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おはなしをかいたよ

天使だと思った。
羽なんてなかったけれど、一瞬でそう錯覚した。真っ黄色の花束を抱えて、彼は桜色の吹雪が舞う校舎の前に立っていた。真白の校舎につづく桜並木の急な坂の途中、彼はひっそりと木の側に立っていた。何をする訳でもなく、花束を愛おしそうに見つめては足元で渦を巻く花びらにつま先でちょっかいを出していた。わたしは時が止まったかのように動けず、ただその姿を数秒間見つめていた。鼻の下に溜まった汗を無意識のうちに指で拭った時、ようやく目を逸らすことができた。彼はわたしに気づかない。

3月にしては陽射しの強い卒業式の日。お世話になった四年生を祝福しに、わたしは大学を訪れた。色とりどりの袴があちらこちらに見えて、目がチカチカした。わたしもあと2年でこの場所を巣立つ。にこにこ笑顔でわたしに手を振る四年生のように、いつかわたしもこうして後輩たちに見送られるのかと思うと胸がきゅっとした。
指定していた時間と場所ぴったりに、先輩はそこに居た。今まで学内で何気なく見てきた先輩は、芥子色に大きな花柄の目立つ袴を身につけて、髪やメイクも気合を入れて、別人のように大人になっていた。こうして社会に出て行くのか、わたしとは別の世界に旅立ってしまうのか、と考えながら撮った写真はどこかぎこちない笑みになってしまった。4月からは先輩にこの場所で会えない。こんにちはも言えない。レジュメをコピーさせてと頼まれることもない。寂しくて涙が溢れた。だいすきな先輩はそんなわたしを見て笑いながら、綺麗に整えられた指先でわたしの涙を拭った。2年後、先輩の袴の牡丹を、わたしも身につけることを誓った。
「わたしのために泣いてくれてありがとう。」
先輩はそう言って自分の髪につけていた、ちいさな黄色の花のかんざしをわたしの耳の上に刺した。かんざしのピンが耳にちくりと刺さって胸が痛くなった。
「あなたは人のために泣ける優しい子だよ。これからも変わらないでいてね。」
そう言って先輩はわたしを抱き締め、頬にえくぼを作ってわたしの側から離れて行った。先輩のことが途方も無く、どうしようもなく好きだった。

午後の式が終わった。それでもぞろぞろと嬌声の沸く色々の群れが連なっていた。手には卒業証書。そろそろ晴れ着を脱ごうかという列を横目で見ながら桜の木の下、ベンチでわたしは友人と会う予定だった。熱い視線を注いでいた陽射しも幾分か落ち着いた。友人からの連絡を待ちながら、落ちてくる花びらを見ていた。

その時、視界の中にだいすきなあの芥子色と牡丹が遠くの人だかりに居るのを見つけた。見間違う訳もない。彼女は手に黄色の花束を持っていた。彼女の笑顔によく似合う、今朝見た黄色の花束を持っていた。手汗が手のシワの間に溜まっていくのを感じた。そんな手汗を絞るみたいに拳を作って握り締めた。
わたしが天使かと錯覚したあの彼が持っていた黄色い花束を、わたしのだいすきな先輩が持っていた。それが何を意味するのか分からない程子どもじゃなかった。わたしのだいすきな先輩は、もう既にわたしの手の届かないところに行っていた。待ち合わせの時間に少し遅れるという友人の連絡が今は救いだった。


人生で恋というものをしたことがなかった。先輩に出会うまでわたしは人に好意を持ったことがなかった。優しいから好き、かっこいいから好き、趣味が合うから好き、色んな理由をこじつけて相手の側に居たいと思ったことがなかった。
大学に入って初めて、側に居たい人を見つけた。先輩は底抜けに優しくて、底抜けに明るくて、底抜けに強い人だった。わたしには到底敵わない人だった。これは多分恋じゃないってことも分かってはいた。憧れと羨望とで、自分に足りないものを先輩という人間の側にいることで補おうとして居たんだと思った。そう考えたとしても、どうしようもなく好きだった。初めての恋だった。絶対に誰にも言えない、打ち明けることは許されない、恋とは呼んではいけない恋だった。

しばらくして、友人がどたばたと走ってやってきた。ゼミの集まりが長引いたのだと手と手を合わせながら謝る友人にへらへら笑って、横に置いていた鞄を肩にかけたら、手にかいた汗はもう乾いていた。

友人と夕ご飯を食べて、一杯だけだと付き合わされた飲み屋でかなりお酒を飲んだ。睡魔に勝てず電車を二駅降り過ごした。戻る電車はもうない。酔い覚ましに川沿いを歩いた。昼間と打って変わって冷たい風にくしゃみがでた。腕をさすりながら大きな川に架かる橋を見て歩いた。足取りは重かった。でも気分は悪くなかった。歩くのは好きだ。あっという間に時間が経つ。こうして一年も二年も五年もあっという間に経っていくと思える。自分の今の感情も、いつの間にか風化してくれる。そう思って生きてきた。そんなことを考えながら歩くのは好きだった。

ふと、川沿い土手に揺れる影を見つけた。白いシャツが暗い川と土から浮いていた。その影は大きな花束を持っていた。今朝、わたしが見かけて足を止めたその花束に似ていた。アルコールによって眠りかけていた脳が一瞬で覚醒した。今朝の彼と、今この目で見ている彼の姿が一致したのだ。
それ程距離は離れていなかった。川沿いのランニングコースから見下ろす彼は、消えてしまいそうなほどその景色から浮いていた。わたしはまたしばし呆然と彼の行動を見ていた。見ていたのだが、声が出てしまった。見てはいけないようなものを見てしまったが故に、声が出た。わたしの声に反応して、彼が此方を振り返った。わたしに気づいた彼が目を見開いて、緩んだ手から花びらが零れ落ちた。風に吹かれて黄色が舞った。ああ天使のようだと思った。
彼は黄色の花びらを、愛おしそうに食べていた。


こ、怖ぇ〜〜〜〜〜〜
ホラー小説かなってくらい怖〜〜〜〜
続きます

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わたしが感じるこの気持ち、全部ことばにするためにいきていく!