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【短編小説】灼熱の風が吹くこの星で ⑧


【SCENE 8】

 わたしが自分の喉を掻きむしるのを止めたのは、レルフが「止めて。ミリス」と、哀しそうな声で言ったからだった。

 いつの間にかわたしの両腕は血塗れになっていた。
 何もしていなくても、喉がヒリヒリする。
 僅かに動かすだけで引き攣るような痛みが走る。

 だけどそんな苦痛なんて何ともない。
 大切なレルフに抑えられない殺意を向けることに比べたら、全然大したことではない。

「……レルフ?」

 大丈夫であることを尋ねるように声をかけながら、彼の体を抱え起こす。

 酷い怪我をしている。
 脇腹には穴が空き、そこから大量の血が溢れ出していた。

 ……わたしがやったのだ。
 ……全部、わたしのせいなのだ。

「レルフ……ゴメン!」

 悔しさと哀しさが、涙となって零れ落ちる。
 どうしようもできない衝動だったとはいえ、それを抑えられなかった自分が悔しくて仕方がなかった。

 しかし腕の中にいるレルフは微笑んでいた。
 わたしの手によって死にかけているというのに……。

「ミリス、気にしなくて良いよ」

「どうして……どうしてそんな?」

「だってさ」レルフが腕を伸ばす。わたしの頬を優しく撫でる。「どうせ僕は、もう少しで死ぬはずだったんだから」

「――え?」

 何を言っているのか理解できず、わたしは間の抜けた顔をしてしまった。

「……どういう……こと?」

「僕はね、そろそろ寿命だったんだ」

 レルフが立ち上がろうとする。大怪我をしているのに……。


 わたしはすぐに「動かないで!」と止めようとした。
 けれど、レルフは「大丈夫だから」と聞き入れてくれない。


 傷が深いせいで力が入らないのだろう。立つのが難しそうだ。
 だからわたしが彼の体を支えてあげた。

「地の民はね、寿命が近くなると、エサを食べる量が増えるんだ」

 レルフは苦しそうな素振りなどまるで見せずに言った。

「死ぬ前にはみんな、たくさん食べて、今の僕のように丸々と太った体になる。
 僕はもう、いつ寿命を迎えてもおかしくない状態だったんだよ。
 覚悟はできていた。
 だから死ぬのなんて、別に怖くはないんだ」

「でも……それでも、わたしのせいで……」

「ううん」レルフが首を横に振る。「ミリス、僕はキミのせいで死ぬんじゃない。僕はあくまでも寿命で死ぬんだよ」

 彼はわたしの体にもたれ掛かりながら、囁くように言った。

「ミリス、お願いがあるんだ」

「お願い?」

「僕を、地の民の墓場、赤熱の大海まで連れてって欲しい」




 本音を言えば、わたしはここでレルフには怪我が癒えるまで休んでいて欲しかった。
 傷は深かったけれど、適切な処置を施せば、まだ大丈夫かもしれないと思っていた。
 あまり無理をして欲しくはなかった。

 なのに本人の意志は固く、わたしの意見を聞き入れてくれそうにない。

「わかったよ……。レルフ」

 わたしは泣きそうになるのを堪えながら、そう答えるだけで精一杯だった。





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