#創作大賞2022応募作品「人間観察日記 第五話」
「なるほどな、人間を観察する課題を出されていたのか」
ぼくが今までまとめていた冊子を捲りながら、河童はふうんと呟いた。
「これ、狐だけで調べたの。すごいね!」
輪入道(わにゅうどう)は心底すごいと言いたげな表情をした。輪入道(わにゅうどう)の言葉に素直に嬉しい反面、ぼくは今躓いている点について考えた。
「でも、もう書くことがないんだ。ほかに人間の特徴って何があるんだろう」
と困りごとを言った。子河童はぼくをじっと見つめてこう言った。
「ようするに、人間の観察をすればいいんだろう。だったら、もっと近くで観察すればいいだろう」
と何が問題なんだと言いたげに言った。
「でも、人間達に気づかれちゃいけないんだよ」
と心配な点を子河童に言う。
「大丈夫、大丈夫。人間達は俺っち達に気づかないさ」
と子河童は笑って言う。ほんとうに大丈夫だろうか。
「心配ないさ、俺っち達でやれば」
「おっ、おいらも? 」
「えっ、子河童と輪入道(わにゅうどう)も手伝ってくれるの? 」
ぼくは予想外の言葉にびっくりする。輪入道(わにゅうどう)もまさか自分も数に入っているとは思っていなかったらしい。
「当然だろ。それにしても水くさいなあ、狐。こんな面白そうなこと秘密にするなんて、ずるい」
と子河童は仕方ないなあと言いたげに言った。あれ、子河童って人間に無関心だったと思っていたのだけど、ぼくの気のせいなのかな。それよりも輪入道(わにゅうどう)も手伝ってもらって大丈夫だろうか。案の定、輪入道(わにゅうどう)は困った顔をしている。
「子河童、おいらは……」
「輪入道(わにゅうどう)」
輪入道(わにゅうどう)が不安そうに呟くのを子河童が遮った。
「輪入道(わにゅうどう)、俺っち達がいるから大丈夫だろ。それにいい機会じゃねえか、人間の弱点とか知りたくないのか」
と輪入道(わにゅうどう)を丸め込もうとする。えっと、これは止めた方がいいかな。とぼくが子河童を止めようとしたとき、輪入道(わにゅうどう)が小さく呟いた。
「……う」
「えっ、輪入道(わにゅうどう)なんて言ったの」
ぼくは輪入道(わにゅうどう)の言葉を聞き返す。
「おいらも、……手伝う、手伝うよ」
輪入道(わにゅうどう)の言葉を聞いた子河童は、
「よし、決まりだな」
と言って、水かきを叩いた。輪入道(わにゅうどう)も小さく頷く。
「えっと、本当にいいの。子河童と輪入道(わにゅうどう)は、人間のことあんまり好きじゃないだろう」
ぼくが戸惑い気味に尋ねると、子河童は
「えっ、狐は人間のこと好きなのか」
と尋ねてきた。子河童と輪入道(わにゅうどう)が真剣な顔で、ぼくをじっと見つめる。
「分かんない……。だけど、ぼく怖いんだ」
「怖い、狐も人間のことが怖いの?」
と輪入道(わにゅうどう)が呟いた。子河童は静かにぼくの言葉を聞いている。
「人間が何を考えているのか分からなくて、なんだか怖いんだ。人間達はぼくたちのことをどう思っているのかなって。人間はぼくたちに関心がないみたい、だから」
と言葉がうまく出てこない。なんて言えばいいんだろう。そのとき子河童が、
「じゃあ、輪入道(わにゅうどう)も狐も人間のことが分かれば、少しは怖くなくなるよな」
河童は落ち着いた声でそう言った。
「俺っち達で調べようぜ、人間を」
と力強く子河童は言った。輪入道(わにゅうどう)もうんうんと頷いた。
ああ、やっぱり子河童と輪入道(わにゅうどう)にこのことを打ち明けて良かったなあ。
子河童と輪入道(わにゅうどう)に人間観察について打ち明けてから一ヶ月。新緑の季節になり、空気が澄んでいる心地の良い季節になっても、あの人間は祠(ほこら)に来なかった。たぶん、二度と来ないのだろうと察した。それがぼくの心をひどくざわつかせたけど、なぜ心がざわつくのかはちっとも分からなかった。
「よし、今日も人間観察始めるぞ」
子河童はそう言って、何かを取り出した。ぼくは新しい冊子を捲って筆を準備する。
「子河童、これ何?」
青い円筒形に丸くて黒い装飾がついている。円筒形の先には、以前師匠(せんせい)の部屋で見つけた『虫めがねの凸レンズ』に似た何かがはまっている。
「ふふっ、見てろ」
子河童は円筒形の部分を水かきで持って胸の前に支えた。
何をするんだろう?
「ほれっと」
子河童がそういった瞬間、『虫めがねの凸レンズ』に似た何かから、ぱっと光が出る。
「わっ、何!」
「ギャ―――――――――――!!」
輪入道(わにゅうどう)から悲鳴が上がった。ぼくも輪入道(わにゅうどう)ほどではないが、心の臓がヒュッと縮んだ気がした。ぼくたちの驚いた様子に子河童は腹を抱えて笑っている。
「子河童、何かやるなら先に言ってくれよ!」
「びっくりした、おいら本当にびっくりしたんだよ」
ぼくと輪入道(わにゅうどう)が子河童に不満を言った。
「悪い、悪い。ついどんな反応するか、見たくなっちまって、くくっ」
とまだ笑いながら子河童は謝った。まったく謝っている風に感じないのは気のせいかな。
「ひどいよ、子河童!」
「まったく。それより、その道具どこから持ってきたの?」
と人間の道具をどこから見つけてきたのか聞いてみた。子河童は困った顔をしながら、
「人間達が川の近くに忘れていったんだよ。まったく、物は大事にしろよな」
とまったくしっかりしろよと言いたげに、ため息をついて言った。
「そうなんだ、ところでこれ何だろうね」
「明かりを付ける道具だよね」
「仕方ない。報告がてら、天狗の師匠(せんせい)に聞いてみるか」
ぼくたちは今日も仲良く、『人間観察日記』を師匠(せんせい)に報告しに行くことにした。
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この作品は「#創作大賞2022」応募作品です。
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