推しの卒業と【死にたがりの君に贈る物語】

女性アイドルが好きだ。推しがいる。

女性アイドルは美しくて可愛くて、でもアイドルとしては一般的な男性アイドルよりも短命で儚い。

そんな推しを失いかけた最中に読んだ本が、綾崎隼さん「死にたがりの君に贈る物語」だ。

謎に包まれた作家、ミマサカリオリの訃報から始まる。アニメ化もされるほどの人気作品は、作者の死によって未完に終わる。その未完の物語の結末を探るため、ファンサイトから集まった7人の人々が電波も届かない山奥で生活を送ることになり……といったストーリーだ。

その7人の中の一人に、ミマサカリオリの熱狂的なファンの少女がいる。「物語を読めないなら生きている意味が無い」とまで言う姿は、熱狂的という言葉に収めていいかも躊躇うほどだ。

少女が自殺未遂をする描写を読んだとき、推しがアイドル卒業と共に芸能界引退を発表したことを思い出した。

推しをもう見ることが出来ない、そんな1つの事実に「無理だ 生きていけない 学校に行けない 何も出来ない」とボロボロと溢れる涙が止まらなかった。SNSで同じような状態であったアカウントに「たかがアイドルじゃないか」という意見が寄せられていた。そうだ、あなたにとっては「たかが」アイドルだ。偶像だ。

多分、ミマサカリオリのファンである少女の強い愛情を理解できない人もいる。「たかが小説を読めないだけで」「たかが創作じゃないか」、そういう意見もあると思う。

だけれど私たちにとっては「たかが」ではない、私の未来への足掛かりだ。

推しがアイドルでいる最中、ライブの時や周年の時、そして卒業する時、彼女らが決まって口にする言葉がある。

「皆のおかげでここまで来ることが出来ました」

いつもそれを聞く度、そんなことないと叫びたくなる。
私がここまで生きてくることができたのはあなたがいたからなんだよと大声で言いたかったし、ありがとうと何万回も伝えたいのはこっちの方だ。

でも、心からそう思っていることを伝えることが出来なくて、推しが卒業する度に毎回心が沈む。

何か出来ることはあったんじゃないか、と考えてしまう。握手会にもう少し行っていれば、タオルを掲げていれば、SNSなんて気にしないで今ここにいる私たちの声を聞いてくれと、伝えていれば変わったのだろうか、そう考えて泣いた。

私はただただ推しを糧にするファンであって、何も持ってない。推しが苦しい時に近くにいれた訳でもないし、推しが叩かれている時にそのアカウントから守る術もなかった。私の手にあったのは推しが出るまで買ったランダム生写真と、ずっと掲げ続けたタオルとペンライト、買い溜めたグッズだけだ。

ただ、先程「熱狂的なファン」と示した少女だって、普通の女の子だ。何も出来ないけれどミマサカリオリの物語に対する思いが人よりも何百倍も強くて、きっと沢山の読み跡があるミマサカリオリの本を手にしているそれだけの至って普通の女の子だ。

だけれど、その少女の存在が、この小説の未来への足掛かりになる。かつて「続きが読めないならば生きている意味が無い」と、希望をなくし自殺を図った少女が、この物語の希望となる。こんな素敵な話があっていいのか……?私がこの物語を推しにしてしまいそうである。


推しの終わりを知るのはいつだって全てが決まったあとで、推しは私たちに「辞めようと思うんだけど」なんて相談はしない。

そんな推しが決めたことに対して、私たちは何も言うことが出来ない。泣いたって推しの思いは覆らないしいつかの終わりが今来ただけでと考えてるしかない。

でも、私には何もなくて推しに届かないだろうと思っていたけれど、終わりまでに私の思いが少しでも届くように。もしかしたら99人が褒めても、1人の非難が心に残るかもしれない。
だけれど、私が少しでも声を大きくすれば、推しに届く声が変わるかもしれないのだ。

私も綾崎隼さんとこの物語を守るために、大きく声をあげようと思う。99人の声を大きくすれば、いるかもしれない1人の声が小さく聞こえるかもしれない。

綾崎隼さんの紡ぐ言葉はいつだって澄んでいて、でもただ綺麗なだけじゃ生きていけない世界を描いている。時に残酷なこの世界で、この作品は綾崎隼さんから送られてきた花束みたいだ。

小説を読まない人でも、推しがいる人ならばきっととてつもなく共感できる、少ししんどくなった時、この物語をまた開きたいと思う。


綾崎隼 【死にたがりの君に贈る物語】


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