショウ、痛っ!頭がクラクラしやがる・・」
「アイアン。」
アイアンは、呼ばれて顔を上げた。ライト光の中に浮かぶ原澤会長が見える。
「テリーも、よく聞いてくれ。お前達のギャングチームは今日をもって解散しろ。二度と一般市民に関わるな。」
「しかし、それじゃあ・・」
「最後まで聞け。」
途中で遮るテリーを原澤会長が宥める。
「スコットランドヤード(ロンドン警視庁)のモーガン警視総監にこれから連絡を入れておく、君らの安全と職業斡旋、地域保全の協力についてだ。テリー、お前がその窓口となり皆をまとめろ、いいな。」
「お、俺がですか?」
「そうだ、お前なら大丈夫だ。」
「分かりました、やってみます。」
「よし!さて、次はアイアン、お前についてだ。」
原澤会長の呼び掛けに、先程まで座っていたアイアンが立ち上がって、直立不動の姿勢をとっている。極真空手をやっていたことで、自然と敵わない目上の人に対する礼儀が染み付いてしまっているようだ。
「お、押忍!」
「これからは、俺の言うことが絶対だ、いいな。」
「わ、分かりました!」
「よし!お前は、これからロンドン・ユナイテッドFCの正ゴールキーパーを目指せ。」
「ゴールキーパー・・ですか?」
アイアンは、思わず聞き返してしまった。舞も目を白黒させているが、この直後、先程『俺の言うことが絶対だ』と言っていた彼の本意を理解し心の中で唸ってしまった。
「お前には、類い稀な体格と恐怖を物ともしない精神力がある。アイアン、ニッキー獲得の際はお前が補佐しろ!」
「そ、その・・俺にプロのサッカー選手になれ、と。そういうこと、か?」
アイアンが、恐る恐る原澤会長に歩み寄り聞こうとした時だった、原澤会長の怒声が室内一杯に響いた。
「二度も言わすな!この、馬鹿者がーー!!」
「ス、スミマセン!?」
アイアンは一瞬で後ろに身を逸らして固まってしまったが、舞まで身体を硬直させてしまった。というより、初めて見た原澤会長の怒気を発した瞬間に、彼女は真の恐怖を感じた。
「北条チーフ。」
「は、はい・・」
原澤会長に呼ばれた彼女は、彼の後ろから思わずか細い返事をしてしまった。一瞬の恐怖で、彼女も萎縮してしまったのだから仕方がないが、彼もそれを感じたのか優しく語り掛けて来た。
「1つ頼まれてくれ。アイアンに適した専属のゴールキーパーコーチをエーリッヒ監督と協議し交渉に当たって欲しい。」
「・・承知致しました。」
原澤会長が振り返り、舞の耳元に口を寄せると彼女は反射的に首を傾げて受け入れていた。
「ニッキーをキャプテンとするなら、その補佐にアイアンを付けるといいだろう。これで、楽しみがまた増えたな。」
顔を離した際、二人は視線を重ねた。原澤会長は舞に対して微笑を浮かべてみせ、彼女も同様にだがぎこちない微笑みを返してみせた。舞の心は晴れないでいる、何故か?当然、現キャプテンのナイル・フロイトが居るのだ。果たして彼が譲ってくれるのか、いや、それとも違う意味があるのだろうか?もしかして、原澤会長は何かを知っているのであろうか?そう思った彼女を、先の見えない闇が引き寄せようとしていた。

第8話に続く。

"この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。"

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